エピソード02:またご縁があれば
「くっ、くくく」
ヤバっ! ついつい声に出して笑ってしまった。
一人で笑いながらランニングしてたら、不審者だと思われるかもしれない。
でもこれ、やめられないんだよな。お笑い芸人の漫才を聴きながら走ること!
「バイト代出たら、コードレスのイヤホン買っちゃおうかな」
こんな俺の日課は、毎日5km程度のランニングと体幹トレーニング。
サッカーに別れを告げたからと言っても、運動習慣までは切れなかった。
左膝はもう随分前に完治しているのだから。
ん? なんか人が集まってる? 妙に騒がしいな。
俺は速度を上げて、その現場へと向かった。
~~~~~~~~~~
「あのワンちゃん、もう限界じゃないか!?」
「あの子もぐったりしてる」
「救助隊はまだ!? 誰か! 誰か泳げる人はいないの!?」
「無茶言うな!! ここの川は深いし流れが」
おぉっ!! 犬が子供を咥えて、川の中を必死に泳いでる!
なっ、なんだこの状況。
「ラブぅぅ」
俺のすぐ横には、祈るように膝をつき、今にも消え入りそうな声で涙を流している女性が。
その向こうにも、号泣しながら叫んでいる女性
「ふぅぅぅ」
俺は土手へと降り、大きく深呼吸をしてから川へと飛び込む。
「おい!! 誰か飛び込んだぞ!!!!」
「大丈夫!?」
「救助隊はまだなのか!?」
「誰か、誰かだずげて下さい!! お願いしまずぅ」
つめたっ!
この時期って、まだこんなに川の温度が低いのか。急がないとヤバイ!!
俺は必死に子供を咥えて踠もがいている、ワンちゃんを目指して懸命に泳いだ。
「あの青年、凄い早いぞ!!」
「凄い! もう少し!!」
「頑張れーー!!!!」
「もうちょっとだーー!!!!」
誰かに応援されるのって、久し振りだな。懐かしい感覚だ。
「よぉし、もう大丈夫だ!!」
俺はワンちゃんと子供を抱きかかえ、すぐに男の子の様子を確認する。
「まだ息もある。良かった、間に合った! お前がラブちゃんだな? えらいぞ!! さっ、お陰で岸までもう少しだ」
ちょうどその時 『オォォォ!!!!!!』 と、凄い歓声が鳴り響いた。
やっぱりどこか懐かしい
「ラブちゃんは申し訳ないけど、リードで許してくれ」
男の子を抱え、リードを引っ張りながら、なんとか岸まで辿り着く。救助隊が既に到着していて、号泣している女性と共に陸地まで降りてきていた。
ちょっと疲れて、陸に座っている俺の手を取り『ありがどうございまず、ありがどうございまず』と何度も頭を下げてくる。
たぶん母親だと思われるその女性に『大丈夫ですから、早く』っとだけ返した。俺も救助隊の人から、大丈夫かと訊ねられたが、問題ない旨を伝える。
いまだに鳴り止まない拍手や賞賛が、今の俺にはまだ苦しく感じて
その場を急いで離れる為、立ち上がろうとした時
「ぐはっ!」
でかい物体が勢いよく、まだしゃがんでいる状態の俺に覆い被さってきた。
『キャンキャン!! クゥーン』
「おーー!! ラブちゃん、お前もえらかったぞ!! よく頑張ったな」
少し体をずらしながら、これ以上ないぐらいに尻尾を振っているラブちゃんを、くしゃくしゃと撫でてみる。
ペロペロと頬を舐めてくれるラブちゃんに癒されて、さっきまでの疲れがどこかへ吹き飛んでいった。
「あっ、ありがとうございます!!」
ん? さっき祈るようにしていた人だ。やっぱり飼い主だったんだな。
俺はお礼の声を掛けてくれた女性を見上げる。
涙で目元を腫らし、顔もまだ赤みを帯びていて。それでも凄く綺麗な女性だってことは、こんな状況でもよくわかるぐらいの美人さんだった。
「あじがとうございまず。ありがとうございまず」
「大丈夫、大丈夫ですから。そんなに頭を下げないで下さい」
俺はふと、まだ騒がしかった人集ひとだかりに気を取られ、そちらの方に顔を向けた。
あっ、スマホで撮られてる
「あの、お姉さん?」
「ぐずっ、ぐひっ、はい」
「俺、タオルとかもずぶ濡れで、汚れてもいいようなハンカチとかをお借りできませんか?」
「あっ、寒いですよね。すみません。これしかありませんが、どうぞ」
俺はハンカチを受け取ると、女性の目元を拭ぬぐう。
「えっ!?」
「すみません。数名、スマホを向けられていたので」
「ありがとう……ございます」
なんでだろう? さっきよりも顔が赤くなってる気がする。
「じゃあ、俺は行きますので。ラブちゃん、えらかったぞ」
もう一回だけラブちゃんの頭を強めに撫でて、さっき借りたハンカチを差し出すと咥えてくれた。尻尾を振ってくれることが、なんだか凄く嬉しい。
「あっ! 待って下さい! お名前を! お名前を教えて下さい!!」
「お姉さん、ホントに気にしないで下さい」
「わっ私は
名乗られちゃうと、返さなければなんとなく気不味いよな。
「
ちょっとお茶目なラブちゃんが、なぜか俺の目の前に来て尻尾をフリフリしている。
「れっ、ご連絡先だけでも、ご連絡先だけでも教えて頂けませんか?」
「すみません。さっき水没して、この通りなんですよ。もう何も気にしないで下さい。ねっ」
「でも」
「お姉さんも早く帰られた方が良いですよ! じゃあ、またご縁があれば」
なんか警官二人がこっちに向かって走ってきてるのが目に入る。
ヤバッ!!
俺はジャンプ一番、ラブちゃんを飛び越えて、全速力でこの場から逃げ去った。
「し、しんけんカッコイイ。ね、ラブ」
『ワン!!』
『あとがき』
警官二人とお姉さん with ラブちゃん
警官A:「幼い子供が溺れているとの通報がありまして」
警官B:「ワンちゃんが助けているとの報告も」
お姉さん:「うちのラブなんですけど、本当に助けてくれた方は、さっき走って行かれてしまいました」
警官A:「そうでしたか。ワンちゃん、お手柄ですね!!」
ラブの頭を撫でようと警官Aが近づく
『ワンワンワン!! ウウウゥゥゥ!!!!』 屈強そうな警官もたじろぐ様な物凄い威嚇が。
お姉さん:「ごめんなさい。うちのラブは家族以外、懐かないんです……っち、あれぇ?」
首を曲げながら、コテンっと頭を傾げるお姉さん。
警官A&B:うわっ!! 可愛い!!
『ウウウゥゥゥ!! ワンワンワン!!』
警官A:「最後までお付き合い、有難う御座いました!!」
警官B:「次回もまたよろしくお願いします! との報告です」
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