第3話 外からの来訪者
ヨナはアラマンの元へと急いでいた。東門で倒れていた男と少女。外から来た人間。ヨナは抑えていた気持ちに急かされるように、全速力で駆けた。アラマンであれば、あの二人を治療できるかもしれない。
ヨナ自身も治療魔法は使えるが、得意ではなかった。中途半端に治療を施してもうまくいかなければ時間の無駄になる。それに比べたらアラマンであれば確実なのだ。アラマン以上の治療魔法の使い手はこの爪痕にはいない。
アラマンにどう報告すべきか。この状況を的確かつ迅速に理解してもらわなければならない。ヨナは頭と手足をフル回転させながらアラマンの元へと急いだ。
アラマンは、自室で朝食を取りながら考え込んでいた。爪痕の中では、食べられるものが限られる。今日の朝食は木の実を焼いたものと、野草を煮込んだスープだ。ロクミル草も一緒に煮込まれている。魔力の強化のためだ。
アラマンはかねてから、ロクミル草について研究をしていた。二百五十年前、人間が「龍の爪痕」に逃げ込んだとき、人間には魔法が使えなかった。だが二百年前の「奇跡の夜」。爪痕内に滞留していた魔力が急に湧き出して、人間の中に吸収されていったと聞く。
以来、人間は魔力を持つこととなり、魔力との適性が良い者が魔法士となった。魔法士たちは研鑽を続け、今日までに多くの優秀な魔法士がこの爪痕に誕生した。
そして彼らの努力の成果として、様々な魔法が使えるようになった。これもすべてはいざという時に、自分たちを守るため、強いてはドラゴンに打ち勝つ力を身に着けるためである。
「奇跡の夜」を経て、人間は魔法を使えるようになったが、当初は扱える魔力量が少なかった。魔法と言っても、お遊びみたいな芸当しかできなかった。何とかして扱える魔力量を増やす必要があったが、肉体的な鍛練も、精神的なそれも効果はまったくなかった。
あるとき、病で倒れた魔法士が、爪痕内に生息しているロクミル草を煎じたスープを飲んだ。快復したあと、明らかに扱える魔力量が増えていることに気が付いた。そこで皆は気が付いたのだ。ロクミル草を食べると、扱える魔力が増えることに。
それ以来、ロクミル草の研究が始められた。とはいえ今分かっていることは、ロクミル草を食べると扱える魔力量が増えるが、人によって上限がある。ロクミル草を食べた魔法士の子供には、親の魔力量がある程度受け継がれる。ロクミル草は葉の部分を食べなければならない。茎と根の部分は毒である。ということくらいだ。まだまだ分からない部分が多い。
爪痕内の魔法士の力量は年を追うごとに強くなっている。これは喜ばしいことだが、根本的な魔力の根源については、何も分かっていない。今の爪痕内で最も扱える魔力量が多いのは、自分である。だが、今の爪痕内にいる子供たち、ヨナやその妹のフロワ、さらにはまだ若いウィステリアにいたっては、若年でありながら、既に自分と同等の魔力量を持っていると思われる。
世代を経るごとに、次第に人間の体が魔力に適応しているのか、それとも別の原因があるのか。自分たちが知らない世界の理があるのだろうか。そもそも魔力とは一体何なのか。人が魔力を持つことのできた「奇跡の夜」とは何だったのだろうか。
ここにいてはこれ以上のことは知り得ない。もしかしたら外の世界に、何かヒントがあるのではないだろうか。だが、人間はこの爪痕から外に出ることはできない。外の世界にさえ出ることができたら……。
アラマンの思案を止めたのは、この時間には珍しい客人の来訪であった。
「先生! 朝早くから押しかけてすみません。どうしても報告しなければならないことがあります。少しお時間よろしいでしょうか?」
客人はヨナであった。やけに忙しない。もともと忙しない子であるが、今日のヨナはいつもと様子が違うように見えた。
「ヨナ、おはよう。どうした? そんなに息を切らして」
「あっ、おはようございます。アラマン先生。今東門で見知らぬ人が倒れていて、あっ、二人です。男と少女でした。二人とも気を失っているので門番のブッシュさんに介抱してもらっています」
「見知らぬ男と少女……? 一体どういう……? まさか」
ヨナの慌てようから、何となく事態を察した。見知らぬ男と少女が倒れていたということは、彼らはここの住人ではないということだ。この爪痕の外の人間なのである。
「そうか、なるほど。ブッシュが二人を詰所に運んでいるんだな?」
「はい、そうです」
「すぐに向かう。カウベル、急いで来てくれ」
アラマンは、自分の弟子の一人であるカウベルを呼んだ。カウベルは早くに両親を失っており、アラマンの元で家事手伝いをする条件で、一緒に暮らしていた。
「カウベル、緊急事態だ。族長に伝言を。『すぐに東門に来てください』と伝えてきてくれ。早急にだ。頼んだぞ」
「分かりました。先生」
カウベルは急いで出ていった。カウベルはもう11歳になる。伝言は任せても大丈夫だろう。アラマンはカウベルを見送ってヨナに向き直った。
「さて、行こうか」
アラマンは何かが動き出す予感を感じていた。外からの来訪者。これは何かの予兆に違いない。人間が外からやってくるなんて聞いたことがない。そもそも、生きている人間が自分たち以外にいることすら、聞いたことがない。だが来た。外から人間が来たのだ。なぜ来たのか。どうやって来たのか。分からないことだらけだ。
こんなにわくわくしたのは久しぶりだ。自分と同じ魔力を持つ子供たちを知ったとき以来か。今回はもっと何か凄いことが起こるかもしれない。アラマンは抑えきれない気持ちを握りしめたまま、ヨナと一緒に東門へと向かった。
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