第三十九話 霊和十年の日本

 西暦2028年2月14日17時39分 呉駅前ロータリー



 【悲報】現代日本に帰還したと思ったら平行世界でした【引き返せ】……と、俺の脳内で日本国内最大の某巨大インターネット掲示板にスレッドを立てそうになったよ。そのくらいの衝撃だよ。

 【衝撃】一見何もかも現代日本に見えているようで実は違いました?【平行世界】というスレッドタイトルでも遜色無いな。


「冗談も大概にしてくれ」

「それでどうにかなるとでも?」


 もう一人の俺の文句に俺が問いかけると押し黙った。

 本当、何をしにここへ来たんだこいつと感じて訊いてみることにした。


「そもそもこの世界に来た理由は?」

「お前こそ」


 むすっとした顔で返事をするもう一人の俺にため息を吐く。

 考え方にすれ違いはあるが根本的な性格は変わっていないはず。


「じゃあいっせーの」

「里帰り」

「帰国」


 お互い沈黙する。里帰りって事はまた魔王領に戻るのか。


「……合って無いな」

「何、お前帰るつもりだったのか?」

「悪いか? 両親が心配だったんだよ」

「俺は向こうで地位を築いたから、お別れを言いにな」


 なるほど、こういう道を選んだ俺もいるのか。


「ああ、そうかい」

「興味無さげだな」

「わざわざ血塗られた道を選んだ事にどん引きしたんだよ」

「コネを作るために有力貴族と繋がりを持ったからな」

「……ということは、カルアンデ王国の主戦派閥か」


 顔をしかめた俺を見て意外そうな表情をするもう一人の俺。

 

「何だ、手を組まなかったのか?」

「王様の平和をもたらしてくれという依頼とは違って、奴らは平民を動員すれば勝てるなどと抜かしたからな。経済が傾くわ」


 そう吐き捨てると、もう一人の俺がはっと笑う。


「結果的にオレは奴らと組んで魔王領を滅ぼし、その土地を貰うことができた」

「……よくそんな事を王国が許したな」

「お前の言う通り、経済ががたがたになってそれどころじゃなくなったよ。魔王領の統治をオレに任せるとさ」


 王国側と魔王領、一体どれだけの人的損害が出たのやら。想像したくない。

 というか、副官以外の三人の女がお前を不服そうに見ているんだが。

 ひょっとしたら互いに仲が良くなかったりするのか? いかんな、不和はやがていさかいの元になるぞ。

 まあ、そのくらい気づいてはいるだろう。何せ俺だし。


「それはそれとして、鎖に繋がれてる副官を解放して人間として扱ってやれよ。いくら何でも可哀想だろ」

「断る。抵抗した罰だ」

「くだらないな」

「ああ?」

「見たところ、お前の強さなら正面からぶつかり合っても勝てるだろうに」

「魔族なんぞ油断ならん。寝首をかかれるのがオチだ」


 何だ、恨まれているのを理解していて手元に置いているのか。

 もう一人の俺の顔をよくよく見てみると、目にくまができている。

 相当心労が激しいのだろう。


「……無理をし過ぎだな。魔王領に帰ってしばらく休養すると良い」

「このぐらいなんてこと無い」


 俺の呼びかけを振り払うと、もう一人の俺は夜空を見上げる。

 ワイバーンどもが吐き出した火の玉による攻撃で呉市内中央を陣取る護衛艦たかまがはらはあちこちで小さな火災が発生していたが、それだけだ。

 逆に各所から伸びるレーザーで次々と落とされていき、ぱっと見ワイバーンは数えるほどしかいない。


「もうオレが出張る必要は無さそうだ。……魔王領に帰るぞ」


 彼らの真横に虹色の転移門が開く。無詠唱で使えるのか、凄いな。


「両親に顔を見せにはいかないのか?」

「ここは俺のいた日本ではないからな」

「この国からの報酬は?」

「オレたちが帰るのを邪魔しなければいい」

「……だそうだが?」


 俺が二人組に問いかけると彼らは肩をすくめた。


「そう言われてしまえば、止める権利は我々も無い」

「というわけだ。……ああ、面倒だ。また帰還場所を調べ直さなくてはならん」


 もう一人の俺とそんな会話をしてる間に、彼と行動している女たちが次々と転移門をくぐって行く。

 最後に彼が副官を連れて行こうとして立ち止まる。


「ああそうだ、お前に餞別せんべつをやる」


 そう言いながら俺に近づくと副官をつないでいる鎖を俺の手に押し付けた。


「……おい!?」

「正直、管理するのはもう疲れた。お前に会ったのも何かの縁だろう。だから、やる」

「そんな雑な事を……おい、待て!」

「ではな」


 男が転移門へ向かおうとしたので、俺は咄嗟に滑る板と不可視の壁を展開して妨害する。

 しようとした。

 しかし、もう一人の俺はふんと鼻息をしただけで魔法を無効化して転移門をくぐり抜け門は閉じてしまった。


「……一体、何がどうなっているのです?」


 取り残された俺たちが呆然とする中、副官の弱々しい声が空中にとけて消えた。


◆     ◆     ◆


『もうひとつの安武一味、えー元の世界へ帰った模様』

『奴隷を置いて行ったようですが、どうしますか?』

『安武一味は何と言ってる?』

『心身共に疲弊していて不憫だから彼女の故郷と兄が存在する世界、彼らが来た場所に連れて行き静養してもらおうかと語っています』

『ああ、その方が良い。映像を見ているがあまりにも哀れだ』

『引き止めないのですか?』

『自殺でもされたら寝覚めが悪い。それと、この世界の国民でもない男に留まられても困る』

『今回の騒ぎで他国が状況を理解しつつある。国際的な面倒事に巻き込まれる前に、早々退去願おう』

『了解しました』


◆     ◆     ◆


 西暦2028年2月14日17時46分 呉駅前ロータリー



「え、事情聴取されたりしないんですか?」

「してほしいのですか?」


 二人組のうちの警察官に逆に訊き返されたので否定する。


「お断りします。……理由を訊いても?」

「手短に言いますと、他国が安武君たちに興味を示そうとしてます」

「うわ、今すぐこの世界を出ようそうしよう」

「そうしてください」


 俺は背嚢を下ろすと中から丸められた羊皮紙を広げて地面に置いて魔力を通す。

 青白くほのかに発光する魔法陣に向かって声を上げる。


「こちら安武、安武典男です。どなたか聞いていたら返事をください」


 と魔導通信機へ呼びかけること三度目、応答があった。


『ヤスタケ殿、聞こえるか? 儂はアンリ・ビョルンじゃ』

「アンリさん、突然で申し訳ありませんが、今すぐ魔王領に戻していただけませんか?」

『準備に入る指示を出すから待っておれ』


 通信機が沈黙する。

 返信を待つ間、振り向くとローナたちは見慣れてるからいいとして、二人組が興味深そうに魔導通信機を見つめている。


「通信機なのか、これ?」

「そんな薄っぺらな紙一枚で? 便利そうだな」

「いや、使い勝手悪いですよ? 相手先を指定した紙を用意しないとつながりませんから、多人数とやり取りしようとするとその数だけ紙を用意しないといけません」


 丁寧に使い心地を解説すると二人組はそろって首を傾げた。


「あー、それは不便だ」

「導入は無理そうだな」


 そんな事を話し合っていると、アンリから返信が来た。


『もう少し待っておれ。それで、何があった?』

『故郷かと思ったら非常によく似た世界でした』

『満足できんのか?』

『この世界に住んでた自分に申し訳ありませんし、何よりこの国のお偉方に目をつけられてしまいました』

『…………なるほどの。ならば仕方ないか』


 アンリのため息が通信機越しに聞こえてきた。


◆     ◆     ◆


『間もなく現場空域に在日米軍の輸送機が侵入します』

『安武一味は何をしている』

『帰還の準備に時間がかかっているようです』

『在日米軍司令部から通達、直ちに異世界人を拘束するよう指示が出ました』

『ふざけるな、命令だろそれは! 我が国は独立国で同盟関係にあるだけだ!』

『どうしますか?』

『日本政府が横やりを入れて来る前ならどうとでもなる。それまではのらりくらりと応対しておけ』

『了解しました』


◆     ◆     ◆


 西暦2028年2月14日17時49分 呉駅前ロータリー



 ローナが首を傾げてセシルに訊く。


「ねえ、何か変な音しない?」

「奇遇だな、どんな音だ?」

「向こうの空からごぉぉぉって」

「……敵か?」


 セシルが二人組の内の自衛隊員に尋ねると、彼は困った顔で答える。


「いや、敵ではないと思う。……思うが、今回は非常にまずい」

「どうしたの?」


 ローナの疑問に自衛隊員が苦々しい表情で俺に問いかけてくる。


「相手が在日米軍と言ったら分かりますか?」

「……同盟国だけど……って、目的は俺たちか!?」

「正解です」


 その言葉に俺は魔導通信機に声をかける。


「アンリさん、まだですか?」

『儀式魔法じゃからの、時間がかかるのは理解せい』


 間に合わなかった場合、何が起きるか想像がつかないがドンパチにはならないと思う。きっと。たぶん。ならないといいな。


「じれったいねー」

「離れるなよ? 魔法の範囲外にいたら取り残されるぞ」

「じっとしてるってば」


 そわそわしてるローナをなだめる。


「そういえば、虎太郎が静かだな。どうした?」

「騒ぎで泣き出さないよう、魔法でぐっすり眠らせているから安心して」


 ローナの胸元で眠る虎太郎を見て安心する。


「……それなら良いんだ」


◆     ◆     ◆


『在日米軍輸送機から通信。今すぐ護衛艦たかまがはらを移動させろ、降下に邪魔だと』

『機関部が故障し推進は困難、とでも伝えておけ』

『安武一味はまだか?』

『まだです』

『…………報告します。首相官邸から直通回線が来ています』

『……来たか。通話に出る、つないでくれ』

『はっ』

『…………おい、どうなっている? すぐに護衛艦をどかせ』

『はい。いいえ、機関部が故障中のため動かせません』

『嘘を吐くな、普段から君等の働きぶりは知っているつもりだ』

『光栄であります』

『今回は分が悪い。彼らの邪魔をしてはいかんのだ、移動させなさい』

『……そちらで何かありましたか?』

『あった、とだけ伝えておこう。内容は言えん』

『……了解しました。機関部の修理、点検が済み次第移動します』

『頼んだぞ』

『直通回線、閉じました』

『安武一味は?』

『まだです』


◆     ◆     ◆


 西暦2028年2月14日17時51分 呉駅前ロータリー



 ローナが空を指差して叫ぶ。あまりの轟音で相手に聞こえづらいからだ。


「何か、空にぴかぴか光る物が物凄い音でわたしたちの周りをぐるぐるしてるんだけど? それも三つくらい」

「おおい安武君、まだかい?」

「まだのようです」


 自衛隊員に訊かれたので首を横に振りながら答えた。


「急いでください。……げ」

「どうしました?」


 頭上を見上げると、さっきまで陣取っていた護衛艦たかまがはらが移動を始めていた。


「あれが何か?」


 たかまがはら、自衛隊員と警察官の二人組に視線を行ったり来たりさせつつ訊いてみると警察官が申し訳なさそうに言う。


「安武君、いいですか? とうとう在日米軍が頭上の輸送機から降下してきます」

「はい」

「申し訳ありませんが我々自衛隊や警察は貴方たちを庇えませんので、ここから退避させてもらいます」

「はい」


 まあ、上からの命令ならどうしようもないな。


「貴方たちが無事に元の世界へ帰れるよう祈ってます」

「こればかりはしょうがないですよ」

「それでは失礼します」


 申し訳なさそうな顔の自衛隊員と警察官の二人組は、呉駅前の交番に入って行き施錠したようだ。関わるつもりは無いとの意思表示だろう。


「薄情だねー」

「しょうがないさ、彼らにだって支える家族がいる。なるべくなら巻き込みたくない」


 ローナが肩を落とし、セシルは肩をすくめた。

 見上げれば輸送機が通過した直後、夜空に黒い円形の花が咲き乱れ始めていた。


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目指せ現代帰還~異世界で嫁を探したら幽霊メイドが憑いてきました~ルートB 塚山 泰乃(旧名:なまけもの) @Wbx593Uk3v2mihl

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