第二十三話 魔王への献上品

 執務室で書類を決裁けっさいしていた魔王に代わり、別の机で仕事をしていた副官が席を立って俺と世話係のローナを迎える。


「それで、お話とは何ですか?」

「色々お世話になっているので、俺が工房で作った物をおくりに来ました」


 俺が箱をテーブルに置くと、副官がそれを開ける。

 魔王が机越しに箱の中身をのぞこうとする。


「ポットですね。魔方陣が刻まれていない」

「それでは不便だろう」


 魔王のもっともな反応に頷きつつ説明する。


「そのポットの底を見て下さい」

「……何か見たこともない文字が刻まれていますが、これは何ですか?」

「まずはそれに水を入れてみて下さい」


 首を傾げていた副官が隣の給湯室で水を入れて来た。


「魔導調理器も使用していないのに、ポットの中で水が沸騰ふっとうしていますね。……まさか、底に刻まれていた文字は?」

「魔方陣です。大幅に小さくしてあります。沸騰が済んだ後は温度を一定に保ち、即座にカップに注げる優れものですよ」

「まあ」


 沸騰が終わった湯を、ティーバッグを入れたカップに注ぐと、ほのかな香りが立ち上る。


「……ふむ、味も悪くありません。魔王様もどうぞ」

「…………確かに、今まで飲んでいた茶と変わらん。一体どうやった」


 簡単に説明すると、魔法に精通していると言われる副官が驚いていた。

 実は同じ性能を持つ代物があったのだが、ポット全体に文字がびっしりと書き込まれており、見栄えがものすごく悪かった。それを無属性魔法の視力拡大で顕微鏡けんびきょうの如く細かく文字を刻み込み外見をよくさせたのが画期的だったらしい。

 おかげで、単なる道具を芸術品へと昇華しょうかさせた。


「ヤスタケよ。これは魔王領内の製品に革命をもたらすものだ」

「特許を与えます。貴方はそれだけのことをしたのです」

「ありがたき幸せ。……具体的には、報酬として換金できる宝石が欲しいのですが……」

「うむ。ルビーとサファイアの小さな鉱山ひとつずつでどうだ? ダイヤモンド鉱山はカルアンデ王から賜ったと聞いたからな」


 魔王からの俺からしてみれば大きな褒美ほうびに思わず上半身を大きく傾けて礼をする。


「ありがとうございます。つきましては、お願いしたき事があるのですが……」

「良い、申してみよ」

「故郷に戻ってからも、定期的にそれらの宝石を送ってほしいのです」

「うむ」


 報酬は与えられても、契約をきちんとしてなかったせいで手元に送られてこないなんてこともあり得るからな。しっかりしておかないと。

 ついでに本命も口にする。


「それと、オーク肉が大層気に入りました。あれも定期的に送ってほしいのです」

「そちらでは存在しないのか? それならつがいを一組送るが」

「いえ、そうするとそれを巡って、世界規模での争いの元になるので」

「そんなにか。……まあ、存在しない希少品を我が物にというやからが出るかもしれん。分かった、容易たやすいことよ」


 容易いのか。この世界ではオーク肉ってそんな高級なわけでもないのか。

 まあ、俺にとっては十分美味い部類だし、身の丈に合ってると思う。

 あんまり欲をかいても良くないしな。


「ところでヤスタケよ、折り入って話があるのだが……」

「はい、何でしょう?」

「我が妹を貴様の嫁に迎え入れてもらえないだろうか?」


 魔王の傍らで控えていた副官とローナが息を飲んだ。彼女たちも魔王の提案は予想外だったらしい。

 俺と打ち合わせをする中で、魔王領が群雄割拠の戦国時代だった頃から優秀な人材があまりおらず、権限が集中して精神的に疲弊している兄の魔王を彼女はしきりと気遣う様子がある。それだけ兄想いなんだろう。


「どうしていきなりそんなことを?」

「ヤスタケが編み出した刻印魔法の件、これだけで魔王領が発展する。それだけの価値があるのだ。是非受け入れてこの国に骨を埋めてほしい」

「それは願ってもない申し出です。……ですが、私が召喚される前、故郷は隣国と戦争になっていて心配なのです」

「故郷が無事であれば戻って来るのか?」

「いいえ、両親の面倒を見なければいけません。土地の管理もあります」

「そうか。……いや、妹は優秀だぞ? 才媛と持てはやされている。まあ、俺にべったりで人付き合いがあまりないのが難点だが……」


 魔王がそこまで言ったところで、副官が盆を彼に向けて振りかざした。


「誰のせいだと思ってるんですか」

「あ、いや、悪かった許せ」


 妹には頭が上がらないのか、顔をやや青くした魔王が引きつった笑みを浮かべながらなだめようとする。


「一発叩かせてもらいます」

「悪かった、痛っ」


 魔王の頭に盆の縁が叩きつけられ、ごすっと割と重い音がした。

 彼からは先の軍事国家の侵略で、残された家族は妹しかいないと聞いている。

 唯一気を許せる家族だからこそできる会話だ。

 いや、それよりも。盆での打撃にガタイの良い魔王が本当に痛がっているようだが、演技ではなさそうだ。


「その盆、凄くかたいんですか?」

「いえ、木製の安物です」

「何故にそんな音が」

「たった今魔法で強化しました」

「ははあ」


 魔王領で一番怖いのは副官だな、彼女は怒らせないようにしよう。


「いつつ……。話を戻すが、ヤスタケの返事が訊きたい」


 魔王が頭をさすりながら真面目な顔で話しかけてくる。


「そうですね、……私の故郷に連れ帰っても良いのなら受け入れます」

「それは駄目だ。……ううむ、残念だ」


 今の仕事量が魔王にのしかかったら、彼は潰れてしまうだろうから却下だ。

 そういえば魔王領では官僚を見たことが無い。執務室を訪れているのは魔族の兵士ばかりだ。

 普段世話になっているのだから助言するべきだろう。


「魔王様は大変お忙しい様子、ここは将来を見据えて官僚を育成してはいかがでしょうか?」

「……すまぬが、カンリョウとは何だ」

「魔王様の副官殿の下に複数の部署をそれぞれ設置し、部下たちに仕事を振り分けることです。仕事を手伝ってくれる人員が増やせます。それによりいくらか楽になるでしょう」

「ほう、ほうほう。……副官、検討できるか?」

「やってみましょう」

「我が領地も統一前と比べて十倍以上に膨れ上がったからな、一日が書類仕事で終わる。……終わってしまう。ヤスタケよ、結果を見なければ分からんが恩に着る」

「いえ、お役に立てれば良いのです。……話を戻しますが、刻印魔法の改良点は技術者たちに伝えました。彼らが発展させてくれるでしょう。私がいないと成り立たないということはないので安心してください」

「いや、そういうことを言いたいわけではないのだがなあ」


 俺たちの会話に安堵した副官と不安そうな表情のローナが印象的だった。

 そういえばと俺は魔王に話しかける。カルアンデ王国が魔王領に工芸品を輸出しているそうだが、その中に決戦兵器が入っていると聞いたが本当なのかと。魔王は首を傾げる。


「聞いたことがない。似たような発音で穴洗器けっせんきならあるが」

決戦機けっせんき? どういう物ですか?」

「カルアンデ王国で見たことがないのか?」

「……申し訳ありませんが決戦機といった物は知りません」

「直に見た方が早そうだな。ついてこい」

「はあ」


 魔王を先頭に副官と俺、それにローナが付いてくる。


「ここだ」

「何故にお手洗い? ……水洗便所?」


 洋風便器が設置されているところを魔王が指差した。


「これだ、この部分だ」

「……ノズル? ウォシュレットじゃないですか」

「穴洗器とは呼ばないのか?」

「そもそもケッセンキとはどういう文字とつづりで書いてあるのですか?」

「副官」


 副官が胸ポケットから手帳とペンを取り出し、さらさらと書いて俺に見せた。


「こうです、ヤスタケ様」

「じゃあ、軍事国家が決戦兵器と呼んでいた文字と綴りは?」

「多分、こうではないかと」

「……ということはだ、軍事国家は穴洗器を読み間違えていたと」


 いや、勘違かんちがいにも程があるだろう。


「奴らの言い分は言い得て妙だと思うがな」

「どこがです?」

「これを皆が使うようになってからが激減した。特に騎士や竜騎士がくらに乗っても痛くないと喜んでいてな」

「決戦兵器と呼んでもおかしくはないと」

「そうだ。それになにより使い心地が良い。なあ副官」

「そうですね、温水がかかっているときの気持ち良さと言ったら……女性に対して何を言わせてるんですか、兄様!」


 魔王に世間話でもするような感じで話しかけられた妹は素直に応じてしまい、自身の発言に顔を赤くして抗議した。


「すまんすまん、同意が欲しかったんだ」

「もう」


 後に、軍事国家はカルアンデ王国民からウォシュレットで滅んだ国と言い伝えられるようになる。

 哀れな。

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