第二十二話 魔王領での生活

 カルアンデ王国と魔王領との戦争が終わったため、俺の役目は終わった。

 条約を結んだ翌日、俺は魔王に会って終戦に同意した理由を訊いてみた。


「俺はただ、魔族領で暴虐ぼうぎゃくの限りを尽くす軍事国家が許せなかっただけだ。その他の国を恨んではいない。むしろ彼らと不可侵条約の締結をしようかと模索していたら、ほぼ同時に攻め込んできたから落としどころを失ったんだ」


 魔王領で彼が頂点に立てた理由は、あるロボット技術者を召喚したことによる。これで国をひとつにまとめ上げた。

 ロボットを作ったのはやはりと言うか地球の日本から召喚された勇者だった。


 彼は定年を迎えた技術者で、とある有名な漫画原作者による少年型ロボットを作るのが将来の夢だったと言う。

 彼は仕事に専念するあまり妻子に逃げられたため、もはや日本に未練はないと言う。

 このまま魔王のもとで働き続けて骨を埋めるつもりだそうで、何度か会ったことがあるがなかなかに気さくな人物であった。

 ロボットを罠にかけて捕まえたことを話すと、更なる改良が必要だと言って研究に没頭し始めた。

 余計なことを言ったのかもしれないが、魔王が侵略をしようと思わなければ防衛は盤石ばんじゃくとなり束の間かもしれないが平穏が訪れるだろう。


 同盟国と魔王軍との戦争がカルアンデ王国との和平条約を結んだことがきっかけで、他国もこれ以上戦い続けるのはまずいと思っていたのかカルアンデ王国を仲介として交渉の糸口をつかみ、各国首脳が一堂いちどうに会し和平条約を結ぶに至った。

 条約の内容だが、旧軍事国家領の半分を魔王領に割譲かつじょう。残り半分を各国との緩衝地帯とし、各種鉱山の権益を共同管理すること。また、魔王領が保有しているロボットの数を本土防衛分だけ残しての削減が和平の条件に入れられた。ただし輸送や土木、建設などの利用については対象外とした。


 俺たちは魔王の下で厄介になる間、ウェブルを含めた学園生たちは魔族に対しての偏見や差別をなくすための社会科見学を頻繁ひんぱんに行っている。


「ノリオ、やっぱり見学には行かないのかい?」

「生まれ故郷に帰るから必要無いだろう。俺にとって重要なのは、向こうでも生きていくためのかてとして魔法技術を磨くことだ。分かってくれ」

「ノリオの人生だからな。無駄な時間を取らせるのも悪い」

「……そうか、そうだね。君の年を考えると寄り道は良くないね」

「ごめんな」

「良いって」


 誘ってきたウェブルを説得する。ルモールはそのことを理解しているのか、俺の主張に加勢した。ウェブルも無理を言っていることが内心分かっていたのか納得したようだ。

 マリーの身体を獲得したローナは引き続き俺のメイドをしているが、肉体の操作技術が上手く行かないようであちこちでこけたり力加減を間違えて皿を割ってしまったりと大変みたいだ。彼女曰く、時間が解決するだろうとのこと。

 ちなみに俺は魔王に願い出て、許可をもらって図書館と技術工房を行ったり来たりしている毎日を送っている。

 カルアンデ王国の図書館では禁書扱いされていた本がここでは普通に読めるのだ。

それらの本には詠唱呪文が主だったカルアンデ王国とは違い、文字列発動、つまり魔方陣による刻印魔法の起動展開が普通だった。


 土属性魔法で粘土にちょこちょこと文字を刻み込んで魔方陣を作成して焼いて固める他、物体に書いたり刻み込んで魔力を流すと効果が表れるようだ。

 勉強しながら試しにごく初歩的な魔道具を作ってみると、思いのほか簡単にできた。羽ペンと一緒に使うインク壺のインクが減らないという意味があるのかという代物だが、魔法は魔法だ。

 俺につきっきりで指導していた教師によると、詠唱よりも刻印魔法の作成分野に才能があると断言された。

 それに加えどうも無属性魔法は刻印魔法と特に相性が良いらしく、魔力を別のエネルギーに変換させるのに良いらしい。

 これが他の属性に秀でていた場合、相性が悪く使う燃費も莫大のようだ。


 何故このような技術がカルアンデ王国では存在してなかったんだろうとカルアンデ王国国王陛下に訊ねてみたところ、昔の有力貴族たちが刻印魔法は平民でも扱えるため、彼らの立場が危うくなると考え禁呪扱いにされるようになったらしい。


 もし刻印魔法がカルアンデ王国で普通に使われることがあって、そこで才能を開花させていれば別の道を辿ったのではないだろうか。

 結果的にはカルアンデ王立魔法学園で学ぶ限り、芽は出なかったろう。


 魔方陣が製品全体に刻み込まれた電磁でんじ調理器ならぬ魔導調理器に、同様に魔方陣が刻印された薬缶やかんをのせて湯をかすのを見ていると、思わず独り言が漏れる。


「美しくない」


 家電製品ならぬ魔導製品のほぼ全てが魔方陣がびっしり刻み込まれており、見栄えが悪い。


「要改良だな」


 魔族の技術者たちから訊くと、一般的に魔方陣が大きければ効果も高いと考えられているそうだ。

 小さくても一緒ではないのかと思い、技術工房である物を製作した。


◆     ◆     ◆


 息抜きに魔王城巨人練兵場へと訪れた。

 魔王城に隣接するようにロボットの駐機場があり、ここの広場で基本的操縦方法を学んだり、試験機の運動を行ったりする。

 技術工房で製作する合間、定期的にここに来る理由は彼女たちだ。


「うん? また来たのか」

「ネア、元気そうで何より。セシルは?」

「たった今ジョグを終えたところだ。あいつもすぐに来るだろう」

「そうか。……前に乗ってた機体、壊して悪かったな」

「悪用されないようにという理屈は分かる。あの場合は仕方がなかったろう」

「そう言ってもらえると助かる」


 魔王城を襲撃する際、速度最優先だったからロボットを置いていく他無かったからな。カルアンデ王国上層部があれをどう利用するのか予測がつかなかったため完全破壊させてもらったが、あれで正しかったんだろうと思う。

 中世ファンタジーで環境破壊前提のロボット大戦なんて見たくもない。誰かが製作した架空世界でのロボットバトルだったら大歓迎なんだがなあ。

 二人でそんな会話をしていると、セシルが歩み寄ってきた。


「また来たのか」

「心配でな」


 他の同盟国軍がどうかは知らないが、カルアンデ王国軍が魔王軍の捕虜をとらないことは知られていて、二人が生きて戻ってきたことに注目が集まっているようだ。

 曰く、勇者に情けをかけられて帰還できた。

 曰く、死にたくないから体を売って帰還した。

 曰く、身の安全を条件に巨人を売った。

 などといった噂が流れている。

 最も真実に近い、俺が情けをかけたなんて噂も筋違いだ。魔王の不興を買いたくないからが一番の理由だし、なるべくなら殺し殺されはしたくない。必要だったら殺害もやむを得ないが、当時は敵からの情報収集が最優先でそこまでする理由もなかった。


 このことは魔王に直接伝えている。認識のすれ違いで何が起きるのか分からないから、情報交換でのすり合わせが大事と人生経験で理解しているからだ。


「立ち話もなんだし、昼食おごるよ」

「良いのか?」

「話が分かる。ご相伴しょうばんに預かろう」


 先ほどまでの素っ気ない態度はどこへやら、セシルとネアがうきうきしてついてくる。


「そこらの店でだけど、良いか?」

「たまには外食したい」

「基地の食堂はバランスが良いのは理解できるんだけど、質と量がねえ……」


 まあ、国が受け持ってるんだから、最低限の食事しか提供されてないんだろう。


「お前たち、給料もらってるんだろ?」

「もらってはいる。でも、奢られるのは別」

「ごちになるぞ、勇者様♪」


 調子が良いな、おい。

 まあ、この二人がいてくれたからこそ和平条約を結べたんだし、このくらい必要経費だ。


◆     ◆     ◆


美味うまい美味い」


 がつがつと肉料理を頬張ほおばるセシルとネアを見ながら、同じく肉を口にする。

 牛肉や豚肉も良いもんだが、このオークの肉も捨てがたいな……。地球に持ち帰って飼育できないだろうか?

 いや、無理だな。二足歩行してる時点で人権を振りかざす保護団体が邪魔してくるだろう。裁判で貴重な人生を削られるのは御免ごめんだ。

 定期的にオーク肉を送ってもらう事にしよう、そうしよう。


「おかわりしていい?」

「あんまり食うと午後の訓練が大変だぞ」

「それもそうか。……残念」


 最後に残った肉の一切れを二人は名残惜し気にゆっくりと咀嚼そしゃくする。

 訓練再開までまだ時間あるようだし、ちょっと話しておこうか。


「二人とも、魔王領に戻ってから皆と上手く生活できてるか?」

「大丈夫」

「良くない噂が出回ってるようだから」

「気の良い奴らだから心配いらない」

「……それなら良いんだ」


 安心しても良いのかな、これは。

 本来はこういった調整役はウェブルが適任なんだけど、あいつも忙しいからなあ。


「良くない噂のひとつにヤスタケのものがあるぞ」

「俺の? どんなのだ」


 そんな話聞いたことないぞ。


「知らないのか? ちょくちょく私たちに会っているのを見た人が魔族に色目を使ってるとか陰口かげぐち叩いてるぞ」

「何故にそんな噂を……」

「ほら、私たち綺麗きれいだし」

「美人だし」


 二人はそう言ってポーズをとる。

 俺は彼女たちの髪型、顔、上半身を何秒か見つめて首を傾げながら言う。


「……綺麗? 美人?」

「今、ヤスタケは私たちに喧嘩を売った」

「買うよ」

「だから何でそうなる」

「理由を言ってほしい」


 二人にじっと見つめられたため、正直に説明することにした。


「これまでまともに女性と付き合ったことがなかったから、どんなのが綺麗だとか美人かなんて判断基準が分からないんだ」

「……なるほど?」

「そういうことか」


 ネアはあごに手を当てて頷き、セシルは額をんでいる。


「まあいいじゃないか、何が原因で異性を気に入るかどうかなんて分からないしね」


 ネアは納得したようだが、セシルが半眼で俺をにらむ。


「やっぱりあの要塞で暴れておけば良かったか……?」


 セシルのぼそぼそとしたつぶやきが俺にはよく聞き取れなかった。


「何か言ったか?」

「いや、何も」


 そうこうしているうちに二人が基地へ戻る時間がやってきた。


「じゃあ、また」

「訓練を頑張るのも良いが、怪我しない程度にな」

「分かってる、じゃ」


 二人の後ろ姿を見送り、俺は城内の工房へと戻る。

 さて、魔王に完成品を届けに行くか。

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