第十五話 地下要塞

 一見いっけんのどかな畑の中の道を歩いていると、ふと空を見上げた生徒が声を上げた。


「あれは何だ」

「……鳥にしては大きいな」

「それよりもはるかに高く飛んでる」


 彼らの声に誘われるように俺も見上げた。

 なるほど、彼らの言う通りだ。

 ……羽ばたいていない? 翼人よくじんではなくハンググライダーっぽいな。

 翼人とは文字通り背中につばさがある獣人のことだ。町から町へ手紙を配達する郵便屋として働いている事が多い。


 周囲を見回してみると、進行方向に軍事国家を隔てる低い山々が連なっているだけで、他に山は見当たらない。

 山を利用して飛んできたのか?

 山とグライダーを交互こうごに見る。


「あれは我が国の偵察ていさつ隊だよ」


 その声に振り返れば、高等部三年から勧誘した魔法使いの一人、ジャックが飛んでいる物体を指差していた。


「味方なら安心です」

「でも、何故こんなところを? 敵はあの山脈の向こう側でしょ?」


 俺の安堵あんどの声の後にマリーが不思議そうな顔でジャックに問いかける。


「おそらく、背後に敵が回り込んでいないかとか、私たちがいつ来るのかといった理由だろうな」


 なるほどと思いつつ、偵察機を見上げる。


「あ、降りてくるぞ」

「こっちに来る」

「敵味方の判別のためかな? ……皆、攻撃はするな! あれは味方だ!」


 ジャックが周囲に叫んで注意する。偵察機はぐんぐんと高度を落としながら近づいてきた。


「おーい、おーい!」


 生徒たちの何人かが手を振る。

 近づいてみて分かったが、本当にハンググライダーだった。操縦している人間は寒さ対策のためか、全身防寒装備で覆われているので男か女か判別できない。

 だが、最も驚くべきことは他にあった。


「なあ、何かおかしくねえか?」

「ああ、何か、子どもに見えないか、あれ?」

「……確かに子どもだ」

「いや、子どもにしては小さすぎるぞ」

「……まさか、幼児か、あれ?」


 あまりの光景に皆が静まり返る。

 初等部どころか、それも怪しい。幼等部後半ぐらいではなかろうか。

 グライダーを操縦している子が機体を安定させてから、片手で手を振ってきた。目はゴーグルで覆われているので表情が分からない。

 マリーがジャックに詰め寄った。


「ジャック先輩、どういうことですか?」

「あー、君らは知らなかったか。幼年偵察隊は基本、風魔法を使える幼子おさなごたちで構成された部隊だ」

「ですから、何で幼児が戦に関わってるんですか!」

「我が国ではまだ、少年や大人であつかえるほどの技術を持っていないんだ」


 マリーが呆然ぼうぜんとしジャックから後退あとずさる。


「……それだけの理由で……?」

「機体の強度が足りない、強くすると重くて操作がしづらい、体重が重い人間ほど鈍重になる、的が大きすぎて敵からも狙われやすい、などと欠点が多い。……けれど、彼らのおかげで敵の位置が夜間以外は丸わかりになったのは大きい」


 偵察機を操る幼児は手を振るのを止めると、機体を反転させながら風もないのにふわりと上昇しあっという間に胡麻粒ごまつぶほどの大きさになり、山の方へと向かって飛んでいく。明らかに物理法則を半ば無視した動きだった。

 偵察機の操縦者になるだけの技量があるってことか。

 俺たちは無言で偵察機を見送った。

 俺は感心しつつも、世の不条理ふじょうりいびつな世界を垣間かいま見た気がした。


◆     ◆     ◆


 国境線の山脈のふもとに達した俺たちは軍から派遣されてきた案内役の兵士に連れられ、中腹にある司令部にたどり着いた。

 司令部は土魔法で大穴を穿うがち、内部が複雑にからみ合う要塞とも呼べる一大構造をしていた。

 司令部で軍全体を統括とうかつする総司令官に面会するため、俺とウェブル、ルモールが内部に案内される。


「テイラー司令官、勇者殿をお連れいたしました」

「入れ」

「こちらへ」

「ありがとう」


 案内してくれた兵に礼を言い、三人で部屋に入る。

 室内は魔法の明かりで煌々こうこうと照らされ、中央の大きな机に国境線から軍事国家全体にかけての地図が載せられていた。

 室内には幾人もの人間がせわしなく動いていたが、そのうちの一人が俺たち三人に近づいてきた。頭髪を半ば喪失そうしつした初老の男性だ。胸に幾つもの勲章くんしょうかざられている。


「私が総司令官のウォルズ・ガムナ・テイラーだ。して、誰が勇者かね?」

「はい、私が勇者の安武典男です。安武が姓で典男が名前です。そしてこちらが勇者部隊の副官を務める……」

「魔法使いのウェブル・ケイです」

「魔法戦士のルモール・テイラーです。……お久しぶりです、お祖父じいさん」


 おや、と気づいた。そういえばテイラー繋がりだ。


「ルモール、もしかしてウォルズ総司令官とは……」

「父方の祖父だよ。ほら、お前にちょくちょく戦の情報を流したのもこの人がいたからだ」

「おいおい……」


 軍の情報漏洩は場合によっては罰則が厳しい。情報の重要性によっては死刑になることもありうる。

 大丈夫なのかとウォルズを見やる。

 総司令は誰もが見て分かるほどにため息をいた。


「秘密にしておけと言っておいたのに、漏洩ろうえいさせたのか、ルモール?」

「勇者のためを思っての行動ですよ、総司令」

「そうです。彼からの情報がなければ対策、というか準備もままなりませんでした」


 ウェブルが真っ先に彼をかばい、俺も後に続く。


「……ふむ。ではそういうことにしておこう」

「ありがとうございます」


 俺たち三人はウォルズに頭を下げた。


「それにしても、下位貴族である我がテイラー家の者が総司令官とは知りませんでした」


 ルモールがやや興奮しながら言った。

 そういえば変だ。上位貴族はどこに行った?

 階級が上の貴族が指揮をとったりするものではないかと思っていたが、この国では質実剛健しつじつごうけんで実力主義なのかもしれない。


「儂は戦時昇進で一気に少将になった」

「……上、中位貴族たちは?」


 ルモールが戸惑った様子で質問する。


「手柄欲しさに我先と突撃してな。残ったのは作戦に反対した者たちと逃げ帰ってきた者たちだけだ」

「ええ……?」


 意味不明の出来事に俺たちは呆然とした。

 我に返ったウェブルが困惑した顔で訊く。


「その作戦って内容はどういうものだったんですか?」

「敵は数に劣るから、同盟国と結託けったくして多勢で攻め込めば勝てる、と言っていたんだが、敵を知らなさすぎたな」

「……まさか、威力偵察すらしなかったんですか?」

「したぞ。ただ、敵が交戦もせず、どんどん逃げていくのを見て、馬鹿どもが調子に乗りおって……」

「我が軍のどのくらいが罠にはまったんですか?」

「前総司令官と腰巾着こしぎんちゃくどもには逆らえん。ほぼ全部隊だ」


 ウォルズの諦観ていかんちた言葉に俺たちは天をあおぐ。


「……良くぞご無事で」


 ルモールが声をしぼり出して言う。

 壊滅の危機を脱したんだから賞賛して良いと思う。


「慎重な指揮官たちはわざと部隊を遅れさせ、距離をとったからな。罠にはまったと感じたら即撤退したよ」

「全部隊でかかれば勝てていたのでは?」


 ウェブルが希望的観測を意見してみたが、ウォルズに即否定される。


「いや、無理だ。奇襲を受けた前衛と主力部隊がまたたく間に溶けていったからな。反撃する暇もなかったろう」

「……そこまで敵は強大なのですか」


 ウェブルが敵の凶悪さに身震いした。その感情は間違っていない、俺でもおびえる。

 俺たちが絶句している間にウォルズが説明する。


「さらに撤退戦の終わりに、こことは違う場所に築かれていた要塞が潰されたので、以降は防戦を主体とし、新しく地下要塞を築いた。それがここだ」

「こちらから攻めない限り向こうは攻めてこないと聞きましたが、本当ですか?」

「奴らがちょっかいをかけてくることは時々あるが本当だ。国境線に接している国々に攻め込んだことはこれまでない」


 ウォルズの言葉にウェブルが確認をとるが返ってきたのは肯定こうていだった。


「話を聞く限り圧倒的な戦力差なのに、向こうから仕掛けることがないということは何か理由があるのではないでしょうか?」

「その理由について、俺達も散々議論したんだけど結論が出ませんでした」

「それはこちらも同じだ。…………あるいは、あるいはだが、最初からこちらに攻め込む気がないのかもしれん」


 俺とルモールの発言にウォルズは同意し、眉を寄せたまま推測を口にする。


「軍事国家を滅ぼしたのに? 普通なら他の国にも同じことをやると思うのですが」

「それだ。そもそも軍事国家を滅ぼさなければならないほどの怒りや憎しみを持っていたとして、それが現実に達成されたからではないのか?」


 ルモールの反論にウォルズが推測で返答する。

 ウォルズの言葉を吟味ぎんみする。特に否定的な要素は思い当たらない。


「……その可能性はあるな」

「……ノリオ?」


 俺のつぶやきを聞いたウェブルが俺を見るが、今は置いておく。それよりも、ウォルズの推測の先が気になったので質問してみる。


「もし、その仮定が本当だとしたら、何故世界各国に対して表明しないんですか?」

「奴ら魔族にとって、わしら人間が信じられないんだろうな」

「魔族の捕虜はいるんですか? 対話の窓口にしたいんですが」

「残念ながら軍事国家が滅びた後、同盟各国で開戦してからこれまで一度も捕虜にしたことがない。こう言ってはなんだが、奴等は仲間思いで結束が固い。その上、我が軍の魔族に対する偏見も強く、片端から殺してしまう。先の攻防が効いたな。魔族に対する憎しみが強すぎている」


 ウォルズから現場の実情を聞かされ、ため息を吐きたくなるが我慢する。 

 とりあえず、状況打開のために動かなくてはならない。


「捕らえればいいんですね?」

「できるのか?」

「できるできないの話ではなく、やらなければならないのです。そうでないと話が前に進みません」

「……そうか、ではやってみなさい。こちらからも協力しよう」

「お願いします」


 ウォルズから許可を得たので頭を下げる。

 顔を上げた途端、ルモールが俺の肩に手を置いてきた。


「おい、ノリオ、待て」

「……反対か?」

「そうは言ってないだろ。あてはあるのか?」

「まずは情報収集、つまりは聞き込みだ。手分けしてやれば短くて済む。手伝ってくれるか?」

「……まあ、基本だな。分かった」


 ルモールが納得したが、ウェブルが首を捻る。


「うまくできたとして、兵たちから協力は得られるのかい?」

「そこは説得するしかないだろうな」

「できるかなあ」

「このままだと俺たちもこの世から退場する事になるぞ?」

「……そうだね」


 俺の言葉にウェブルは仕方なく頷いた。

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