第十四話 来訪者
ノックされた扉へ顔を向けると、目でローナに相手をするよう合図した。
『おや、来客のようですね。はーい、少々お待ちを』
ローナが音もなくすうっと床を滑るように移動し扉を開けると、そこに立っていたのは頭から
体が小柄だからおそらくは女子生徒だろう。
『……どちら様ですか?』
「もうすぐ夜だぞ、こんな時間にどうした」
「相談したいことがあるの」
ローナの困惑した声の後に俺が呼びかけると、外套に覆われた中から漏れる声はマリー・ゼストのものだった。
いつもの落ち着いた声とは違い、どことなく切羽詰まったような口調に、何かあったなと感じて招き入れることにする。
「……立ち話もなんだし、中に入れ」
マリーをこの部屋にひとつしかない椅子に座らせると、俺はベッドの前にテーブルを移動させ、ベッドに腰掛けた。
ローナが二人分の紅茶を運んできてテーブルに
「紅茶だ。あり合わせの物しかないが。……ローナは廊下を見張っていてくれ」
『了解っ』
ローナが扉の前に行ったのを確認してから話しかける。
「それで、話って何だ? ウェブルたちじゃ駄目なのか?」
マリーがカップを手に取って口をつける。
ようやく落ち着いたのか、カップを置いた後、頭に被っていた外套を下した。
「彼らには打ち明けづらくて……」
「ふむ?」
またカップを取り、二口、三口と飲んでからぽつぽつと語り始めた。
意外と紅茶が美味かったらしい。日常的に飲んでいたから分からなかったが、ローナの腕前はなかなかのもののようだ。
「実は、あたしの両親のことなんだけど、貴方と結婚しろってうるさくて……」
「……要するに政略結婚か?」
マリーは黙って
「あたしは歳が離れ過ぎてるから嫌だ、って拒否したんだけど……」
「無理強いをしてくると?」
「……うん」
こちらの世界の貴族の考え方は俺にとって
いくら愛の伝道師とかもてはやされても、大半は男子生徒からであって、女子生徒が相談しに来るのはまれだ。来るのは相談にかこつけて俺を誘惑する場合が多い。それも最初のうちだけで、噂が広まったのか相談しに来る女子はがくんと減った。
「……ローナ、異常は無いか? 無かったらちょっと来い」
『ありません。……はい、何でしょうか』
すうっと近寄ってきた彼女に訊く。
「聞いていたとは思うが、貴族の親はみんなこうなのか?」
『普通はこうではありませんよ。ノリ……勇者様が特別すぎるんです』
「ああ、もし俺が魔王を倒すことができたらという条件付きだが、地位と名誉が目当てで女子が寄ってくるって話か……」
『あと魔力の遺伝ですねー』
「それもあったな。……
誰も俺を見ようとせず、価値だけで判断されるというのもうんざりしてきた。
「貴方が来る前はこうじゃなかった。……ウェブルとルモール、学園初等部から一緒で、二人が優秀だからもあるんだけど、両親も下位貴族でもその二人ならと許してくれていた。……けど」
「そこに俺が現れた、と」
マリーの語気がちょっと強くなってきた。
「貴方の噂とあたしからの近況をしたためた手紙を知った途端、目の色を変えて言ってきたの。『あんな二人よりも勇者を狙え、手段を選ぶな』って」
『あらら』
「うわあ」
マリーが紅茶を飲み干して、手を震わせながらカップをテーブルに置いた。
「最初は両親の頭がおかしくなったのかと疑った。でも本気なんだと分かって
そう言うとマリーはテーブルをだんっと両手で叩く。
俺は彼女の内情を聞いて同情した。
中世の貴族あるあるだなあ。……いや、待て、マリーでさえこうなんだから、他の女子生徒も似たような問題を抱えているんじゃ?
その点に気が付いた俺は、内心冷や汗をかいた。
まかり間違えば家庭問題に巻き込まれて、俺が刺されかねない!?
そもそも、手当たり次第に女子生徒に手を出すと、
結構危ない立ち位置なんだな、俺。
そんな風に考えていることなど、彼女は知らずに話しを続ける。
「それで解決策を思いついたの。聞いてくれる?」
「お、おう」
『勇者様、腰が引けてます』
ローナの指摘に気づいた俺は、内心感謝しつつ姿勢を正す。
「あたしが言っても
「それは構わないが、……荒れるぞ?」
家庭問題に巻き込まれたことが確定した。というか断り方を間違えれば殺されかねない。
「良いの! パパとママが諦めてくれさえすればどうとでもなる!」
「分かったから声を抑えてくれ、ここの寮、壁が薄いから……」
とか言っていると、隣の部屋との間の壁がどんと音を立てた。
ああもう、言わんこっちゃない。
内心頭を抱えていると、突然目をすわらせたマリーがテーブル越しに俺の
「ちょっ、どうした、苦しい……」
「大体、貴方がさっさと彼女を作らないからあたしがこういう目に
「仕方ないだろ、こっちも色々探しているけどなかなかお目当てに叶う人物が見つからないんだから……?」
アルコール臭い。
思わずローナを見るとにやにやとこちらを
「ローナ、何で酒を混ぜてるんだっ」
過去に訪れた勇者たちの誰かが酒に革命を起こした。度数の高いヤツ。俺も例にもれず秘蔵の酒として愛飲しているわけだが、それをローナはこっそり悪用したようだ。
『いやあ、何かふさぎ込んでいるみたいですし、お酒の力で吐き出してしまえば良いと思いまして』
「……ねえ」
俺の小さな声での抗議に笑顔で答えるローナ。マリーが何か言ってるが無視する。
「絶対、それだけじゃないだろっ」
『まさかここまでお酒に弱いとはおもいませんでした』
「ちょっと」
俺の抗議が続くがローナは
「何、ぬけぬけと言ってやがるっ」
「こっち向け」
襟首を離したかと思ったら、顔の両脇を掴まれて向きをマリーに無理やり変えられた。
「ぐげっ」
予期しない痛みに思わず声が漏れる。
今、首から嫌な音が鳴ったんだけど!
明日にでもマリー以外の聖女見習いに診てもらおうかと思いながらマリーを見ると、
「あたしはノリオに尽くしてきたんだから、そのくらい良いでしょ!?」
「言い方ぁ! 分かった、分かったから! あと、声大きい! 静かに!」
確かにウェブルたちには随分と世話にはなってきたが、不満をため込んでいたようだ。
今度、今度があれば良いが、何か
また壁がどんと叩かれる。
現実逃避したい。
しかし当事者なので逃げ道はなかった。
「分かれば良いの、分かれば……もう駄目」
「……マリー?」
俺の顔を掴んでいた両手が離れると、マリーは力尽きたように椅子に座る。
テーブルを回り込んで彼女の顔を覗き込むと、うつらうつらと
どうやら、緊張の糸が
ローナはどのくらい酒を紅茶に注ぎ込んだというのか。
「女子寮へ運ぶしかないか」
『え、介抱という名のお楽しみはしないんですか?』
「……消滅させられたいのか?」
自分でも
やったことはないけど、今ならできそうな気がする。
さすがに俺の態度にびびったのか、ローナが後ずさりした。
『い、いいえ、冗談ですよー』
「なら良い。……カップの後片付け頼んだぞ」
『はーい』
ローナが
「……冗談でもやって良い事と悪い事がある。分別をつけてくれ」
『それでは、私の存在意義が……』
「冗談で生きる幽霊メイドとは一体……」
哲学じみた感情で視線を
「どうした」
「いや、ついに勇者殿にも春が来たのかと思って、つい」
叱られるのかと思ったのか、愛想笑いを浮かべる生徒たち。
「何もなかった。単なる恋愛相談だ」
「背中の女子は?」
「疲れて眠った。送り届ける」
「あ、そう……」
「何でそこで残念がるのか……。それよりも、明日に向けての準備は大丈夫か?」
「いけね、途中だった」
そそくさと退散する者たちを
◆ ◆ ◆
翌朝、各自準備を終えた俺たちは校庭に集まり、マッケンローから訓示を受け出陣した。
俺は勇者部隊という何の
勇者部隊の内訳は、マリーを含めた聖女見習い四人、ウェブルを含めた魔法使いが二十一人、ルモールを含む魔法戦士が十五人、そして俺といった四十一人からなるクラスに、勧誘に成功した二十六人を合わせた計六十七人の構成だ。
さらに荷物持ちとして幽霊メイドたちがついていく。
彼女たちは意外なほど力持ちで、重い荷物を背負っていても行軍速度が鈍らない。
なるほど、こりゃあ重宝されるわけだ。
文句を言わない彼女たちの
基本は馬車での移動なのだが、今回の戦争で徴発されていて数が足りないので歩きになった。荷物を背負わなくて良くなった生徒たちであるが、学園にいた時に行われた短距離の行軍には慣れていても長距離には堪えたようで、夜の食事と就寝の時間には足が痛いなどと不満の声が聞かれた。
その行軍が三日も続けば、慣れてきたのか不満がぐっと減った。
時折出現する魔物を撃退しながら行軍は続いた。
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