異世界で買ったメイドを連れ帰ったら、幼馴染の顰蹙を買いました
石の上にも残念
前編
その日はクリスマスイブ。
それも4年ぶりのホワイトクリスマスイブ。
子どもが夢に胸を膨らませ、大人が欲望に色々膨らませるこの日。
閑静な住宅街にある控えめなお家に、奇跡が訪れていた。
「……えーっと、その……ただいま?」
謎の失踪から7年と2ヶ月と24日。
レイタはいなくなった時と同じように突然帰って来た。
心配の心労と捜索の疲労を極めていた両親の感動は筆舌に尽くし難い。
「………えー、まぁ、なんて言うか、異世界?的な感じの所を救ってまして……なかなか帰れなかった、というか、ええ」
その後に告げられた夢物語のような冒険譚。
それでもレイタの両親は頭の心配よりも、息子の無事に涙が止まらなかった。
「……レイタ…? レイタぁ!!」
レイタ帰還の報を受けてレイタの家のリビングに飛び込んで来たのは、お隣に住む幼なじみのサキ。
ちょっと有名な会社で同期よりいい役職にいる彼氏(28歳)とのデート中だったがそれどころではなかった。
クリスマスに予約を取るのは正攻法では無理と言われる有名なホテルのディナーの最中だった。
飛び込んで来た情報に、テーブルに並んでいた最高級のステーキだけはしっかり掻き込んで、飛び出して来たのだ。
美味しかった。
クリっと大きく、優しげなタレ目。
プクッとした唇のアヒル口。
少し鼻にかかった甘い声。
目元にあるホクロ。
肩甲骨まで伸ばした髪に、ウェーブをかけ茶色く染めているのは、童顔を少しでも大人っぽく見せるささやかな抵抗。
仕上げとばかりに背は人ほど育たず、胸とお尻は人よりよく育ったアンバランスな体つき。
大学の友達からは『あざとい星のお姫様』『ナンパホイホイ』と呼ばれている。
本人としては不服の極みである。
レイタはサキを見る。
記憶にある通りの幼馴染。
しかし、記憶にある13歳の頃に比べると、すっかり大人びている。
あの頃になかった憂いのような陰は、レイタの喪失がもたらした。
ただ異世界で地獄かと思うような経験をしてきたレイタから見れば、十分に平穏で幼さく見える。
『平和って大切だ』
そんなサキに和むレイタだった。
サキもサキで、改めてレイタを見ていた。
いなくなる前、自分より少し高かったぐらいの背は、ずいぶんと伸びて、目の高さが胸の辺りだ。
どちらかと言えばひょろっとしていたのに、今は肩幅も広くがっしりしている。
それよりも雰囲気の変化が大きい。
すっかり大人び、迫力というか威圧感というか、大人っぽい包容力というか、余裕というか、色気というかを身に付けたレイタに再会の喜びと同時にソワソワ……正確にはウズウズと体が疼いている。
『いやいやいやいや、変わりすぎじゃない?そりゃ初恋の人で、今はもう吹っ切ったとは言え、何となくアンタの彼氏ってあの幼馴染に似てるよねーなんて言われることはあるけど、いやいやいやいや、7年ぶりの再会でいきなり、あの手で撫でられたらヤバそうとか考えてる私の方がヤバいでしょ!?目付きがヤバい……いやいやいやいや、私はもっとこう温和で平和で朗らかだけど芯は強くて、意外としぶとい人がタイプなのよ。まあ、敢えて言うなら、敢えて言うならよ! 敢えて言うなら、レイタみたいな?……あ、レイタだった……』
「サキ……」
およそ7年振りぶりに呼ばれる名前。
自分の頬が熱を持つのが分かる。
息が熱い。
レイタの左腕が伸びる。
「あっ……」
握られた右腕から甘い痺れが駆け昇る。
瞳が潤む。
「サキ…会いたかったよ」
「レイタぁ……わらひもぉ…」
そのまま抱き締められる。
レイタの今までで一番逞しい胸板が、むにゅっと押しつぶす。
背中に回された手は少しゴツゴツしていて、力強く、しかし、とても優しい。
鼻をくすぐる匂いは、中学生の頃、冗談のフリして抱き着いた時と同じだった。
新しさと懐かしさに、あっちもこっちもいっぱいになる。
顔を離せば、目の前にレイタ。
薄く、ちょっと荒れた唇に目が囚われる。
背伸びをしてフラフラと吸い寄せられるように唇がか……
「サキ?」
「ふぇ?」
「大丈夫?」
「ふぇ?」
目の前にはレイタが立っていた。
くっついてなどいない。
当たり前のように1mほどの空間がある。嬉しすぎてトリップしていたようだ。
「……」
かぁーっと顔が真っ赤に……なるには、既に真っ赤だった。
「だいじょうぶよォっ!?」
声が裏返った。
意味もなく、ぱっぱっぱっと身体の具合を確かめる。
『お洒落してて良かった』
ちょっと冷静になる。
ライトグリーンのドレスは、今日のディナーに必要なドレスで、先日買って貰った物だ。
ピアスとネックレスも。
今は脱いでるけど、玄関でひっくり返っている靴も。
いいタイミングだった。
これがいつも着ている部屋着の、しかもこないだ寝っ転がって摘んでたフライドポテトのケチャップをうっかりこぼしたフリースだったら大変だった。
素敵な服をありがとう。
サキは彼氏に感謝の念を送った。
ありがとうが言える子だった。
「元気そうだね」
レイタはしみじみと噛み締めた。
良かった……と思う。
向こうは大変だった。
なんせ容赦がなかった。
魔王もモンスターも人間も。
魔王軍の殺意は高く、人間の悪意は濃かった。
世界を救った英雄という扱いを受けながら、もうここにはいたくないと思えるほどに。
泣きじゃくる両親と、昔と変わらず挙動がおかしい幼馴染を見てレイタは、帰って来たと心から思えたのだった。
「レイタも、元気そうだね?」
少し落ち着きを取り戻したサキが、謎の摺り足でにじり寄る。
「帰って来てくれるって……」
すっと手を取ると、胸の前で両手で包む。
そのまま、上目遣いに潤ませた目で見つめる。
唇はアヒル口。
「……信じてたよ?」
たっぷり間を空けて告げた。
「サキ……」
あざとい星正統王位継承者の必殺スキルは、異世界を救った英雄にも効果覿面だった。
レイタの目が潤む。
「レイタ……」
そこですかさず、両手を広げる。
聖母と幼女を足したスマイルを発動。
修練度はカンスト。
効果は魅了のバッドステータス。
更に涙を装備すれば、成功率は30%アップ。
「サ「ご主人様?」
「ん?」
ふらふらと誘い込まれるレイタに、今度こそむにゅっとカウンターのシールドバッシュを叩き込もうとしていたサキの耳に変な音が聞こえた。
サキが音のした方を見る。
ずっと泣いている両親もそっちを見る。
両親の目は泣き腫れている。
潤んでいたサキの目はもう乾いている。
それどころか、歴戦の斥候が敵影を探るときのような鋭さだ。
「申し訳ございません。私はいかがすればよろしいでしょうか?」
みんなの視線が集まった先、つまりリビングの入口からは、戸惑った表情の顔が控えめに覗いていた。
『敵襲!!敵襲!!総員迎撃態勢に入れ!!』
サキの頭の中に警報が鳴り響いた。
「初めまして。カテリーナと申します」
そう言って見事なカーテシーを披露した。
腰まで伸びた髪は、新雪のように真っ白で、唖然とするほどのストレートヘア。
アホ毛の一本も見えない。
肌も白い。
切れ長の釣り目の色は青。
細く通った鼻筋。
薄い唇。
外国人のようでいて、顔の作りは薄い。
美人と言っていいだろう。
歳は読みにくいが、自分たちより少し若く見える。
背は高い。
レイタの隣に立つと、耳の辺りまである。
レイタが180㎝程度に見えるので、170㎝近くはありそうだ。
黒を基調にした男受けのよさそうなメイド服っぽいものを着ている。プリムはない。
手首までの長袖。
スカート丈も長く、くるぶしまで隠している。
身体つきは細い。
胸は薄い。
服の仕立てが清楚ぶってるから体型が分かりにくいが、胸は薄い。
顔つきも狐顔でキツそうだし、背が高くて圧迫感があるし、胸は小さい。
サキはそう評価した。
「あの、こちらは?」
そうレイタに尋ねた。
「えーっと」
レイタがそう切り出した。
説明に言葉を選ぶ相手か。
サキはその一言でそう判断し、脅威ランクを一つ上げた。
「名前は、さっきの通り、カテリーナで」
呼び捨て、ね。
同時に名前を呼ばれたカテリーナの緊張が少し緩んだのが分かる。
信頼が大きいようだ。
「向こうにいた時に、身の回りの世話とかしてくれてたんだ」
説明するレイタの照れ方が昔と変わらなかったのでほっこりする。
同時に隣のカテリーナが自慢げな顔になったのに気づく。
メイドのふりして、若奥様気取りか!
殲滅対象に格上げされた。
☆☆☆
カテリーナには、レイタと離れるという選択肢はなかった。
レイタと知り合ったのは6年前。
ありふれた不運から右腕と左手首、左足の膝から下の他、目とか耳とかも失ったカテリーナが奴隷市場の片隅で死にかけていたのは13歳の頃。
もう数日あればカラスのエサになっていたことだろう。
そんな時に市場に訪れたのがレイタだった。
その頃には、世界を救うという重責と、魔王軍の残虐性と、それ以上の人間の醜悪さにレイタの心は悲鳴を上げていた。
ストレスを発散させる相手がいなければもう無理だった。
そのためにレイタは奴隷市場に来た。
そこでレイタはカテリーナと出会った。
魔王軍に捕らわれ、見せしめに甚振られたカテリーナと。
レイタは市場の隅っこで死にかけているカテリーナを買い取った。
そして大嫌いなアグレトス聖教会に莫大な借りを作って、カテリーナの身体を治した。
更に、聖教会と並んで嫌いなハルクエ王国にも莫大な借りを作ってカテリーナを学校に入れた。
二年間の学校生活は、魔王軍に見せしめにされるという経験を持ったカテリーナをもってして、「ここまでするか」というほどに相当な地獄であったが、全ては助けられたレイタの恩に報いるため、唇から血を流し、血反吐を吐きながら耐え抜いた。
そして、不屈の人カテリーナはレイタは使用人となった。
本当は剣を持って一緒に戦いたかった。
魔法をもってレイタの力になりたかった。
しかし、カテリーナにはその才能がなかった。
仕方がないので、出来ることを徹底的にやることにした。
初めは『命の恩人の役に立つ』ためだった。
しかし、気が付けばその志は少しばかり変容していた。
それは、カテリーナにとって大それた願いであり、身の程知らずと揶揄されるものだった。
しかし、カテリーナは不屈の人だった。
今回のレイタの送還に同行を申し出たのは100人では収まらなかった。
魔王を一緒に倒した仲間も、レイタに救われた国のお姫様とかもいた。
しかし、一緒に送還できるのは一人と言われた。
水面下であの手この手の激しい争いがあった結果、そのたった一つの枠をカテリーナは勝ち取った。
そしてカテリーナはこの世界へやってきた。
胸がいっぱいだった。
親子の再会を邪魔するなど、無粋なことは考えていなかった。
レイタがこの数年、どれほどの地獄を味わってきたかを知っていた。
誰よりも知っていた。
レイタよりも知っている自信がある。
なので、この廊下の隅っこでぽつーんと待つ所存だった。
呼ばれるまでいつまでだって待つ所存だった。
――そう、だった。
行儀悪く靴を脱ぎ捨て、タプタプ揺らしながらバタバタと駆け込んで来なければ。
しかし、カテリーナはぐっと我慢した。
本当ならそのムチムチした太ももに光速低空タックルを決めたかった。
しかし、カテリーナはぐっと我慢した。
そして、カテリーナは見た。
胸元の大きく開いたドレスとそこから覗く深い谷。
背が低いので、大抵の男性は目を合わせれば上からその谷を覗くことになるだろう。
中途半端な品質のピアスとネックレス。
発情した猫みたいな香水。
あざとさの塊のような仕草に表情。
その女が、いやになれなれしく、レイタの名前を呼んでいる。
そして、なんと腕を広げた。
その姿は、植物に擬態し、囮の果実に近づいた獲物を飲み込む、イータースライムプラントのようだった。
カテリーナの我慢は一瞬で臨界点を突破した。
「ご主人様」
ふらふらと危うく誘いこまれになるレイタを救うべくカテリーナは声を掛けた。
「申し訳ございません。私はいかがすればよろしいでしょうか?」
そして目が合う。
『よろしい戦争だ!』
こうしてあざとい星正統王位継承者と、内助の功系既成事実クリエーターの仁義なき戦いは始まった。
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