WCフラワーチャイルズ(仮)

@godaihou

第1話 三人いる!(よかった)

 デカいだけで弱々しい照明。

 やけに篭ったような音響。

 靴が滑って転びそうになる床。

 それから。

 それから誰も興味を抱いてない六十個くらいの目が見える。

 隣ではレレ子がまた同じ所でミスをしている。気が付くと、ワンテンポ遅れたままサビに入っているのに、歌は全然間違っていない。カノンは声を抑えていた。

 志昌さんの応援も控えめだ。団扇にはわざわざ自分の口の中の歯茎の写真を貼って。

 本当にやめて欲しい。

 子供達と、更に多い老人達の目は、袖に捌けていったスライドへの関心がまだまだ色濃く残っているみたいだ。六月でもないのに、歯の健康にまつわるイベントで、しかも関係のない歌が流れて、大きな歯のキャラクターが後ろで踊っているなんて。

 三人の中では、圧倒的に右後ろのカノンに視線が集まっている。

 初見でもみんな分かるんだ。

 カノンは背が高くて、きれいで、歌が上手くて、そして……、


 十畳ほどの和室にテレビと卓袱台、床の間には西洋画が掛かっている。

 知らない局で見た事のあるバラエティ番組が放送されている。二局だけ。それも時間が経つと知らない人の知らない番組に変わるけど、プロは知らないなんて言ってはいけない。何ヶ月か前に絡んだ事があるかもしれないから。

 ぼんやり、ぼやぼや眺めていると、体を起こしてても寝そうになる。

 目の前にはアンケートとか、翌日のイベントの資料とか、なんか広げたままだ。

 体が温かくて溶けそうでそれがなんかダルい。

 次は大漁祈願のイベントだった。漁期でもないのに。

 きっと新鮮な魚を食べて、コメントなんか求められる。

 その後は釣り大会。カノンがやってみたいって言ってたっけ。

 カノンは、あれ、どこに居るんだ。

 広縁から窓の外を眺めると、街の向こうに海が見えそうだ。もう暗いから、空か海か分からないくらいどっちも暗くて、どっちに入ったら危ないかって賭け事にもならない。ちょっとだけ雲が光ってるようにも見えるけど、揺れてるようにも見える。それが映り込んでいるようにも見える。広縁にはローテーブルに籐椅子が向かい合わせてに置いてあって、外を見ながらのんびりするのがカノンは好きだ。

 左の椅子に長い黒髪を縛って、肩の前に垂らしている、ほっそりした背中が見える。

 旅館の浴衣を着ている。

 肩にタオルを掛けている。

 声を掛けようと思ったけど、どうせ事前準備なんてするような子じゃない。

 レレ子はお茶菓子を食べながらストレッチをしている。

「レレ子、布団の上で何食べてるの?」

 開脚の状態から前に倒していた体を起こし、レレ子は袋を斜め後ろに突き出した。

「ぬれせんべい。散らかんないよこれは」

「そうじゃなくて。……汚さないならいいけど」

 湿気ったせんべいや、咀嚼したせんべいが一つにまとまって、破片も出さないなんて事はない。レレ子は袋を持ったまま、再び体を前に倒した。「押していただけます?」レレ子が誰かに言うから、仕方ないから背中を押してやる。「あいっ、すうぅぅ――」息が浅くなって、足先がピンと固まると、もうダメだ。

 レレ子の体は、その意思よりも固い。

 乾ききってない髪は所々まとまって、ジャージの肩に落ちている。

 髪留めをすると静電気みたいで嫌だ、ってどういう意味かは分からない。

 青みがかった髪は真っ直ぐで、どこも絡まっていない。シャンプーの匂いがする。手入れなんか滅多にしないと言うわりに綺麗だから、どうせ嘘をついていると思う。小さな肩が、たまに枯れ枝みたいに崩れそうに感じる。そこを超えると、本当に体は柔らかくなる。

「レレ子、今日も一箇所ミスってた。あの後ずっと遅れてたね」

「いや、一か……はい。サビ前のところですね」

「出来てた所なんだから、たぶん別の事考えてたんだと思うけど」

「床がですね、ステージの、あの」

「なにその敬語。やりづらかった?」

 そう聞くと、待っていたとばかりにレレ子が振り返り、首を縦に振り、起き上がりそうになる体をまた押してやる。筋というよりレレ子の全身が硬くなる。

「いった、切れそう、ふうっ、すうううぅ……切れ、切れる。いたっ、たたたた」

「床滑ったからね。靴の方考えないと。百均でなんか買えないかな」

「この辺りにあればね。へへっ」手を離してやると、レレ子はあぐらをかいて、足首をぐっと手前に引き寄せた。縮めたからって、縮まるわけじゃないけど、やっと息が出来るようになったって顔をする。横に手を伸ばしてスマホを掴む。「そ、そういえばですよ」

「いやだ」

「近くに」

「いやだ。もう寝ないと。明日も早いし」

「お昼過ぎ到着では? まだ大丈夫かと」

 スワイプ、スワイプしながら目も合わせずにあしらわれると腹が立つ。受けて立つ、気にはならない。「じゃあ、なに?」一応尋ねてやるけど、レレ子は特に嬉しそうでもない。

「なんとお化けトンネル」とレレ子が言った。

「前もなかった? お化けトンネル」

「トンネルはいっぱいあるんだから、トンネル怪談だっていっぱいあるんだなあ」

「でも同じような話だったら行かなくてもよくない?」

「前は、全然違う場所に出るトンネル。その前は、地縛霊がついてくるトンネル。あとまだ行ってないのは、異界に繋がってるトンネル。人が帰って来なくなるトンネル。空が見えると思ったら反対側が地面で人が真横に墜落死するトンネル。巨大生物の食道になっててそのまま消化されるトンネル。色々あるわけだけど」親指が止まる。レレ子は袋を握り潰し、布団の外に放り投げた。それを拾ってごみ箱に入れて、また隣に戻って来ると、待ちかねた様子のレレ子が声高らかに宣言する。「今回は、みんながお化けトンネルだって言ってるトンネル」

「みんなが言ってるってだけ?」

「そう、まだ詳細は分からない。でも人が行方不明になったとかいう話があって」

「そっか、良かったね」

「あ、さては」

 さては、って何。指まで差すなって。

「噂話されてるだけなら自分達も噂話だけすればいいやって思ってるな?」

「そういう物なのか知らないけど、そんなふんわりしてる所に行きたくはないよ」

「いいでしょ二時間くらいなら。準備も出来てる」

「え、三人で?」

「もちろん三人で」

「でもカノンはそういうの……うわ近ぁ」

 長い、黒い髪が緞帳のように目の前を塞いでいる。思わず漏れた声が散るまで、黙って息を整える。髪と、ほとんどは浴衣の紺色だけど、合わせが弛んだ所からは真っ白い膝頭が覗いている。もう少し見上げると興味深そうな目が爛々と光っている。「どこか行くの?」

「普通のトンネルに怖くない探検をしに行こうと思ってるけど、来るよね?」

 レレ子は余計に怪しい言い方をして、すっと立ち上がる。

「来るに決まってるか」と勝手に決断された。「準備して廊下で待ってるね」


 裏口から出入りが出来る、とレレ子が言い出した時には、心霊スポットに行く時よりも怖かった。古めかしい静寂に包まれた廊下を三人で足早に進み、階段の手前まで来たところで、下の方から微かな話し声が聴こえてきた。「誰か居る」レレ子がすぐに反応して、上り階段の方に足を掛けた。「いったん上から回った方がいいかもしれないね」

「見つかっても大丈夫だって。どうせ他の宿泊客なんだから」

「そっか。じゃあ普通に行こうっぜ」と、今度は下り階段に足を踏み出した。

 と言っても、海外のアウトドアメーカーが出している、小さくて丈夫で有名ではないザックを背負って、それだけですごく目立っている。しかもジャージで、キャップをかぶって、頑丈なスニーカーを履いている。外に出て、森に入る気満々という姿だ。

 そして後ろには手ぶらでジャージ姿、もしくは手ぶらで浴衣姿の仲間達。

 余計に怪しい。

 若いカップルの横を旋風のように通り過ぎて、そして一階の廊下に着いた。

 売店には布が掛けられ、大浴場の方にはまだ人が居る。

 正面玄関は明るかった。「こっち、裏口から」レレ子は廊下を進んでいった。

「あ、お前、早村。こんな時間に何してるんだ」

 その時、ダイモンの間延びした気怠そうな声が聴こえてきた。

「はい」と振り返ると、この頼りないマネージャーの体からはまだ湯気が立っている。

 体育会系そのものの顔をして、そのもののように、いつまで経っても苗字を呼び捨て。

 浴衣を着ていて、右手にはペットボトル。エナジー系の炭酸ジュース。骨に悪そうなやつを持って、もう半分しか残っていない。左の小脇にランドリーバッグを抱えている。バスタオルも、石鹸も使う物は大浴場で全部用意されているから、これはたぶん三人の衣装だ。

「大門さんはサウナですか?」

「風呂と、洗濯だよ。早村は何してんだ?」

「あー、ちょっと飲み物でも買おうかと」

「そうか。隈田は居ないんだな」あちこち目で探るダイモンは滑稽だ。明らかな怯えが、彼の動きを機敏にしていた。一緒に目を動かしてみると、ただレレ子の姿はない。ダイモンは腕を組んで天を仰いだ。「もしかしてまた外を出歩こうとか、してるんじゃないかと」

「はは、まさか」

「だよな。早村一人で」と言って、肩の後ろを覗き込まれる。「ん、後ろに誰か」

「逃げよう」とその時はっきりと耳元囁かれ、そして腕を引っ張られていた。

 階段の方に向かう。でも上らない。物陰から見ていると、急いで追って行くダイモンの後ろ姿を見送って、今度は裏口に向かって走り出した。こうなっては。行っても行かなくても一緒だ。せめてレレ子を説得して、入り口まで行って引き返そう。

 こっそりと外に出て、駐車場の端をなぞって道に出た。

 街灯の下から少し離れて、やっと足を止めると、遅れて心臓が騒ぎ始める。服の下に汗が噴き出して、まだお風呂の熱さが残っていたみたいだ。走る格好でもないのに。胸を庇っていたらカノンに揺れるほど無いだろって言われそうだ。カノンだったら、こんな状況でも涼しい顔をして走って来るだろう。すぐに背後から「待って、さとぴ」と声を掛けられ、見ると、長い黒髪を揺らしている様は、既に心霊現象のようだった。

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」と息を切らせている。

「待ってるって。それよりレレ子が居ない、どこに行ったか分かる?」

「はあ、はあ、あれ、はあ、あれじゃない?」

 指の先に、道に街灯の光が落ち、何かが動いていた。「あんな遠くに」

「手招き、はあ、はあ、っは……してる」

「いいよ喋らなくて。ちょっと近付いてみる?」

 それはレレ子だった。

「やっと来たか、隊員一号二号。ここからは更に険しい道のりになるから」

 と、手に持っていたマグライトを投げて渡してくる。重い。まるで骨をも砕く鈍器を胸に抱えるようで、ちゃんとレレ子がそう言った。「前それでドア叩いてたけど、さとぴ。少しくらいなら壊れないからいいけど、危ないからね」

「そっか」

「つけっぱなしで三時間。短いけど、なんだっけ、三百ルーメンくらい出るから」

「それが強いのかも分からないけど」

「ラーメン?」後ろで何か言ってる。無視だ、無視。

「大体……まあ暗がりで急に目に当てたらしばらくまともに見えなくなるくらい」

 ようやくスイッチを探り当てた瞬間、剣呑な説明を耳にして、反射的にライトを下に向けていた。地面に白い円が描かれ、周囲にある靴先まで照らされる。レレ子の登山用みたいな頑丈な靴。自分のハイカットスニーカー。それと、旅館のスリッパ。「あら、あらら、スリッパで来ちゃったのか」さっそくレレ子がザックから靴を出そうとしている。あるのか。

「靴は大丈夫。それより私もライト欲しい」

 背後から伸びて来た手にレレ子が懐中電灯を渡した。「待ってね、あと靴」

「いいから。さっさとトンネル見に行こ。ダイモンにバレてるから」

「あいつ怖いの苦手だから出て来れないよ」

「そうだけどそれで放っとくわけないし、通報とかされたら困るし」

 はっとして、ザックを背負い直すとレレ子が道の脇を指差した。「こっちだ諸君」

 ライトの丸い光が向けられ、照らされた物は、何も無い。そこに明るい闇があった。


 小さな橋の、ずっと下に細い川が流れていた。

 その先はアスファルトが敷かれた林道で、案内の看板も出ていた。

「本当にトンネル?」ザックに光を当てる。ちょっと手間取ってしまって、その間にレレ子は何歩か離れている。追い掛けると、今度は背後からパタパタと音が聴こえる。スリッパの足音だ。一本道を、五分くらい登った所にトンネルがあるらしい。ずっと右手に茂みが広がっていて、心なしか傾斜が付いているようにも見える。暗くて見えない。左手も高い気がする。

 マップアプリにはちゃんと位置が表示されている。一面緑の山の中に、矢印だけがポツンと映っていて、縮小して縮小して、やっと旅館のピンが出て来る。頑張って足元を照らし続ければ、帰れるかもしれない。その唯一のスマホで、レレ子は動画を撮っていた。

「道路が新しい、草もあんまり生えてない、地滑りが起こった可能性がありますね」

 後ろからも心配そうな声が聴こえる。「ねえ、離れてない?」

「怖くなって戻って来てくれればいいんだけど。いったん引き返してみる?」

「それも怖いけど」

 確かにレレ子ならどこに居ても一人で大丈夫そうではある。

 道に傾斜が付いてきて、左右の視界が狭まってきた。心配になって背後を照らすと、前方に見えていたのとほとんど同じ光景が続いていた。切り通しの中に地面だけが青く光り、それは緩いカーブで茂みの向こうに隠れている。ずっとこんな調子だ。道一本しかない。

「そろそろ見えて来る頃だろうと思われる、おっと。リーダー、前方にトンネル発見」

「マジで?」

 ザックの小さな背中と足元を交互に照らしながら、両肩を掴まれながら急いでレレ子に追い付くと、暇そうなレレ子がスマホのカメラをこっちに向けてくる。「隊員二名も遅れて無事に到着、相当怯えている様子。いつもの仲間が居ないと不安なようだ」そして前方にスマホを向けると、そのライトの光量で明らかになった。石積みの壁面、その下にかまぼこ型の闇が口を開いている。地面は黒く湿っていて、トンネル内のほんの数メートルしか光が届かない。

「あったね。レレ子。で、怪談は?」

「こ、ここでそんな話するの?」

 録画が止まり、スマホがレレ子の顔を照らす。「入ると帰って来れない系だね。具体的なエピソードはないけど、そういう噂が広まってて、画像も上がってる。ここだ、昼間に撮ったみたい。原因は、空間歪曲か」楽しそう、じゃない暗い顔が夜の闇に浮かび上がっていた。

「わいきょくぅ、ねえ。そっか。じゃあ、見るもの見れたし」

「入ろう」

「いやだ」

「じゃあ待っててくれぃ。行方不明者でも見つけて来るから」

「二人でここで待ってるって事?」

「二人で入ってみるつもりだけど」レレ子が答える。「リーダー、だから一人で待ってて」

 両肩が強く握られ、でもなんだかレレ子には申し訳無い気持ちにもなる。

 昼の活動の時も、カノンと一緒になってレレ子の意見を退ける事はたびたびあった。

 昼の活動の合間に、怖い物を見つけてくるレレ子も大概、悪いとは思うけど。昼の活動に関しては、レレ子の本意じゃなくて、そういえば元々は裏方を志望してたらしいって、ダイモンか誰かが言ってた。「外からトンネルの中を照らしててくれると嬉しいやつ」とレレ子が言って、そして横に退かされた。「さあ、リーダーが後ろを守ってくれるから、行くぜ」

「ええ、本当に。ええ? さとぴ、来ないの?」

 十センチ以上、自分より大きい女の手首を掴んで、それこそロープみたいに抵抗の余地なく引きずっていく姿は、ほとんど猛牛のそれだ。牡牛座、ではなかったはずだ。丑年でもないような。ただ、牛。よく寝ているし、乳でか……くはない。そうして二人がトンネルに足を踏み入れた瞬間、三時間だけは強力なライトで照らされているにも関わらず、濃い闇のベールで包まれたように後ろ姿が暗くなった。二歩で二枚。三歩で三枚。

 何枚分が重なっても、まだずっと二人の人間の姿として見えている。

 隔てられた物が何かは分からない、その手触りが恐ろしい。包まれているのは自分じゃないかと思うと、居ても立ってもいられなくなる。闇の中に、親しい誰かでさえも、引きずり込みたくなる。レレ子が飽きれば、すぐに出て来られる。それだけの事だ。

 一人で夜道に待たされるよりも、それはずっと楽なはずだ。


 レレ子はどんどん奥に進んでいった。「トンネルというよりは廃坑って感じ、地面が剥き出しで湿ってる、何より分岐が多すぎる。サイリウム!」目印は分岐の手前、入って来た方向に置いておく事で、考える前に帰り道を辿れる、という事らしい。ところが問題は、分岐点に合流した時に既に進もうとしていた方向に目印が置かれていた事だ。「一周して戻って来たって事か、そんなに広い場所には思えないけど、いったん引き返そうかな。回収!」

 帰り道がループしてはいけないので、少し戻ってルートを変える。

 これ以上はないという事にして引き返したりはしない。

「トンネルじゃないじゃんこれもう、ダンジョンだよ」

「心霊スポットよりは探検っぽくていいですね。こっち、右に入ろう。目印!」

「はいはい」

 レレ子がバカに明るいので、それでも怖いくらいだけど、あまりに暗いので現実味が無い感じもする。足元だけは、いきなり沈みそうで落ち着かない。ザックに差したペンライトがこちらを照らしているのでレレ子を見失いはしないけど、それのせいで足元が見づらくもなっている。「大丈夫?」と後ろに声を掛けると、懐中電灯の光が少し伏せられた。

「ちょっと待ってて」

「っていうかやっぱり何も無いよね、こんな所」

「でも、コウモ……なんでもない」

「なんでもないよね。うん」腐った水の臭いと、黴の臭いが漂っていて、それだけで気が滅入るのに、それ以上の物はあってもなくても一緒だ。レレ子に追い付くと、レレ子は立ち止まってスマホのライトで足元を照らしていた。録画中のまま、何も喋らないままだ。

「どうしたの?」と聞くと、珍しく神妙な顔付きで、眩しそうに目を細める。

「ここ十字路なんだけど」とレレ子が言った。

 何も聞かずにサイリウムを用意する。「目印置く?」

「いや待って。足跡があって、これとこれと、これスリッパで三人分。サイズも一緒」

「うちら一回通ったって事? 目印置いてないけど」

 レレ子は地面にしゃがみ込み、足元を辿って左の方に進んだ。

「何か言って、怖いから」

「いや、二回以上通ってる。別の目印に当たって、引き返して、今度は横から入って、引き返して、一回は全く同じ方向から入ってるんだと思う」思う、じゃなくて、そんな自信なさそうな言い方をされると本当に怖い。「とりあえず来た方向に目印置いといて。おかしいな、こんなに広いわけないんだけど、あっちは、見えない。こっちも、見えないか。じゃあ」

「なに?」

「そこっていつから鉄柵だった?」

 レレ子のライトを辿って目を向けると、壁だと思っていた場所は地面から天井に達する鉄柵だった。それは曲がり角に対して直角に、まるで動物園の檻のように内と外を隔てていた。ずっと、右手側の壁に沿って、手で握れるくらいの細い鉄棒が一定の間隔で立っていた事になるなら、それを手すりに掴んで歩いて来れたのに。なんで気付かなかったんだ。

「記憶は途切れてない、操作された? 時間は、一時間くらいか、ほぼ体感と一緒だ」

「どういう事?」

 レレ子が何も答えず、しばらく見ていると、そちらの方から声が聴こえてきた。

「さとぴ、レレ子、そこに居るの?」

 やっと追い付いて来たかと思って、ライトを向けると紺色の浴衣に光が触れた。

 鉄柵の向こうに。縦縞に切り分けられた人影が近付いて来て、手が触れられる距離に立っている。隙間から手を入れて伸ばせば、手を握り合える。でも、そちらとこちらとは、鉄柵で遮られている。「いつの間に、入っちゃったの?」思わずそう呟くと、不安は声に乗って体外に漏れ出している。レレ子が先に、目印のある通路に歩き出していた。

「どっちが?」とマイクに語りかけている。「壁の一部が鉄柵になってるけど、理由は分からない、隊員二号が閉じ込められてる……閉じ込められてない。とりあえず一度引き返して合流してみる」背後からも照らされているから、レレ子は軽快な足取りで歩けてしまって、それを追い掛けるのは億劫だった。足元を照らすと靴の先が泥まみれで、途端に足を取られそうになって、思い出したように左手で鉄柵を掴んだ。向こうからも右手で鉄柵を掴んでいる。

 するとまるで同じ場所を二人で進んでいるように錯覚しそうになる。

 レレ子は次の分岐点に先に着いて、ザックを地面に下ろして漁っていた。

 そこの角でも鉄柵は直角に曲がって、ちょうど壁に沿っているので、だから完全に塞がっている事が分かった。「ねえ、途中に分かれ道とかなかった?」と聞いてみると、向こうでも首を振るばかりで、芳しい返答はない。でも、見逃していた可能性もあるかもしれない。

 散々考えた末に、戻ってみようと思った。

 右手に鉄柵を掴み、その指に冷たい指が重ねられ、歩くたびにまた触れる。

 三歩、四歩くらいで、もう分かってしまった。

 何もかも、そこにあるだけ。

 鉄柵は途切れていた。そこで直角に曲がって、ちょうど壁の真ん中に、正方形くらいの檻のようになって、たった一人の人間だけを閉じ込めていた。「レレ子、やばい。なんか」慌てて呼び掛けるのと、レレ子が立ち上がるのは、ほぼ同時くらい。

 ちょっと遅かったかもしれない。

 レレ子は鉄柵の隙間から手を差し伸べ、何かを手渡していた。

「これがワイヤーソー。こっちがラジペン。あとは、マグライト!」

「え、これ。え、渡しちゃうの?」

「ほらこれで照らして」代わりに持たされたのは、小さなペンライトだった。「切断が無理だったら、鉄棒二本を布か何かで縛って、それを固い棒で捻るんだよ。止血みたいに」それは救命救急イベントで習った方法だ。万力のように。その日は他に、添え木を習ったり、心臓マッサージを習ったり、ハイムリック操作を習ったり、なんだか接触が多い日だった。人工呼吸に関しては、人形にやったのに、なぜか低い声の歓声が上がった。

 きっとそれは人の命が救われた時の音だ。

「どうなってるの、これ。鳥籠みたいになってるんだけど」

「そうだね」とレレ子も頷いた。「上見て。これじゃ短すぎて曲がらないかも」

 スマホのライトが照らしているのは、天井の遥か下に、縦横に組み合わさった鉄棒が、四角い鳥籠のようになっている、その全容だ。中からワイヤーソーによる切断を試みている、そんな音が聴こえるけど、いつ終わるかも分からない。不思議なのは、ずいぶんと低い所から、手を伸ばしている事だ。鳥籠は、穴の中に人間を閉じ込める、罠のようになっている。

 それを物珍しそうにレレ子がスマホで撮影している。

「撮ってる場合じゃない、んじゃないの?」

「他にやる事ないから」

「外からもなんか切る道具とかないの?」

 天井を撮る。「上に隙間が出来てるから、鉄棒ごと引っこ抜けるかも?」そんな事は微塵も思っていないのは分かる。何かをしていないと不安だって事も分かる。金属と金属が擦れる音だけが、ずっと鳴り続けてる。気が滅入る音だ。それは耳に生々しく触れて来すぎる。

 地面に膝を付いて、鉄棒を掴んだ。

 何か重大な違和感がある事に気付きたくもなかった。

 鉄棒は引っこ抜くまでもなかった。

 今、全力を込めて引き倒した物は、鉄棒を組んで作られた立方体のケージだ。

 それはペンライトの光で見る限りは、空っぽだった。

 マグライトが落ちている。ワイヤーソーとラジオペンチは、どこにも見当たらない。

 付着した土を落としながら、元々ケージがあった場所には、ただ地面に四角っぽい穴が残っているように見えるだけだ。「鉄柵は空っぽだった。中に居た人はどこか、地面に埋まってる……そんなわけないけど」その言葉を聞き終わる前に、地面に指を突き立てていた。

 途中で折り畳みのスコップを渡されるまでに、深さ数センチの穴が出来ていた。

 爪の間にまで土が入り込み、爪は二枚も割れている。レレ子はセレーションの付いたナイフを持ち出して、隣で穴を掘り始めたから、すぐにやめさせた。人が、埋まってるなんて事はないし、何も無いと思うけど、刺さる可能性は少ないほどいい。

「一メートルね」とレレ子が言う。「何も出て来なくても、一メートル」

 反論する余地もなく、しかしスコップは何か固い物に触れた。

 指で慎重に土を除けると、人工の光の中に人工的な白い物体が現れる。

 誰もそれが、つい今の今まで生きていた人間だと思いはしない。

 ただ、何なのかだけが気になって、その惰性で地面を掘り続けていた。

 丸い器に、大きな穴が二つ、小さな穴も二つ。

 蓋のような部分に細かい棘が付いていて、下に棒が伸びている。

 頭蓋骨って、なんで言っちゃいけない、他の何でもない物なら、つまりそれなのに。

「白骨が出て来た」とだけ、音声を残し、あとは無言のまま、レレ子がカメラを向ける。

 引っ張り出すと、鎖骨が出て来る。肩甲骨が出て来る。肋骨が出て来る。まさかと思いたいけど、引っ張り出したのが悪い。全身が出て来た。「うわああぁ、なに、骨?」その指や、肘の骨が関節から外れて、レレ子がそれを袋にまとめた。「な、何で集めてるの?」

「それも、仕方ないから連れて帰ろう。行こう、退却!」

「え、仕方ないからってなんでこんな、なんで」

「なんでって、もったいないから、こんなの置いてくの」

 レレ子と一緒に白骨死体を抱き上げ、それを背中に背負い直した。

 レレ子に足元を照らされながら、サイリウムの目印を辿って出口を目指した。


 どこをどう走ったのか、正直なところ、まるで覚えていない。

 気付いたら駐車場に入っていて、背中が重いなと思って見ると骸骨があって、怖くなってその場に放り出した。裏口から旅館に忍び込んで、音を立てずに階段を上った。部屋の前にダイモンが仁王立ちで待ち構えていた。「遅かったじゃないか」そして、非難するはずだった男の目は急に弱々しく、伏せ気味になる。「そんなに泥まみれで、何をしてたんだ?」

 ばつが悪い感じで俯かされて、自分の汚れの激しい事に気付いた。

 手首、足首の周りはそれこそ、雨の中で野球をしたように土で汚れている。

「ちょっと、道に迷って」としか言えない。

「明日、洗濯するからまとめておきなさい。洗面台で軽く泥を流した方がいいな」

「やっておきます。あの」

 振り返ると、レレ子は涼しい顔をしてスマホの画面を操作していた。服はほとんど汚れてなくて、靴の裏に少し泥が残ってそうなくらい。髪も乱れていない。「あの、もう一人」ダイモンは厳しい表情を崩さない。だけど、何か重々しい空気を感じて、勝手に緊張してるだけみたいだ。「一人まだ帰って来れてなくて」

「早村と隈田と、他に誰か一緒に居たのか?」

「え、だから、うちら三人でいつも行くじゃないですかいろんな所に。……勝手に」

「それは、さっき下で会った時も後ろに居た子か?」

 まだ両肩に、不安そうな手が置かれているようで。鉄柵越しに、お互いの手を握り合っているようで。背負った時に、鉄棒よりも細い、ざらついた土とあと他の物もこびり付いたような冷たい感触が、まだ手に残っているようで、見もしないでジャージの裾で拭いながら、臭いはしないかとか、それは赤くないかとか考えていた。

「二人でした」とレレ子が横から割り込んできた。「二人で行ってました」

「そうか。珍しいな。加賀崎はもう寝てるから、二人とも早く部屋に戻りなさい」

「はーい、すいませーん」誰にも言ってないんじゃないかってくらい、細い声で答える間もレレ子はスマホを見続けていた。鍵を開けて部屋に入る間も、姿が見えなくなる前に自分もさっさと部屋に戻ろうと、ダイモンが向かい側の三つ横の部屋に駆け込む間も。

 入り口でジャージを脱ぎ捨てて、部屋に入るとテレビが付けっぱなしだった。

 その音のせいでダイモンは中に人が居ると勘違いしたのかもしれない。

 それにしても、レレ子は何で強引に引き下がったんだろう。

 人が一人、居なくなってるのに。

 腫れ物には触れないで……と、ちょうど踏んだ所に、布団の下に何か固い物があった。

 固くて、なんか柔らかかった。「ふぎゃっ」と、生き物が潰れる音みたいな悲鳴が足元から上がった。「あ、ごめんカノン。一人で真ん中で寝ないでよ」たぶん荷物を整理していたレレ子が、後ろで明かりを付けた。金髪の頭が、細い細い紐で吊り上げたように、ゆっくりと持ち上がって、カノンは手の甲で目を擦っていた。

「な、なぁにしてたん、さとぴもレレ子も」あくびを、隠しもしない。

 真っ赤な口の中を見ると、なぜか真っ白な骨の数本残った歯や歯茎に詰まった土がぱらぱらと溢れる様子が思い浮かんで、嫌な気持ちになった。カノンの脇腹を足先で突っついた。

「大変だったんだよ。変なトンネルに入ろうってレレ子が言い出して」

「変なトンネル? それは全部そうよ、怖いのばっか」

 またそんな心底嫌そうに。

「レレ子と行って来たんだけど、一人、居なくなっちゃって」

「誰が?」

「だから……誰か。三人で行ったんだけど、行ったよねレレ子」

 レレ子は何も答えず、部屋の隅で着替えをしてから、やっと近付いてきた。

 カノンの隣に座ると、カノンは布団から体を出して、あぐらをかいた。上背も高いけど足も長いから、膝が当たりそうになる。フード付き、下はショーパンの寝間着は、猫耳みたいな飾りなんか付けて、脱がされる為にあるようで、カノンに似合わない。いきなり顔を近づけて来たと思ったら、今度は触れる寸前で離れていって「汗かいたね」と言ってきた。

 襟を引っ張って鼻を埋める。汚泥と黴の臭いはもうしない。「少しね」とだけ返した。

「明日早起きしてお風呂、シャルウィ……、ダンス?」

「踊りはしないけど。釣りするんだよね明日」

 レレ子が横に座った。「さっきからずっと何見てるのよ」とカノンがレレ子のスマホに手を伸ばそうとしたけど、ちらりと画面が見えた時点で素早く手を止め、同じ速度で後ろに戻っていった。「なんか怖そうだからやめとこ。エゴサしてるのかと思った」

「マジで何見てるの?」

「さっき撮った動画。トンネルで」

「撮れてる?」

「撮れてる、んだけど、ぶつ切り」こっちに見せて来た画面には、トンネル前でナレーションをするレレ子の声が入っていて、それが現地で聞いた以上に小さくて聞き取りづらかった。それこそ、マイクを指で塞いでたんじゃないかというくらいだけど、そんなに慣れてないわけがない。結局カノンも横から覗き込んで来る。目の端で金髪がチカチカして見づらい。

 勝手に一時停止もする。「これ……うわっ、こわ無理無理無理」突き飛ばされたように布団に倒れて、近くにあった固めの枕で顔を覆った。無理無理無理、とまだ言っている。「う、後ろになんか人が居るみたいに見えるんですけど」

「居たんだよ、だから三人で行ったんじゃん」

「三人って。さとぴとレレ子と誰?」

「え、誰?」

「なんで聞き返すのよ」

「だって、一緒にこの部屋から出て、トンネルまで行ったよね、レレ子。三人で」

「あの骨の持ち主、だと思う」とレレ子が言った。

「いやいや、レレ子。だっていつも三人で一緒に色んな所……、え、いつから?」

「いつからだと思う?」そう言って、レレ子は動画を戻していった。旅館の部屋。移動中の車内。そして歯の健康を守ろうイベント。おまけのミニライブ。そこにはやけに丈の短い衣装を着た三人組が映っている。センターに中肉中背のリーダー。上手に小柄な黒髪おかっぱ。下手には黒髪ストレートの暗い感じの女の子。「あっ、この。これ一緒に居た子だ」

「ああ、良かった。同じように見えてはいるんだ。カノンさんもご確認」

「やだやだ怖い見ない見えないー」

「まあ、同じように見えるという事で」そしてまた新しい動画を再生すると、ちょうど穴を掘っているところだ。「つまり、この骨が出て来た辺りで、その少女C括弧仮は居なくなってるわけだから、同一人物だと考えるのが一番自然なわけ」

「はい」挙手、それと目一杯嫌な顔。「それは不自然です」

「でも事実。飲み込んで頂いて。いつからかは、ライブの時点でもう入れ替わってる。でもカノンはちゃんと旅館のこの部屋に居る、という事は」誰も得をしない溜めを作ってから、レレ子はすっくと立ち上がる。膝が鳴る。「ここに来るまでに潜った、どこかのトンネルが始まりだったんじゃないか、って今考えたんだけど、どう?」

「え、やだ。帰りに絶対また通るじゃん。何言ってんのよバカじゃないの」

「カノン、うちら飛行機で帰れるような大物ではないから」

「じゃあ水路は」

「海路ね」

「何やってんの、絶対レレ子が連れて来たんだよそういうの」

 足をばたつかせて、でも布団を叩かないように、駄々なんか捏ねてみせるカノンだけど、でも知っている。カノン自身でさえも、いつも自分が取り憑かれたりするんだって事。靴紐もブラ紐も切れる。財布を持たなくてもICカードのチャージが勝手に消える。黒猫に限らず色んな黒い生き物が目の前を横切る。三本足のカラスも見たと、前に言っていた。十字型の木片が降って来て頭に当たりそうになった事もある。肩だけじゃなくいつも全身のどこかが重い。ただし胸以外。今日だって、こっちからしたら一人で居なくなっていたわけだ。

 カノン以外の全てが居なくなっていたとしても、やっぱりそれもカノンの不幸だ。


 家族連れも少なくなく、その地方にしては盛況な方のイベント。にも見えた。

 運営スタッフに挨拶を済ませて、準備の為に車内に戻った。着替えやメイクをするには狭いワゴン車も、そこでは相当大きい方で、あとはヤンチャっぷりでしか競う物がない。やたら車高の低い車が、うっすら草の生えた地面の上に停められていると、放置された車のように見えて物悲しい。でも傷一つなくピカピカで、曇天の下でいやらしく光っている。

「レレ子、よろしくお願いしますもまともに言えない?」

「い、言いましたが」

「しく、と、ます、だけね。しかもほとんど声出てない」

「そんな事言い出したらお互い声の大きさを競い合う事になるから」

「ならないよ。誰が言ったかくらい分かるから」

「きれいな海」カノンはカーテンの隙間から外を眺めている。「静かでいいな」

 そんな調子だから変な物に惹き付けられるんじゃないの。海でも山でも。

 レレ子は目を閉じたまま、借りてきた何だっけ現金のように堅苦しく縮こまって、唇だけを前に突き出している。前髪を上げると額は悲しいくらいに狭い。さきほど、現地のメイク担当を入れてくれるとか言って、地元の普通の女性を紹介されそうになったのも、微笑ましい思い出話に過ぎない。ダイモンにだって、それくらいは出来る。

 運転席で資料を広げていたダイモンは、運転の疲れに負けて、船を漕いでいた。

 缶コーヒーが十本、助手席にごろごろ転がっていて、そのどれかが空き缶で、何本がかは分からない。「ドサ回り、またドサ回り」と呟いているから、やっぱり起きてはいるのかもしれない。作曲センスが無い事だけは分かるけど、そのうち歌わされそうではある。

 そろそろボイストレーナーとダンストレーナーも知人を頼るつもりらしい。

「なんかそういうのプロの所で修行する的な企画でも立てられないものですか?」

 と聞いた事がある。ダイモンは珍しく即答した。

「長くなりそうだし、それを出す媒体がないな。となるとスポンサーも付かない」

 なるほど、たまには正しい事も言う。

「上手い人捕まえて来てメンバーにすれば」レレ子それは違うと今でも思うけど。

 骸骨みたいな白塗りにしてやろうかと、意地悪な事を思い付いたせいか、カーナビがテレビをつけていて、ちょうどニュースの音声が耳に入った。「発見された白骨死体は、若い女性の物で、ほぼ全身が揃っている」「身許の確認を急ぐと共に、県内で行方不明になった」「何の変哲もない旅館の駐車場で、誰が何の為に置いたのかは不明」「薬品などが使われたような形跡はなく、土の中に埋められていた状態で、しかし骨自体は比較的新しい物のようで」

 そんな言うなよ、って思う、掘り返すような事を。

「あれさ、レレ子が持ってた分はどうしたの?」

「駐車場に落ちてたのと一緒にしといた。持っててもしょうがないから」

「あぁー、そっか」

「あれ指紋とか付いてないといいね。ほら、さとぴ素手で地面掘ってたから」

「え、あ! ああ! レレ子、何か、付けてた?」

「汚れるの嫌なので。言ってくれたら貸してあげたんだけど、言ってくれたら」

 白骨死体に指紋が残ってたらあらぬ疑いを掛けられるのでは、なんて予想して動ける人が居るわけない。そう思ったけど言わない。言うと、本当にあらぬ疑いを掛けられそうだから。拾っただけですらない、運ばされたようなものだ。しかも本人に。出て来れたんだから、それで充分じゃないのか。「実は、あたし達ももう骨だけでどこかに埋まってるのかな」

「今日辺りだともう海に沈んでて誰かに釣り上げられるのを待ってる、とか」

 レレ子気が早い。そして海の怪談はマジで事故が怖いから行きたくない。

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