恋心

桔梗 浬

欲張り

「私に会いたいなら、ログインして」


 これは…、私が君に言った言葉。

 私は今でも、後悔している。


 君は、どう思ったのかな? 




 聞くことは…もうできない。




※ ※ ※


―― うわぁ~綺麗だなぁ~。


 国の中で一番高い山に登り、私は眼下を見渡す。下には一面の海と今まさに太陽が昇って、ゆっくりと暖かいオレンジの色に景色を染める。


 私は波の音を聞き、しばらく景色に見惚れていた。


あんずちゃん! おはよー。何してるの?』


 ボーッと物思いにふけっていると、画面上にチャットが飛んできた。無機質な黒バックに白い文字。


 でも、君からのメッセージはとても暖かく感じられるから不思議だ。


『左京さん(^∇^) おは~w 今ね景色見てた。何しようかな~って考えてたとこだよ』

『へぇ~、そこどこ? 座標ちょ』


 素早い返事が返って来る。私は居場所の座標を送り、景色を見ながら必要な素材を集める。


 ここはオンラインゲームの中。自分のアバターを好きなように作れる。私は小さくて可愛い見た目を選び髪は銀髪のポニーテールにしている。まーまー可愛いからお気に入りのキャラだ。多分誰が見てもイケテルはず。


『こんなとこにいたの?』

『景色綺麗でしょ? 気にってるんだぁ~』

『いいね!』


 普通に会話しているように、チャットが流れていく。


『俺さ~、意外と気に入ってるんだよねw』

『ここ?』

『いや…あんずちゃんのことw』

『ほへ?』

『だから毎日上がってるでしょw?』

『あ…ありがとう。私もだよw 毎日楽しい!』


 そんな軽口も、この世界なら言える。ここでは、素の自分をさらけ出せる。甘え下手の私が甘えられるし、皆を守るために盾にもなれる。


『まんちゃんからチャット来たー! ダンジョン行くよw あんずちゃんもおいで!』

『誘われてないから、私はいいよ(>_<)』

『ほら行くよ! 準備してw』


 こんなやり取りが心地いいのだ。誰かの役にたってるって実感できる。そう、あんずは戦闘の盾役だ。敵の注意を一身に受けて、仲間が敵を叩いてくれるのを待つ。アタッカーに敵の攻撃を受けさせないための砦なのだ。




あんずちゃぁ~ん。死なないでぇ~』

『かかってきなさい!』


 あヤバイ。あんずはボコボコにされている。次のターンで私死ぬ! あんずが倒れたら、このパーティは全滅しちゃうよーー! そう思った瞬間。


『いってぇ~、マジ死ぬ』

『えぇぇぇ』


―― ちょっと、何してんのよ!


 戦闘に参加しているだれもが驚いて、驚きのメッセージが大量に流れる。だから肝心のログが消えていくのだ。


『あ、ごめんチャイ。左京さん死ななくてよかったねw おもらし、お漏らし(>_<) てへw』


 とりあえず、敵の攻撃を受け止められなかった謝りをいれておく。


 アルゴリズムの気まぐれ。盾のスキルを持ち、アタッカーでもある左京さんは一撃で、瀕死状態になったのだ。でも、守られた私は…きゅんとする。

 盾スキルに全フリしている私が守られたのだ。そりゃぁ~きゅんってするさ。


 左京さんのキャラは、一般的に男前。私のストライクゾーンだ。でも、このキャラ顔はどこでも見かける。



 30分以上の戦闘に勝利し、仲間は「またよろしくです!」と挨拶しながら、抜けていく。


『今日の俺カッコ良かったでしょw?』

『そうだね。あれは殺られると思ったよ(>_<) 左京さんが死ななくてホント良かったw』

『俺は死んでもあんずちゃんを守るよw』


―― えっ?


 別にゲームの世界。なんとでも言える。でも、ドキッってしちゃった。


『そうやって、みんなに言ってるんでしょ? 恥を知れw』

『えー、マジだよ』


 左京さんのキャラが変な躍りを踊ってる。ヤバイ…好きかも。


『何だかさ、二重生活してるみたいだよね』


 君もそう思うんだね。私も…って思ったけど、これ以上は言わない。ここはゲームの世界だから、期待もしない。するのはおかしい。自分に言い聞かせる。


『ねぇせっかくだし、音声ONにしてプレイしない? 楽じゃん』

『う~ん。考えとくw』

『何でよw もしかして、あんずちゃん…男?』


―― あぁ~、そうゆうのやだ…。


『だったら…私が男だったら、左京さんはどうするの? ゲーム辞める?』

『いや…。別に男でも女でも、リアルなんてどっちでもいいかなw あんずちゃんは面白いからww』

『なにそれw』


『ねぇONにするよ?』


―― えっ?


「もしもぉ~し!」


 こうして君の声を初めて聞いた。キャラのイメージとは違って、しっかりした太い声。


「なぁ~んだ。あんずちゃん可愛い声してるね。想像通りだ」

「もう、ONにしないから! 私自分の声嫌いなんだよね」


 君は気に入ってくれたみたいだけど…、私はこの声が嫌いだ。

 コンプレックスの1つ。だからチャットという世界でのびのびと自分をさらけ出せる環境が気に入っていたのに…。ちょっとした期待が、二人の関係を壊すこともある。


「会ってみたくない? 俺たち」

「ナイナイ。会ったら、がっかりするよ?」

「俺、そんなにカッコ悪くないよ? ひでぇな」


「違う、左京さんが私に」


 沈黙が怖い。


 リアルな私は、こんなにポンポン思ったことを話せない。チャットだからできることもたくさんある。


「はい。おしまい! 私に会いたいなら、ログインしてね」

「えっ?」

「おやすみ~」


 私はログオフした。


 君のキャラが静かに私を見つめていた。


※ ※ ※


 しばらくの間、何事もなくいつもの二重生活を左京さんと楽しく過ごしていた。


 だけど、ある日から…、君からの連絡がピタリと来なくなった。お友達ログイン一覧にも名前が光らない。


 どうしたんだろ? 私は気になって仕方がなかった。でも、連絡をとる術を知らない。ログインしてもらわなければ…話すこともできないのだから…。


 嫌われたのかな? ブロックされたのかな? 他のゲームにはまってるのかな? 忙しいのかな? 体調悪くしたのかな?


 いろいろ考えても、答えはでない。


 私は待った。ダンジョンのお誘いも受けず、もしかしたら君が来るんじゃないかって…。


 でも君は来なかった。



 ある日、ログインすると君からのメッセージが届いていた。

 私は、かなりドキドキしてメッセージを開く。嫌われたわけじゃないのかも。そんな期待が、心を踊らせた。


 そこにはこうかかれていた。


『弟と仲良くしてくれてありがとう。弟は先日他界しました。急なことで私たち家族も気持ちの整理が、できません。特にあんずさんとは仲良くして頂いた様で、本当にありがとうございました。気になさっているかと思い、弟からの願いもあり、ご迷惑かと思いましたが、ご連絡させていただきました。このアカウントは、半年このまま課金します。本当にありがとうございました』


「えっ?」


 なぜ? 病気だったの? 何? 何があったの? もう、本当に会えないの? 他のゲームに移動しただけだよね? 私を傷つけない様に言ってるだけだよね?


 私の頭は混乱していた。何度も画面を見る。あわてて左京さんにチャットをいれてみてもオフラインと表示される。

 他の仲間に聞いてみたけど、彼らにもお兄さんと名乗る人から連絡が入っていた。今夜はこの話でログがどんどん流れていく。


 二度と会えない。ネットの中だから、そんなことは日常茶飯事のことだ。でも、君は私にとって…。



 会いたい…。もう一度君の声が聞きたい。


 それはもう…かなわない。




「ねぇ、まだ寝ないの?」


 私は欲張りだ。





END

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