彼岸花を片手に

雫石わか

第1話 「ふたりは」

 あれはそう、青空に入道雲が良く映えていた、とある夏の日のことだ。

放課後に河川敷に呼び出された僕は、君の姿を探したが見つからなかったため、一人河原に寝そべっていた。

 午後五時三十分。斜めに差してくる太陽の光はまだ暑い。ゆったり動いていく雲をぼーっと眺めていた。

「やあ、おまたせ桐谷くん」

 僕がずっと待っていた人の声。僕は寝そべったまま答える。

「約束の時間、三十分も過ぎてるけど?」

「あはは、ごめんて。でもまあ、いつものことでしょ?」

「遅刻をいつものことにしないでほしいんだけどな……」

 ちっとも悪びれる様子のない彼女は、笑いながら僕の隣に腰を下ろす。

「まあ、これも最後だから、ご愛嬌ってことで」

「何言ってんだよ。これからだって、」

 そこまでしか、言うことができなかった。彼女を見上げた僕の視界に映ったのは、いつにもまして静かで、平坦で、感情をすべてそぎ落としたかのような表情だった。

「佳凛……?」

「なあに、桐谷くん」

 僕は体を起こして、しっかりと座り直す。

「どうして急に呼び出したりしたんだ? それは‥‥‥さっき言っていた“最後”に関係しているのか?」

 彼女は真剣だ。おちゃらけたような口調だが、表情はいつもと全然違っている。

「そうだよね、私はそのために君を呼び出したんだから、ちゃんと話さないと。時間もないんだし」

 佳凛はうつむくと、ぽつぽつと小さく掠れた声で呟く。

 やがて何かの決心がついたように僕を見上げた。

 その瞳は何かを乞うような、悲しいような、恋しいような、そんな色だった。

「私たちは、さよならしないといけない。正確には、私はここにいていい存在じゃなかったの。だから……別れよう、桐谷くん」

 っ……。別れる、か。

「僕のことは、もう嫌い?」

「ううん、大好き。だからこそ別れたいの」

 彼女が別れたいのは僕に愛想が尽きたわけでも、飽きたからでもない。その事実に僕は少し安堵する。でも、なんで急にそんなことを……。

 “私はここにいていい存在じゃない”って、どういうことだ?

 さっきから、僕も佳凛も無言だ。ちらりと様子を伺ったがうつむいていたため、彼女の髪がさらりと顔を隠してしまっていて、彼女が今どんな表情をしているのかは分からなかった。

 彼女はきっと、僕のためにいなくなろうとしているではないだろうか。いつかきっとさよならをしなければならない。でもその前に僕の前から姿を消したい、というような感じなのではないだろうか。まあこれは、単なる僕の憶測でしかないが。

「ここにいていい存在じゃないって、どういうこと?」

「……別れるのはいいの?」

「よくない」

 そんなの、よくないに決まってるだろ。僕はずっと佳凛が好きだ。佳凛が僕を嫌いになったのなら、諦めることはできた。高校時代の失恋に終わった恋、として過去にすることができた。少し苦い思い出になるだけだった。

 だけど、佳凛は僕のことを好きだと言ってくれた。なら、なら、

「両想いなのに、別れようなんて思えるわけがないだろ……」

 息を呑む音が聞こえた。いや、なんだ? 僕ってそんなにあっさりした薄情な人間だと思われていたのか?

「あーあ、嫌いっていえばよかったのかな。そうしたら君は、諦めてくれた?」

 全て見透かしたような佳凛の表情。細められた目は少し、寂しそうだった。

「まあ、無理強いはしなかったよ。本当に嫌いになってたら、そんなことされても鬱陶しく思われるだけだからね」

 だから僕は、そのまま答えた。

「正直だなぁ」

 佳凛は立ち上がると、くるくると回りながら、見えない相手とダンスを踊る。少し暮れてきた空を背景に踊る彼女は、綺麗で、それでいて儚くて、危うげだ。

「だけどさ、私は君のそんなところが」

 動きを止めた彼女がこちらを振り向く。

「本当に大好きだった」

「大好き、だけどきっとね、私たちは本来出会うべきじゃなかったんだよ。私は恋をしちゃだめだった。だから、さようなら、桐谷くん」

 そういうと、彼女は消えた。比喩なんかじゃない、本当に。風に溶けていくように、一瞬で彼女の姿は薄れ、風に吹かれて消えていった。

 最後に、ぎりぎり見えた佳凛は微笑んでいた。無理して笑っていた。涙を必死に堪えようとして、でもできなくて、一筋の雫を頬に伝わせながら、悲しい微笑みを浮かべていた。


 六月十七日、午後六時。深山佳凛は姿を消した。



To be continued→



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 ほとんどの方は初めまして。雫石わかと申します。

いや、あの……気になるような切り方をして申し訳ないのですが、この先なにも考えていません! すみません! ですが、絶対に完結はさせますのでご安心を。思い付きで書いた上に、普段はあまり書かないバチバチの恋愛系……。そして忙しい現実での生活……(言い訳)。ということで、もしこの小説を楽しんでくださって、続きを待ってくれるという心の優しいお方がいいましたら、本当に申し訳ないのですが、気長に待ってやってください。気が乗ったとき、筆がのったときに書く気ままなタイプなので、全然更新しないときもあれば、ものすごく早い時もあります(他人に迷惑かけるタイプですね、はい)。

 このままではあとがきの方が長くなりそうなので、ここらへんで終わりにします。

 それではまた、二話でお会いしましょう! 

 

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彼岸花を片手に 雫石わか @aonomahoroba0503

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