16歳の線路
波須野 璉
東京の君へ
私には、東京に住む友達がいた。
私は、彼と文通をしていた。
彼の手紙に書かれていることは、私にとって珍しいものばかりだった。
ここには、高い建物はないし、数えきれないほどの車が遠ているわけでもない。信号が変われば、横断する人は数人しかおらず、近所の人とはみんな知り合い。
商店街の人だって、家族ぐるみの付き合いがあるほど、人と人の関係が、近い場所。その代わり、カイホウテキな東京と違って、ハイタテキらしいけど、それでも、いいところだと、私は思う。
私は、彼との文通が好きだけど、嫌いだった。
東京の彼は、何かに追われているようだった。それが、時間なのか、何なのか、田舎に住んでいる私にはわからなかった。
けど、私は彼の手紙を読むたびに、胸が締め付けられるような感覚になった。やれ、勉強が大変だの、やれ、習い事が忙しいだの、満員電車がどうのこうのと、私は体験したことがあまりないからわからないけれど、そこまで大変なら、辞めて仕舞えば…、と思う。
そして、気を遣ってからか、『そっちにいる君には、わからないかもしれないけど…』と前置きをして、いろんな情報を書いてくるのが、私はあなたと違うと言われているようで悲しかった。でも、その言葉の後に綴られている東京の情報は、私の中に行ったことのない東京を作り、彩っていった。
そして、言葉の端々から、彼の優しさが読み取れると、東京という息がしにくそうな場所でも変わらずいてくれていると感じることができて、嬉しかった。
この間、彼からの手紙に、
『君の住んでいるところを調べてみたんだけど、
随分と何もない田舎のように見えた。
普段は、何をして遊んでいるんだい?』
と、書かれてあった。
私は、『わからない』と答えた。
次の週、彼の手紙に、東京行きの切符が『一度、東京においで。』という言葉と共に入っていた。
日付は、来週の日曜日。もちろん予定はない。
私は、『いいよ。』と返した。
早速、親に、来週の日曜日に東京に遊びに行くことを伝えた。
お母さんは、目を丸くして驚いていたが、お父さんは、落ち着いて「人生経験だ。」と、背中を押してくれた。
ここからだと、日帰りは厳しいから、泊まりになるそうだ。
私は、彼へ、もう一通手紙を書いた。
『私の家からは、東京まで行くのに、とても時間がかかるそう
です。だから、東京で一泊する必要があるので、あなたの家
に泊めてもらいたいのですが、お母様に、聞いてほしいの。
それと、私は、携帯を持っていないから、待ち合わせ場所を
教えてほしいな。
楽しみにしています。』
彼からの手紙が来たのは、その二日後だった。
『お手紙ありがとう。
来てくれることを決めてくれて嬉しいよ。
何も言わずに、急に切符を送っちゃったから、びっくりした
よね…。
本当は、来てくれないかも、と思って内心ビクビクしていた
んだ。
お泊まりの件、承知しました。
そこまで、気が回らなくてごめんね。
母に確認したところ、OKだって。そっちのご両親には、
うちが責任を持って預からせていただきます。と、伝えてお
いてください。
集合ばしょは、東京駅だと、きっとあなたと合流できないと
思ったので、東京駅の新幹線の改札のところに迎えに行きま
す。僕は身長が伸びたので、頑張って見つけてね。
僕も、楽しみにしています。』
私は、両親の力を借りながら、東京へ行く準備をした。
出発の直前までは、楽しみな気持ちに隠れていて、気づかなかっが、いざ、出発するとなると、不安な気持ちと寂しい気持ちで、胸がいっぱいになった。
私の家から、東京までは、車で鈍行列車の駅まで行き、電車に乗ったら、バスで新幹線の駅へ向かい、乗り換える。
鈍行列車に乗り、乗った駅が遠くなるたびにどこからか来た、落ち着いた気持ちが私の心にどっしりと座っていった。
田んぼがコンクリートや、舗装された道路、家に変わっていき、家は、瓦屋根から、あまり見ない薄い屋根に変わっていった。建物は、大きく、密集しだし、他の建物や、人を牽制しているみたいだった。
教科書に載っている日本の歴史を、展示室で眺めているような感じがして、一人で可笑しくなった。
京都まで来ると、私は、異世界にでも来たような感覚だった。
東京に着くと、男の人が私の名前をよんだ。
振り返ると、そこには、背が伸びて、少し声が低くなった、彼の姿があった。
服装のせいか、少し雰囲気が変わったように見えたが、優しい感じはそのままで、私は安心した。
東京は騒がしいところだった。休む暇がなく、みんな時計を気にしている。
横を見れば、走っている人か、早歩きをしている人ばかり。
髪が白くなった人ですら、急かされているのを見て、やはり、東京は冷たいところだなと感じた。
外に出れば、高い建物ばかりで、威圧してくる感じは、クマや、巨木のそれに似て非なる物だった。それよりも、冷たく、高圧的だった。
彼は私の手を引いて、東京の色々なところを回ってくれた。
食べ歩きもやったし、おしゃれなところにもいった。
お洋服屋さんを見たり、カフェにも入った。
遊園地にもいってみた。
確かに見たことがないものばかりで、東京は私の想像をはるかに超えてたくさんものがあって、キラキラしているところだったが、それと引き換えに、余裕がないようなところだった。
彼の家に着く頃には、もう外は日も暮れていたが、昼間から、室内は締め切られ、電気が付いているので、夕方が終わっているという事実に気づくのが遅くなった。
私は、彼のお母さんである直子さんに挨拶をした。
久々に会った直子さんは私を快く受け入れてくれて、安心した。
自分の家ではないので、少し緊張したが夕飯を食べる頃には、もう緊張はなくなっていた。
みんなが寝静まった深夜、いつもなら私も眠っている時間だ。私は眠れずにいた。東京は、地元と違って、明るすぎるからだ。カーテンを閉めても漏れてくる光。保育園のお昼寝の時間をお見出すほどの明るさだ。これでは、眠れるわけがない。
観念して、一度カーテンを開けて外を見てみた。見えたは後ろの家だった。窓を開けて、家と家の隙間から空と周囲を確認する。外は、黄昏時かと錯覚しそうになるほど明るかった。これでは、眠れないのも納得だ。
次の日の朝、私は寝不足だった。彼は、学校があるらしく、玄関でお見送りをした。直子さんは、私を新幹線の改札のところまで送ってくれた。
「あのこにお見送りさせられなくてごめんね。気をつけて帰るのよ。」
そう言って、直子さんは私が見えなくなるまで手を振ってくれた。私はそれに応えて、手を振替していたが、新幹線の時間まではあと10分ほどあったので、もう一度戻って、直子さんに彼への伝言を頼もうと改札まで戻ったが、そこにはもう直子さんの姿はなかった。
私は、息と同じように新幹線を乗り継ぎ、電車に乗り換えて、鈍行列車に乗り換えて、最寄り駅まで行った。最寄り駅についたら、お父さんとお母さんが待っていた。緊張が解けて、田んぼの匂いを認識した瞬間、私はとても懐かしい気がして、なんとなく、安堵して、両親の方に早歩きで、いや、小走りで駆け寄った。
私が、直子さんに頼もうとしていた伝言は、『今回はありがとう、楽しかった。』と言うことと、『また、手紙を書きます。』と言うことだった。
私は、今回東京に言って、地元に帰ってきて思ったことがある。多分、多数派の意見ではないと思うのだけれど、私は今の自分の生活がとっても贅沢な物だと感じた。東京の人はきっと知らないのだろう。あそこは、人も物も多すぎて、退屈はしないのだろうから。でも、私の住んでいる所だって、そうそう退屈するところではない。
深呼吸をすれば、優しい気持ちになれるし、神社に行けば、何かご利益がありそうな気がする。夏祭りでは、地域のつながりが強いから、とっても盛り上がる。
花火大会がある時には、浴衣も着れる。特別な日じゃなくても、贅沢だなと思うことはいっぱいある。たとえば、都会の人たちは知っているのだろうか、木漏れ日をライトにして本を読む贅沢。風が吹くと、顔にそよ風が当たり、木の葉が擦れて、聞こえてくる優しい風の音。夏は実は涼しいこと。季節の変わり目は虫や、動物たちが教えてくれること。春夏秋冬にはそれぞれ匂いがあること。きっと彼らは、忙しくて、感じる余裕もないのだろう。そう思うと、途端に私の東京は色褪せた。
私は、家へ帰るとすぐに、便箋とペンを用意した。
『今回は、ありがとう。楽しかったです。あなたがあれこれと書いていたことが、
ようやく体験できて分かった。東京は、あなたから聞いていたよりずっと賑や
かで明るいところで、びっくりした。
今度は、私のところにも来てみてほしい。
ここは、時間の流れがゆっくりしてて、朝とか昼とかは明るくて、夜は暗いの。
でも、東京にはない良さがいっぱい詰まっていると思う。
何もしなくても、楽しめるところよ。
日にちを決めてくれたら、招待するね。』
私は、そう綴った後に、またいつものように、どうでもいいような話を綴った。彼が言っていた、私の手紙は、勉強で忙しい彼の助けになっているらしい。手紙を読んでいるときは、ゆくっりと優しい気持ちになれて、また勉強を頑張ろうと思えるようになるらしい。
そう言ってもらえるのは、素直に嬉しかった。
毎週火曜日は、私の元に彼からの手紙が来て、私がそれにお返事を書くと決まっている。彼が私の手紙を見るのは、水曜日、お互いがお互いの手紙が来る日を特別に思い、大切な日として、毎週楽しみにしている。
だから、私はこの手紙を火曜日ポストに入れようと思っている。少しマナー違反かもしれないが、別にいいのだ。
宛先は、東京の君へ。
16歳の線路 波須野 璉 @sakazuchi
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