第9話 愛

先日より強く百合の香りが入ってきた。

BARの隅も先日より輝きを放ち、より鮮明に人の形がわかる。

目を凝らすと顔まで見れそうだ。

吐き気がこみ上げてくる。これ以上ここにいてはいけない。

これが第六感というものだろうか。

体感的には、まるでガラスで出来た橋を渡っているかのようだ。

店が焦げ臭く木でできたテーブルは気が付くと火の手が上がっている。素山は乱暴に2万円をテーブルに置き逃げるように店を出た。

扉が閉まる瞬間、振り返るとマスターと辻が光とくっついていた。

煙や臭いには気付いていないようだった。

少しだけYシャツに臭いがついた。

博美や美智に、早く生きている人に逢いたい。

走り帰路に着く。博美や美智はもう寝ているだろう。

彼らはこれからどうなるのだろう。

もうこれ以上関係を持ちたくない。

やっと家に着いた。やはり電気は消えている。

音を立てずに静かに家に入り、そのままリビングのソファーで眠った。


朝が訪れ、娘の美智は素山の身体に乗り、首を絞めていた。

ニュースからはBARが火事で全焼したこと、なぜか4人の遺体が見つかったことが流れていた。素山の身体には三歳の娘に抵抗する気力は残っていない。

やっと首を動かすと博美は朝食作りに夢中なようだ。


美智は張り付いた笑顔で「パパ愛してる。時を戻す」と言った。

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時を戻す 村崎愁 @shumurasaki

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