第18話 スズキユウタの憂鬱
真白と二人で、遊びに出掛ける約束をしたその夜。
俺はいつものようにPCを起動し、『
フレンドだけが入れるプライベートロビーに入ると、そこには先客がいた。
『あら、ちゃんとログインしてくれたのね。
今日は来ないかと思っていたから、嬉しいわ』
「……正直、今日は色々と騒がしかったからプレイをするかしないか、悩んだよ。
だけど、お前ともちゃんと話しておかないといけない気がしてな」
オンラインネーム【クロエ】――もとい、同級生の音泉綾音と
ボイスチャットを繋げ、放課後の校舎で密かに交わした話を切り出す。
『一体、私と何の話をしたいのかしら?』
「とぼけないでくれよ。学園で俺に言っただろ?
お前がゲーマーであることを、黙っていてほしいって」
『つまり、鈴木くんが私にしたいお願いごとが決まったのね』
「どうしてそうなる。飛躍しすぎだ」
『だったら、鈴木くんは私が秘密にしてほしいことを、みんなにバラすと?』
「そんなことをするつもりなんて、一切ない」
『どちらでもない。
そうなると、ますますあなたが言いたいことが、予想しづらくなるわね』
「そんな難しい話じゃない。俺は交換条件を付けてまで、
音泉の秘密を言いふらす気はないと、改めて言いたかっただけだ」
『あら……そうなの? やっぱり、あなたは優しいのね』
「……案外あっさりしてるんだな。
こんな提案をしてきた音泉なら、もう少し食い下がってくるかと思ったんだが」
『それを期待していたのかしら?』
「対策だけはしていた。期待はしていない」
『欲が無いのね、鈴木くんは』
「この関係を壊したくないだけだ。
それに、大事な友達を傷付けるようなことはしたくない」
『大事な友達、ね……』
音泉はそう呟いてから静かになり、俺との会話が途切れた。
彼女は何か考えているのだろうか?
顔が見えないボイスチャット越しでは、音泉の心情を読み取ることはできない。
少し不安になる。
そんな感情をごまかすように、俺は『REL』で操作する、
自キャラの装備を適当に変更を繰り返した。
すると黙っていた音泉が、先ほどと変わらぬ調子で俺に告げる。
『それじゃあ、鈴木くん。
私はあなたのことを信用するから、絶対にこの秘密をバラさないでね』
「もちろんだ。それじゃあ、とりあえず今日は二人で試合を回す、でいいか?」
『ええ、問題無いわ。それと【トシキチ】さんがログインした際は、
ちゃんとオンラインネームで呼ぶのよ』
「わかってるよ。じゃあ、始めるか」
そしていつも通り、俺と音泉はゲームをプレイした。
しかし、こんな会話をしたあとだったせいか、俺はクリアリングの甘さや
エイムのミスが目立ち、何度も相方である音泉に迷惑を掛けてしまう。
一方で、彼女はいつにも増して素晴らしい立ち回りを見せ、
足を引っ張る俺のフォローを完璧にこなした。
しばらくして、【トシキチ】さんが参加し、
俺たち三人で好成績を出したところで、今日は切り上げることとなった。
実際、ゲーム内での俺の調子が優れなかったこともあるので、
ある意味都合が良かったので気が楽になる。
ゲーム内パーディを抜け、俺はPC画面を落としながら、
椅子の背もたれに深く体重を乗せた。
「これでたぶん、問題は一つ解決したな。疲れた……」
もしも音泉と面と向かって話をしていたら、きっと今日の放課後のように
ペースを乱され、彼女のなすがままになっていただろう。
あえてゲーム内チャットでこの話題を切り出したのは、それを避けるためだ。
これは搦め手だと思うが、顔を合わせて今のやり取りをしたときのことを
想像すれば、最善とも言える。
こちらは幼馴染みや気心の知れた友達としか会話をしない帰宅部に対し、
向こうはクラス委員長に加えて演劇部部長。
コミュニケーション能力に関しては、相手が数枚上手だ。
だから、これは正しい判断。のはずだ。
「喉が乾いた……ちょっと飲み物でも飲んでくるか」
俺は自室を出て、キッチンへ。
水道水をコップに注いで、喋り続けて乾いた喉をゴクゴクと潤す。
飲み終えて戻ろうとしたとき、不意に姉さんの部屋から何かに驚いた声が響いた。
「……どうしたんだろ? 映画でも観てるのかな?」
一緒に暮らす家族。
特段、大きな物音がしたわけではないので、
何者かが侵入したわけではないはずだ。
だけど普段落ち着いている姉さんが、声を上げる出来事。
ほんの少しの心配と好奇心が混じり、俺はそっと声がした扉に耳を澄ます。
『なるほど――ここの仕掛けを動かせば――あれ? 炎が止まったけど――』
「なんだ……? 一人で喋っているみたいだけど……誰かと電話……。
いや、ゲームでもしてるのかな?」
『見えない敵が湧いている――最後の祝福から距離が――』
「姉さんがゲームをしてるなんて珍しいな。昔は一緒に遊んでたけど、
大人になってからまったくそんなことをしている素振りはなかったし」
ふと思い出す、大学生だった頃の姉さんの姿。
一緒にアクション型の協力ゲームをプレイしたり、バージョン違いの
ソフトで通信交換をしたり、瑠菜と同じくらい共にゲームをしてきた。
しかし、時が経つにつれて、姉さんは大学やアルバイトで忙しくなり、
卒業後も仕事を始めてから顔を合わせる時間はさらに減っていった。
……まあ、姉さんは今も昔も変わらずに、俺に対してかなりベッタリだったから、
顔を合わせる度にくっついてきたり、最近の近況を聞いてきたりしてきたが、
一緒に遊ぶ時間はほとんどなかった。
そして疑問に思う。
姉さんは一体、一人でどんなゲームをしているのだろうかと。
普段から姉さんと近い関係からか。俺はこっそりと扉を開いて勝手に覗き見る。
実の姉とは言え、女性の部屋を許可無く覗き見るなど言語道断。
しかし、裸をよく見られていることを考えれば、おあいこだろう。
俺が部屋の中を覗いてみると、目を疑うような光景が飛び込んだ。
「白い霧で仕切られているということは、ボス戦。
回復瓶は二本しかないけど、私の腕なら負けない。
……さっき私がミミックに引っ掛かって、ソウルを失った?
宝箱にはロマンがある。
例え罠でも、上手くいけばレアアイテムが入っているかもしれない」
並ぶ三枚のモニター。
右側からウィーチュバーの配信画面が映し出され、
中央は現在プレイしているゲーム画面。
そして一番左には、映像の録画や音声出力の有無を確認できる
細々としたウィンドウが乱立。
完全に動画配信を行う環境下。
何より一番目が行ったのは、そこには俺や瑠菜、それに真白が推している、
Vチューバー『
姉さんが身体を動かすと、それも連動して配信画面で動き、
表情豊かにプレイを盛り上げる。
――俺は物音を立てないように、そっと扉を閉めて息を吐いた。
「いや……まさかな。そんな、まさか……」
二度見して確認しなくてもわかる。
俺の姉さんが、有名Vチューバー『黒流星カロル』の中の人だった。
あまりの衝撃に、妙な動悸がする。
ゲームをプレイする後ろ姿を見れば、俺が覗いていたことは
気付いていないはずだ。
俺は静かに自室へと戻り、ベッドに倒れ込む。
「今日はやけに疲れる……というか、アホみたいに色々なことがあった」
転校してきた真白によって発生したいざこざや、
ゲームのフレンドがクラス委員長だとか、
真白と二人で遊びに出掛ける約束をするとか。
挙げ句の果てには、俺の姉さんが有名配信者であることが、発覚するとか……。
「もう、寝よう……」
目を閉じると、グルグルと今日起きた出来事が思い起こされる。
きっと明日も明後日も、今日の延長線のように、騒がしい日々が続くのだろう。
環境が変わって周りの人たちが変われば、
こういうことが起きることは至極当然だ。
だけど、俺はこんな心がざわつくような変化を求めていない。
何気ない日々。何となく過ぎていく毎日。
そんな風に、過ごせると思っていたのに……。
「全部キャンセルボタンを押して、
直前で中断できたらどれだけよかっただろうか……」
そんなゲーム脳みたいなくだらない妄想をしつつ、
俺はゆっくりと夢の世界へと落ちていくのであった。
ビーレンダー! 幼馴染みのゲーマーとオンゲーで知り合ったゲーマーと。 モリシゲル @hiitizixyuusi
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