魔女と今昔物語②
――――。
刹那、彼女は青年に肉薄する。
青年は彼女の動きに呼応するように剣を振るった。
が、その剣を彼女は受け止める。
「まさか、この動きについてくるなんて思ってもみなかったわ」
剣の刃に片方の掌を当て、剣線を止めてしまう。
青年も「うるらぁぁぁぁぁぁぁ」と叫びながら力を込めるがびくともしない。
剣を片手で受け止めながら、剣を掴み押し返してくる。
お互いの鼻先がもう少しで付きそうな距離まで彼女は迫り、剣を奪い取ると青年を押し倒し馬乗りになった。
青年は必死に逃れようと動くが一切の身動きが出来ない。
彼女はグイっと青年に顔を近づけた。
青年の額と彼女の額が付きそうな距離。
「結構強くなったのね……」
「何もさせてくれないのによく言うよ」
青年は彼女に言いながらもなんとか逃れる術を探す。
「そりゃ、私には勝てないさ」
ニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「で、これからどうするんだ?」
そう問いかけをすると。
「こうするのさ」
そういうと彼女は青年委口づけをして、手に持っていた剣を青年の心臓に突き刺した。
剣の刺し口から血が流れる。
突き立てた剣がそのままにされているせいで、傷口から噴き出すこともできず中で行き場を失った血液がのど元へと上がってくる。
「んぐ、んぐ、んぐ」
その青年の口から溢れる血を彼女は飲む。
飲み切れなかった分の血液が口と口の間から滴り落ちる。
青年はかすれるような声で何故?と問うた。
「これから仕上げをするのよ」
そういうと剣が発光し始め、彼女が握った部分から傷口に向かって液体のようなものが伝っていく。
彼女は胃にため込んだ青年の血を吐き戻す。
青年はその吐き戻された血を溺れるように飲み込む。
ングッ、ングッ――
自分の血をひたすら飲まされる、彼女の唾液で少し甘くなったと錯覚するほどには少しだけまろやかになってる気がした。
吐き戻された血を飲み干すころ、突き刺された剣が引き抜かれ彼女も立ち上がった。
青年は刺されたはずのところを触るが、あるはずの傷が無かった。
立ち上がり彼女を見る。
彼女は手に持っていた剣を地面に突き刺し、かかって来いと手でジェスチャーをする。
青年は彼女が突き刺した剣を奪い取ろうと彼女の元へ走る。
剣まであと一歩まで迫るが、悠々と彼女に蹴り飛ばされる。
それを何度も繰り返すがあと一歩で、手が届く寸前で届かない。
もうあとほんの少しなのに……。
何故、あの剣を取ることすら出来ないんだ……。
悔しさに拳を握りしめたとき――
突然手から光が溢れる。
徐々に光の粒子が何かの形へとなっていく。
粒子は剣の形を取った、先ほどまで持っていた細身の剣ではなく幅の広い大きな剣だった。
その剣を掴んで持ち上げるが、そこにはまるで剣など存在していないかのように重さは存在しなかった。
見た目とは裏腹にずっしりという実感も、そこに存在するという存在感も全くない。
でも目の前に確かに存在して、この手に持っている。
剣を顕現させると老人は目を見開いた、その様は目玉が落ちるのではないかと思うほどだった。
彼女はその剣を見ると、嬉しそうに笑った。
青年は二振り、剣を振るうと彼女めがけて走り込んだ。
彼女はそれに応戦する構えを取る。
青年が彼女に対して大剣を横に振った……。
彼女の左腕が体から千切れ、飛ぶ。
ウッ――
と、彼女は呻いた。
今まで決して斬るところまでいかなかった剣の軌道は今度こそ止められることなく切り捨てた。
まさか武器が変わるだけで、こんなに簡単に切れてしまうとは……。
「私の魔力を注ぎ込んで作っただけはあったみたいね」
彼女はどこか恍惚とした表情で、僕ではなく手に持つ剣に視線を向ける。
「さぁ、私を殺してくれよ」
彼女の声に呼応するように大剣を両手で持ち、彼女に向かって踏み込んだ。
青年の掴むその剣が今度こそ彼女の胸を貫いた。
その剣の幅から心臓をどう考えても貫いていた。
彼女は口からおびただしい量の血を吐き出しながら叫んだ。
「そのまま斬れぇぇぇぇぇぇぇ」
だが剣はそこから動かない。
剣から彼女へと小刻みに震える振動のみ伝わる。
「どうしたの?」
彼女は心配そうに青年を見つめる。
「こんなことしたくないよ……。だって僕にとってあなたは親なんだ。親を殺したいと思う子なんて、いるはずないじゃないか……」
青年の綺麗な青い瞳から透明な雫がとめどなく零れ落ちる。
「そうだよね、でもごめんなさい。私の最初で最後の願いを叶えてほしい……の」
彼女は口からゴポゴポと血を吐き出しながら、青年に微笑む。
青年は剣の柄に力を入れたり、緩めたりしながら、悩みに悩んだ。
自分の恩人の願いは叶えてあげたい、だけれども、それでも青年は彼女と共に生きられる限り生きたいと願った。
願ってしまったんだ――
その願いに呼応するように、剣が眩く輝くとゆっくりと彼女から剣が抜けていった。
抜けた剣の傷跡は徐々に元の姿に戻っていき、斬り飛ばされたはずの左腕ももとに戻っていた。
その光景には青年だけでなく、少女も含めたその現象を見た全員が驚いた。
時が戻るように治っていく、そんなことがあっていいのか……。
その光景に立ち会った三人の様子はそれこそ三者三様であった。
望みが叶えられず崩れ落ちる少女、剣が淡く粒子へと帰っていくのを眺める青年、それらを興味深く観察し帽子を目深に被る老人。
その中で真っ先に動いたのは青年だった、彼女に背を向け「ごめん……」とだけ口にしてその場から立ち去った。
そして残された老人と少女。
老人はいう。
「もう一度あなたの願いを叶えるお手伝いを致しましょう」
少女はもう全てがどうでもよくなっていた。
「なんでもいいから、私の望みを叶えて」
それが青年に届いた、最後の彼女の言葉であった。
青年はそのまま立ち去り、そして二度と彼女の前には現れなかった。
それから老人と彼女は施設を作った、それがこの病院であり、あの箱である。
「あの箱には魔女の血が使われている。そして箱に適合した人間を集めてずっとああいうことをしているのさ」
そう山室さんは締めくくった。
その青年があの白髪の男ということか。
僕は改めて自分の掌を見た。
「まぁ、ホントかウソかは正直分からないレベルの話じゃから。話半分くらいに聞いておけ」
そういうと立ち上がり、その場から離れていった。
カツカツカツ――
山室さんがこの場所から離れてからほんの少したってから、足音が近づく。
「話は終わったかな」
彼女は笑って僕に尋ねる。
「あの話はどこまでが本当のことなんだ?」
「
彼女はそれだけしか答えなかった。
「僕は彼の代わりなのか?」
少し怒気を含ませた声で彼女に問う。
「そうとも言えなくはないけど、君は君」
彼女はすこし悲しそうで、どこかすまなそうな顔をした。
僕は拳を力いっぱい握り込み、そうなんだなといってその場から立ち去ることにした。
彼女の隣を通り過ぎる瞬間「ごめんね」という声が耳に届いたが、その言葉には彼女を振り返るだけの力はなくそのまま背を向けて彼女を置いて病院を出た。
外はまだ明るく、ほんの少しだけ淋しい気持ちが胸に沸いたが空を漂う雲を眺めながら帰路についた。
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