魔女と今昔物語①
彼女が白髪の少年を拾ってからたくさんのことがあった。
ガリガリにやせ細った腕と体は肉付きの良い体になり、ボサボサで黄ばんだ白髪は絹のように光を反射するほどに綺麗な白髪になっていた。
結局髪は切らなかった、彼女にこの髪を褒めてもらったからそしてこの髪を彼女が手入れをしてくれるから。
毎日お風呂上りに髪を梳いてもらう時間が何よりも好きだった。
時折野党に襲われては返り討ちにし、街を移動するたびに新しい街で仕事をする。
彼女は容赦がなく野党や暴漢に襲われた時には逆に相手の身ぐるみを剥いだ。
街での仕事は郵便配達、探し物、清掃業務、害獣駆除なんでもやった。
時には路上で魔法を使った大道芸をしてチップを稼いだりしたこともあった。
少年が少し大人になる頃、彼女の気持ちは変わっていた。
少年に自分を殺させることを考えないようにしていた。
だけど、少年はずっと彼女が死にたがっていることを知っていた。
そのために少年を育てていることも。
でも少年に対して愛情が芽生え、少年に自分を手にかけさせることを考えられなくなった。
だから彼女は自分を殺せるだろう可能性がある人間を集め始めた。
理由は大きな力を持った怪異を倒すために……。
その怪異は彼女が生み出したもので、それを倒せる人間ならば彼女を殺せるだろうと彼女自身が考え出して作り上げられた
それまでも彼女は実験的に怪異を生み出していた。
街を移動するたび、道中で多種多様な怪異を。
それらを討伐する依頼が定期的に出される程度には彼女は彼女自身の力をふるった。
少年も何体もの数えきれないほどの怪異と戦った。
時には逃げることも、時には友達となることも。
でもそれらはただの現象に過ぎなくて、仲良くなっても結局いつかは消えてしまう。
それは「死」
彼女の足元のにはいくつの足跡の形をした『死』が続いてきたのか、僕にはわからない。
少年が彼女と居た時間では、その足跡も増えることはなかった。
それをよかった、と少年は思っていた。
だけど彼女を通り過ぎる死はそれに目を瞑り続けはしてくれなかった。
少年が大人になっていくにつれて、彼女はうなされるようになった。
その時間が少しづつ伸びていき、彼女の心を蝕んだ。
一生懸命に彼女へと少年が寄り添おうとすればするほど、激しくうなされる。
とうとう彼女は一睡もすることが出来なくなった。
そしてありとあらゆる手段で自傷行為を始めた。
初めは手の甲にナイフを突き立てた、その次に手首を切り落とした、その次は目玉を突いて、ナイフを飲み込んだ。
とうとう首をかき切った、その日青年は部屋から飛び出し誰かに助けを求めるために街を走った。
街を走って走って走った、今度は自分が壊れたかのように走って――
人にぶつかった。
それは初老の老人。
彼は僕がぶつかってびっくりはしたけど、受け止めるだけの
普通なら青年ほどの体格のものが男とはいえ、初老の人間にぶつかれば向こうが倒れるだろうに青年を受け止めたのである。
青年は老人の目を見据えると自然と言葉が出た。
助けてほしい――
その老人は被っていた帽子の位置を直すと
少し俯きながら首を左右に振ると、案内してくれるかなといい少しだけ帽子のつばを下げた、気がした。
老人は青年の足取りに一切遅れることなくついて行く。
彼女の居る宿に着くころにはすっかり青年は息を切らしていた。
青年とは打って変わって、その老人は息すら上がっていない。
老人はつばを掴んで顔と一緒に少し上げると、建物の外観と看板を見た。
青年は速足に彼女の住む部屋まで行き、老人はその後ろを付いていく。
彼女の元に着くと目の前にはベッドのシーツを被り、ものすごいクマでげっそりとした顔、そしでギョロギョロとした目が青年を見る。
震える彼女に老人は話しかけた。
「お初にお目にかかります、魔女様。この青年に導かれてやってまいりました。あなたは私に何をお望みか」
そう老人は問いかける。
彼女は言う。
死にたい――
死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。
ただ死にたい。もう生きるのに疲れたんだ……と。
彼女は老人にうわごとのように口に出して、縋った。
老人は頷くと。
「私では力が不足しております。望みを叶えるならばきっと彼が適任なんでしょうが、如何せんまだ未熟です」
それは知っている、と彼女はかすれるような声で返す。
「よろしければ、彼をしばらく私に預けてくれませんか。その方があなたにとっても良いとは思いますよ。あなたの体が良くなった頃に迎えに来てください」
彼女は最初その老人の提案に対してかなり渋った、今では自分のことよりもその少年がなによりも大切な存在になっていたから。
可能な限りその少年と共に時間を過ごしたいという思いが強すぎた。
だから、彼女は壊れたのだ……。
彼女は自分を殺させるために彼を拾った。
だけど情が移り過ぎて、殺させたくなくなった。
本来であれば自分を殺させるために育てなければならなかったのに彼女はそれを出来なかった。
少年は素直で、笑顔が眩しく、愛嬌があった。
彼女もそんな少年に惹かれていっていた。
だからこそ苦しんだ。
それをわかったからの老人からの提案だった。
彼女は短く老人に「わかった……」とだけ言った。
その言葉を聞いた老人は帽子を脱ぎ、恭しくお辞儀をした。
それから老人は青年を連れて帰った。
その日から老人にありとあらゆる剣術を叩き込まれた。
何度も何度も叩きのめされ、一切攻撃を与えられない日々を繰り返した。
髪が肩より伸び、短髪にまで切る――
何度目かわからないが肩まで髪が伸びた頃、彼女は現れた。
「久しぶりね、ちょっとは強くなった?」
彼女は昨日別れたばかりのように、見た目も何も変わらない。
青年は大人になったが、彼女は相変わらず少女のまま初めて会ったその姿のまま。
ニヤッと笑う顔があの頃を思い出す。
彼女との久しぶりの再会で少し感傷に浸っていると……。
「ちゃんと成長した?」
あのときと同じく、厚底ブーツで蹴りかかってくる。
「久しぶりの再会なのにいきなりだな……」
今回は蹴りをキチンと受け止めた。
「あはははははっ、あの頃よりは良くなったね」
少ししびれる手を振り払い、手に持っていた剣で彼女に斬りかかった――
彼女はよけるそぶりすらしない。
勢いを殺すことが出来ず、そのまま彼女を斬りつけた。
ガッ――
剣は彼女の骨の部分で止められた。
血が自分の振るった剣の刃から零れ落ちる。
「何故……」
「何故、避けなかったのかって?避ける必要がないからだよ」
彼女は青年の言葉に被せるように言葉を継ぐ。
青年は手にグッっと力を入れる――
だが刃がそれ以上進むどころか、自分の手に血がにじむ。
手に滲む血で滑り、剣が落ちる。
斬りつけたはずの彼女の傷跡はもうそこにはなかった。
自分の掌に滲む血が斬りつけたことが、嘘ではなかった現実を青年に突きつける。
落ちた剣を拾い上げ、彼女にもう一度斬りかかった。
今度彼女は攻撃を受け止めた。
「はぁ、私から離れて修行したのに……こんなものか……」
青年の攻撃を受け止めながら、後ろに控える老人を睨む。
「あんた言ったよな、私が来る頃には仕上げておくって」
怒りをにじませつつも、気持ちを抑えながら老人に向かって彼女は言う。
老人は彼女を見て。
「仕上げはあなたにお願いしますよ」
「はぁ、そういうことね」
ため息を吐き、分かったわと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます