魔女と僕の選択①
あの日から数日、いつも通り学校に行ったり彼女と話す日々に戻った。
僕はその時間に満足していた――
それでも家に帰ると少し物淋しい気持ちと、なんとなくベッドに寝転がり手を上にかざし握ったり開いたりした。
寝ようとして瞼の裏で繰り返されるのは、彼女を初めて斬ったあの時の光景と彼女の少しがっかりした表情。
僕は彼女と明後日水族館へ行く約束をしている。
初めてのデートもあってか、気持ちはきっと浮ついている。
彼女のことを考えると何故かちづらのことが脳裏をよぎる。
ふと僕は思う、きっと僕はちづらにまだ気持ちがある。
駅でひとめぼれをして、追いかけて……。
それでもいま目の前で手に入りそうなものを掴んでしまおうとする、弱い自分も見え隠れするのが少しだけ情けないとも思った。
ちづらを思い、剣を初めて顕現させたときのことを思い出す。
ベッドの上で同じようにする。
まぁどうせ何も起きることはない、あれはあの中でだけの出来事だから。
そう思っていたのだけれど、僕の手が光りい粒子が溢れ大剣の形を取っていく。
徐々に形になるそれは間違いなく、あのときの剣。
何故、この現象はあそこでしか起きないはずじゃないのか。
剣をまじまじといろいろな角度から見てふと思った。
この剣はあの時に出した剣と少し違う……、そんな気がする。
しばらく眺めていると、少しずつ剣から光の粒子がほどけ始めた。
少しずつ解けるように消えていく剣を見つめ、しばらくすると完全に消えてしまった。
手の中から消えた剣の跡をぼーっと見つめる。
そこには掌しかない。
何故剣は突然現れ、消えてしまったのか。
明日確認しにいこうと思った。
あれから意識的に避けていたあの場所へ、山室さんにでも聞けばなにかわかるかもしれない。
正直彼女と顔を合わせるのはまだちょっと気が重い。
でもこの現象の理由は知っておきたい。
明日あの病院へ行くと決めて目を瞑った。
ガタンッ、ゴトンッ、ガタンッ、ゴトンッ――
昨日決めた通り今日はインディゴへ向かっている。
昨夜の施設内ではないにも関わらず、部屋で顕現した剣のことを考える。
カツッ、カツッ、カツッ、カツッ――
手に視線を落とし、掌に視線を取られていると。
いつもの足音が聞こえる。
顔を上げると少し手前で立っている。
白髪の彼は僕を見つめるが何も口にしない。
そのまま何も言わず彼は僕に託したはずの剣を出した。
「君も彼女を好きになってしまったんだね」
そういうとおぞましい程の笑顔を浮かべた。
僕はその顔に戦慄した。
その顔を見ていると突然、手が震え始める。
ガチガチガチガチガチ――
何の音かと思えば顎が震え自分の歯がガチガチとなり続けている。
ヤバい……。
今までとはまるで違う。
根源的な恐怖が襲ってくる。
「君に彼女を殺せるようにしてあげる……。やっと見つけた私の代わり……」
今までとは全くの別人が現れたのかと思うほど雰囲気が違う。
「何故、どうしてそこまでして彼女を殺さないといけないんだ」
彼を見ながら疑問をぶつけた。
「それを彼女が望むからだよ。彼女は殺さなくてはいけない」
「だから、どうしてだよ!!」
僕が彼に対して叫んだ。
「この剣を持つということは、魔女に呪われたってことなんだ。何故僕が今でも彷徨っているんだと思う?魂の残滓だけになっても消えることが出来ないんだよ」
僕ももしかして同じように彷徨うことになるのか……?
「私は彼女を愛していたし、魂が留まろうともよかったんだ。でもね、私にも耐えられないことはあった。彼女は人を愛しすぎる、僕以外の人間にそれを向ける日々を見ていると耐えられなくなっていった」
死によって、お互いが救われるならそれ以上に幸福なことはないだろ。
彼は真顔で僕に向かってそういうが、僕には理解の出来ない感情だった。
彼らの答えは一致しているのかもしれないけれど、それに至る過程への気持ち悪さに身震いした。
「気持ち悪いなぁ……」
思わず言葉として出てしまっていた。
それを聞いた彼は気持ちの悪い笑みを再度浮かべた。
そのゾッとする笑顔に再び恐怖を煽られる。
彼女はどんな思いで彼を助け、共に過ごし、そして別れたのかそれは僕にはわからない。
でもその思いの強さになんだか少しだけ悲しい気持ちも芽生えた。
彼女はいったい彼にあったならどうするんだろうなーっと考えると掌に大剣が顕現する。
彼が僕の手に顕現した剣を見るなり、笑みを深くする。
「もう少しで君も呪いに犯される、それから逃れる術は彼女を殺すしかないネ」
彼は繰り返した。
「だから、私が、君を、本気にしてあげる」
そういって斬りかかってきた。
一瞬で距離を詰める、そして手に持つ僕のとは色違いの剣を振り下ろす。
それをかろうじて防ぐと。
「いいねぇ、上手に防いだね」
と身を乗り出すように言った。
僕は彼の力に押されるがなんとか踏ん張る。
すっ、と僕から距離を取ると今度は横なぎに剣を振る。
大剣を盾にするように攻撃を防ぐ。
ガンッ――
彼の斬撃を受け止めるが衝撃に体は持っていかれる。
「ぐっ、はぁ……」
なんとか斬撃を受け止めるが体制はすぐには立て直せない。
彼は一歩踏み込むと、蹴りを繰り出す。
「がはぁ、あはっ」
蹴り飛ばされ、壁に据え付けられた椅子に叩きつけられる。
「これが今の私と君との差だ。この程度じゃ魔女を殺せない」
「僕は殺す為に剣を握っているわけじゃない!!」
彼を睨みつけながら、言い捨てる。
「だが、結局殺すには変わりない。君にはそれを成してもらう」
「どうしてそこまで僕にこだわるんだ……」
僕は剣を下げ、俯いた。
突然手が伸びて来たかと思えば、それは僕の襟を掴み通路へ投げ飛ばされた。
かはっ――
肺が衝撃で押しつぶされ、中の空気を無理やり吐き出される。
「ガハッ、ゴホ、ゴホッ」
咳き込む隙にまた腹に蹴りを入れられる。
「ウエェェェ、オエェェェ、ガハッ、ゴホッ」
床一面に自分の吐しゃ物をぶちまける。
はぁはぁ、と肩で息をする。
それでも剣だけは必死に握っていた。
「うあぁぁぁぁぁぁ」
気力だけで白髪の男に斬りかかる。
が、当然余裕で避けられそして膝蹴りを入れられる。
「あはっ、はぁはぁっ」
言葉にならない恐怖と痛みで、たった数分しか時間が経っていないのに疲れ果てていた。
「まったく話にならないな。やはり私がお前を使う方が良いか」
彼はブツブツと、僕を目の前にしながら独り言を呟く。
彼は僕の方へとゆっくりと歩いて近づく。
僕は口の周りを自分の唾液でべとべとに汚しながらも、気力だけで彼を睨む。
「その根性だけは賞賛ものだな」
彼はそういって剣を振る。
僕が手に持つ剣を狙ったのか、剣を弾き飛ばされてしまう。
何も持たず、抵抗の余地もなくなった自分へ彼の剣は無慈悲にも僕の心臓を貫いた。
どう考えても僕の体を貫通しているほどの距離。
だけど、血も痛みもない。
僕は彼の剣を持つ手を両手でギリギリと名一杯の力を入れて掴む。
彼の剣は僕に突き刺さったまま、ちょっとずつ粒子となって溶けていく。
粒子は僕の体に取り込まれていく。
完全に剣が僕に溶け込むと、彼の腕も僕の心臓に向かって押し込む。
なんだか体の中をまさぐられているような感覚に襲われる。
「あ、あ、あ、あ……」
神経を触れらている様な痛いような気持ち悪いような感覚。
それからズブズブと彼の肉体が僕の中へと入っていく。
「私が、お前を使って彼女を殺してやるから。お前は見ているだけでいい」
そう言うと完全に僕の中へと、彼は消えていった。
周りを見渡すともともと僕が出した剣は消えており、椅子にはもともと居たであろう客が座っている。
真ん中に座り込む、自分を不快そうな顔でチラチラと見る。
足元には先ほどまき散らしたはずの吐しゃ物もない。
とりあえず立ち上がって、車両を移動した。
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