エンドロール、追憶

エンドロール、追憶

「じゃあ、吊ろうか。」

僕たちに、それ以上の言葉は要らなかった。

目を合わせた。それだけで、心が通じあったような気持ちになった。

でもやっぱり怖い。怖くて、全身が震えて、足の力が抜けて、紐を放って床に座り込んでしまった。

隣を見たら、海も座り込んでしまっていた。

「ねぇ翠...私たちって死ぬ事も出来ないのかな」

海は言う。

僕は何も言えなかった。


1週間前、僕たちは出会った。

学校に行かなくなって、約半年経った頃だった。

行かなくなった訳もあまり覚えていない。ただ、集団に交わっている自分が気持ち悪くて、周りにどう思われるかが気になって、恐ろしくて行かなくなってしまったような...そんな大雑把なことだけ覚えてる。

惰性で生きることにも飽きてきて、死に場所を探して歩いていた時、変わり際の踏切で1人の、少女か少年か分からない、線の細い子と目が合った。

その瞳が、妙なくらいに美しくて。

その瞳に、妙なくらいに吸い込まれて。

1歩、2歩、3歩。気づけばフラフラとその瞳に向かって歩いていた。

しかし、目の前で踏切は降りてしまった。

電車が通って、その直後には、もうその子は居なくなっていた。


なぜ今こんな廃ビルに二人でいるのか。

僕にもわからない。でも一つ確信できるのは、僕と海は同じなんだってこと。

ただ自分が信じられなくて、自分が淡々と生きてることに違和感を覚えて、そんな自分を心から軽蔑していた。

男だ女だその他だ、陰キャだ陽キャだ、大人だ子供だ、そんな境界さえ僕らには難しかった。

そのどれでもないような気がしている、そしてその感情は僕たち以外の誰にも理解されない。

だからこそ、お互いが理解できたから。そして、理解できないところを知りたくない、知られたくないから。

今この場所で終わらせようとしたんだ。それもできなかったんだ。

「私さ、ほんとはもっと早く死ぬつもりだったんだ。」

海は呟くように、でも確かに僕に向けてそういった。

「当たり前に生きてることが、何でもないことがずっとしんどかったんだ。それをどうとも思わないで楽しく生きてる人を見るのも、同じくらい。」

そう呟く海の顔は、まるで世界の終わりを悟ったような表情だった。むしろ、終わらせるのに失敗した直後なんだけど。

僕は、ただ海が心から死を望んでいたことだけが分かった。そして、死ねなかった今を、自分を、心から恨んでいるのも分かった。紛れもない、自分がそうだから。

「ねえ、海」

僕は、ただ一言だけ放った。

「僕たちさ、何で死にたいんだろうね」

言いたいことは、伝わったかわからなかった。けど、僕たちは同じだから。きっと伝わっただろうと思った。実際どうかは、どうでもいいことだけど。


死ぬのに失敗した僕らは、どこに行くでもなくふらふらと歩き回っていた。

時に人にぶつかりながら。時に何もない道に出ながら。

歩きながら、お互いの話をしあった。

海は、小さい頃から性別や声のことをいじめられ続けていたこと。

僕は、何をやっても平均以下で周りと比べられ続けていたこと。

死にたい理由はそれだけ?って思うかもしれないけど。

小さい頃から背負ってきた傷が塞がっていなかったら。ずっと血が垂れ続けていたら。

一つの傷がずっと僕らを同じ場所に留めてる。あの頃から一歩も僕らは動いていない。動けていない。

何をしても傷が痛んで。もっと何もできなくなって。

だから終わらせようとしたのにね。辛いよな。わかるよ。僕も一緒だ。

でも、一緒だって言葉も刃物だ。一緒なわけがないんだ。みんな違う、僕より全然苦しんでいるかもしれない。

それを「一緒」ってまとめていいわけがない。どう言ったらいいんだろう。何も言わないのが正解なのかな。もう何もわからないよ。

気づけば僕は、その場に倒れ込んでいた。


翠には言わなかったけど。私も周りとずっと比べられてきた。

翠は言わなかったけど、私がいじめられてた話をした時、自分の追憶を辿るような顔で見ていた。多分、そういうことなんだと思う。

やっぱり、私たちは同じなんだ。でも、そう言ったら翠は嫌がるかな。同じだと思ってるのは、私だけかもしれない。

あぁ、やっぱり私は死ぬ気なんかなかったんだ。どうせ死ぬなら、きっと人のことなんて考えない。どう思われるか考えてる時点で、まだ生きてたいってことだ。

ほら、所詮は口だけなんだよ。翠は本当に死にたかったかもしれない。けど私は...

どんなに考えたって、自分のことは自分にしかわからない。きっと翠は優しいから、共感してくれるような気がする。でもそれは、私に合わせてくれているだけで本心じゃないかもしれない。疑い出したらキリがないのは分かっているけど、そんなことばっかり考えてしまう。

こんな考えばっかしてるからまともに生きられないのかな。他のみんなはこんなこと考えないのかな。みんなどうやって生きているんだろう。

ねえ、翠。君はどうして、よく知らない私と心中しようと思ったの?

ねえ、翠。君はどうして、死ねなかったの?

ねえ、私。私はどうして、翠の隣で死のうと思ったの?

ねえ、私。私はどうして、死ねなかったの?


答えは出なかった。

それがわかるなら、きっと今頃私たちは天国だ。

私は気づけば、倒れ込む翠の横で同じように倒れ込んだ。


目が覚めても、同じ場所にいた。

起き上がって、この先のことを考えてみる。何も思いつかなかった。

親は僕を探しているだろうか。親は僕を心配してくれているだろうか。

そんなわけないか。きっといなくなったことにも気がついてないだろうな。

やっぱり死のう。そう思って立ちあがろうと思ったが、何かに引っ張られて体が動かなかった。

ふと後ろを見ると、僕は海に服を掴まれていた。

「ねえ翠、私女の子に見える?」

突然そんなことを聞かれた。

「もし女の子だったらお母さんは私のこと愛してくれたのかな、毎日怒鳴らないでいてくれたのかな、お友達もできたのかな、好きな格好してても気持ち悪がられないのかな、お前なんていらなかったとか、言われなかったのかな」

僕は聴いていられなくなって、海を抱きしめた。

僕も何回も思ったことがある。男の子として生まれてたらなって。

でも女の子に生まれて後悔している子がいるから、そんなこと思っちゃダメだって。

きっと海もずっとそう思ってたんだ。でも気持ちが決壊してしまったんだ。

「ねえ翠、翠もそうなんでしょ?私と同じ、ずっと周りの人と比べられて、いじめられて、出る杭にされて、陰口言われて、マイノリティだけ抱えて、周りみたいにできなくて苦しんでたんでしょ?何でこんなに苦しいのに私たち死ねないの!?何で...」

僕は何も言えなかった。言われた通りだったから。同じことを思ってたから。

「このまま家に帰っても居場所なんかないでしょ!?死ぬしか選択肢ないのに...それすらできないなんて...私たちどうすればいいの...」


手を繋いだ。

海沿いの崖に二人立つ。

僕たちはキスをした。お互いの来世に祈るように。

結局僕たちは死ぬことにした。この崖に立ってからもう40分経った。

本当はもっと、幸せになりたかった。

でも僕たちにはその権利も、その適性もなかった。

物語ならきっとハッピーエンドがあるんだろうね、でも僕たちにはなかったんだ。だってこの世界の主人公にはなれないから。

さようなら、海。最後に君に出会えて良かった。

死んだ後、せめて君だけでも、幸せに。


一歩ずつ、崖の端に歩き出した。

緑の顔を覗く。恐れと安堵が混ざったような、複雑な表情だった。

結局出会ってから一回も笑顔見せてくれなかったなぁ、私もだけど。

あの時、線路越しに見た顔も同じ顔だった。

この顔に惹かれて、死ぬならこの人の隣がいいなって思ったんだ。

死のうと思って行った廃ビルでまた出会えて、この子のことを少し知って、なおさらその想いは強くなった。怖くて死ねなかった今までを変えられると思った。

その時は無理だったけど、今なら。

この地獄を終わらせられる。この人と一緒なら。だって翠と私は一緒だから。

崖の端に立った。もう一度キスをした。

「出会ってまだ二日とかなのにね、不思議だね」

私はそう言った。

「ただの二日じゃないよ、最後の二日だ。価値が違うよ」

翠はそう返した。

そうだ、これが最後だ。

最後に好きな格好で、唯一好きな海の前で、好きになった人と迎えられる。

これが唯一の幸せになるんだ。生まれて初めての。

私たちは強くお互いを抱きしめあった。

そして、ゆっくりと体を倒す。

浮遊感、そして遠くなる空。

光が当たって不思議と緑色に染まった海に、強く打ち付けられる。

最後に見た翠の顔は、笑顔だった。

私も不思議と口と目元が緩む。

苦しいと思ったが、不思議と気にならなかった。

最後の瞬間まで、翠の顔を見ていたかった。

意識が遠くなる。これで本当の最後だ。

さようなら、ふざけた世界。さようなら、翠。

死んだらどうなるかわからないけど、せめてあなただけでも、幸せに。


ハッピーエンドなんか無い。バッドエンドでも、二人にとっては唯一の幸せだった。

唯一の幸せを、噛み締めてそのまま消えていった。

最後がどうでも、人生に後悔しかなくても、自分にとっての幸せを、自分のためだけのエンドロールを流せればいいんだ。

僕は、初めて見た笑顔を見てそう思った。

流れる走馬灯をかき消すように一言つぶやいた。

君に届くかはわからないけど、きっと伝わっただろうと思った。

だって、僕たちは同じだから。

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エンドロール、追憶 @yoyo_yoyo

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