第9話 警察の捜査

 世の中が急変を遂げた時代が挟まったことで、家にいることが多くなった聡美は、テレビを見る機会が増えた。テレビ番組も、新しく製作されるものはほとんどなく、かつてのドラマを、

「特別編」

 などと銘打って、編集して流していた。

 これには理由があるらしく、

「民間放送のテレビ番組というのは、スポンサーありきである。つまりスポンサーが金を出してくれないと、放送局が成り立たなくなってくる。新しく製作できないので、過去の番組を編集して流すわけだが、そこに特別編などという名前をつけておくと、いかにも編集を加えているという言い訳になるので、特別編という言葉は、スポンサー向けが大きかったのだ」

 と聞いたことがあった。

 もちろん、スポンサーだけにではなく、視聴者にもそれなりに印象を与えて、視聴率を上げるという意味もあったのだろう。ただ、それはあまりにも陳腐な言い訳でしかなかったのだ。

 そんな中でよく見ていた刑事ドラマ、殺人事件が起これば、刑事が二組で行動し、捜査本部では、捜査主任が、報告を受け、陣頭指揮を執っている。

 鬼気迫る捜査本部の様子を見ていると、

「実際の警察もあんな感じなのかしら?」

 と感じられて仕方がなかった。

 考えてみれば、自分のまわりで殺人事件などの凶悪事件が起こって、事情聴取などを受けるということが果たしてあるだろうか? と思うのだ。

 今までには、一度家に空き巣が入ったことがあったのだが、その時はまだ小さい時期で、よく覚えていなかったが、指紋だけは取られた気がした。墨汁のようなものを手につけて、手形を押したような気がした。巡査さん以外の警察の人と話をしたことがあったとすれば、子供の頃のその時くらいだっただろうか。

 空き巣はすぐに捕まったようで、それ以来、田舎で殺人事件はおろか、空き巣すらなかった平和な土地だったのだ。

 聡美が東京に出てから、警察沙汰になったのを見たことがあるとすれば、一度、朝の満員電車の中で、スリがあったらしく、ちょうど警察が警戒態勢を引いている時で、見事に間抜けなスリが捕まったのを見たくらいだっただろうか。

 この時の話も、スリ集団には警察の取り締まり情報が事前に流れていたので、普通なら捕まるはずなどなかったのだが、捕まったやつは、ただの単独犯で、

「本来なら、詐欺グループから、脅しをかけられるはずだったのだろうが、警察に捕まったということで、本人にとってはどっちがよかったか分からないよな」

 ということであった、

 確かに警察に捕まり、逮捕歴というのは残ってしまったが、初版ということで、訴えもなかったということもあり、不起訴処分となったので、前科はつかなかった。

 しかし、もし、詐欺グループに目をつけられてしまっていれば、どうなっていたか。

 そのグループが反社会勢力のグループであれば、問答無用の制裁を受けていたかも知れない。

 それを思うと、不起訴処分で放免になった方が、いくら警察に捕まったとはいえ、よかったのかも知れないからだ。

 そんなことを考えていると、世の中がすっかり様変わりしてしまったが、昔と変わらない部分もあれば、まったく変わってしまった部分もある。だが、数年すれば、昔からそうだったかのように、しっくりした世の中になるだろうと考えるのは、楽観的過ぎるのだろうか?

 聡美は帰ろうとする早苗を呼び止めた。

「朝倉さん、ちょっといいですか?」

 と言って、自分の家に連れて行った。

 早苗は別に用事があったわけでもないし、事件に対して気にもなっていたが、先ほどの刑事の質問が少し気になったのか、今日は帰った方がいいと思ったのかも知れない。

 しかし、聡美の方としてはどうしても納得がいかない。このまま早苗を帰してしまうと、一番気になっていることが、まったく表に出てこないこないことになるではないか。

「早苗さんは、そもそも、今日ここに来た理由は、妹のさおりに会いに来たのよね?」

「ええ、そうです。約束をしていたわけではないので、いないのは仕方がないかと思ったんですが、どうしていまだに姿を現さないのか、それが気になってですね。ひょっとして、私がここにいるから連絡をしてこないのかも知れないと思って、帰ろうかと思ったんです。でも、やはりその前にお姉さんとお話をしておく方がいいような気がしますね」

 と早苗は言った。

「さっきの刑事さんの事情聴取なんだけど、あまりにも早すぎたような気がしませんでした? 私の方は、私と母親のことだけを訊かれてそれで終わったんですが、あなたが一体何を訊かれたのかというのが逆に気になってですね」

 と聡美がいうと、

「ええ、そうなんですよ。私はどうして、第一発見者の二人を別々に話を訊くのかというのが疑問でした。一番ビックリしたのが、発見した時のことを一切聞かなかったんですよ。死体発見の時の状況には興味がないのかしら? それとも司法解剖の結果だけで十分なのかしらね?」

 と、早苗が言った。

「あなたにも聞かなかったのね? 私は最初二人を分けたのは、お互いに同じことを聞いて、それで辻褄の合わないことを追求するのかなって思ったんですが、どうもちょっと違っているようね。私にはまったく聞かなかったですからね、死体発見の時のことを」

 と聡美がいうと、

「私には簡単に聞いてきたわ。見た通りのことを言っただけですけどね。でも、それよりも、どうして今日ここに来たのかということと、さおりさんがどこに行ったか想像がつくかというような事件の初動としては、ちょっとピント外れな話を訊いてきたような気がしたんです」

 という早苗に対して、

「そうよね、最近は世の中がすっかり変わってしまって、政府がなくなってからというもの、警察の捜査もまったく変わってしまったので、どうにも拍子抜けしてしまいそうな感じだわ」

 と聡美が答えた。

「でも、そのことは刑事さんも言っていたわ。私がきっとその辺の警察の事情を知らないと思ったんでしょうね。警察は昔の警察ではないという話をしていたの。だから、気楽に話してほしいとでも言いたかったのかしら?」

 と早苗は言った。

「ところで、早苗さんには、どんな質問をしたの? さおりのことだけ?」

「ええ、そうですね、さおりさんに会いに来たけど、早苗さんを探しに納屋に来ると、死体を発見したというと、刑事さんは、さおりのことばかり聞いてきたの。どこに行ったと思うということであったり、最近、さおりさんが何かに悩んでいなかったのか? とかいうような質問が多かったですね。私が何も知らないというと、すぐに開放してくれたんですけどね」

「じゃあ、お母さんと血がつながっていないということに悩んでいたということは警察の人には話していないの?」

「ええ、まだそこまでは話していません。先ほどの事情聴取はあくまでも、死体の第一発見ということでの話ですからね。それ以上踏み込んだ話になると、私の方が考えてしまっていると、案外警察の人はそれ以上聞いてこなかったですね」

 という早苗の話だった。

 話をしている限りでは、警察の方も、今までのように何でもかんでも、聞いてくるということはしないようだ。だが常識から考えて、的を得ているというような質問もそれほど出てこない様子であったし、さおりを本気で探そうというつもりなのかが疑問だった。

「さおりとは、どういう友達だったの?」

 と早苗に聞いたが。

「実は私も、早苗ちゃんと同じで、親が本当の親なのかどうか分からなかったのよ。でも私の場合は、どうやら、私は施設に預けられた子供だったようで、本当の両親も分からない。まるで捨て子同然だった私を、両親が引き取って、親として育ててくれたらしいということが分かって、今は育ての親に感謝もしているし、親は今の親しかいないと思っているんですよ」

 と早苗は言った。

 そういえば、一時期、子供を育てられない親が、

「赤ちゃんポスト」

 というところに置いておくと、施設で育ててもらえるという話があった。

 これには賛否両論あり、

「子供を育てられないからと言って、殺すよりもマシだ」

 という賛成派と、

「そんなものを設置すれば、子供を育てられないという親が安易に赤ちゃんポストを利用して、すぐにパンクしてしまうので容認できない」

 という反対派があった。

 世論は結構反対派もいたのだが、結局その話は立ち消えのようになり、どうなったのか定かではないが、もし、早苗が赤ちゃんポストの恩恵を受けていたのであれば、少なくとも一人はこれでよかったということになるだろう。

 昭和の昔にはm

「赤ちゃんポスト」

 はおろか、

「コインロッカーベイビー」

 なるものがあったという。

 生まれてからすぐの子供をコインロッカーに置き去りにして、死に至らしめるというものであった。これは置き去りではなく、まさしく捨て子であったのだ。

 そんなむごい時代から比べれば、赤ちゃんポストというのは、まだかわいいものだと言えるのではないだろうか。コインロッカーに捨てられた子供は、母親が産婦人科を頼らずに、自力で産んだ子供もいることだろう。中絶も許されない状態で母親も苦しんだのだろうが、それは一部の可哀そうな人であって、中には、遊びのすえ、避妊さえしていれば、こんなことにはならなかったはずなのに、後から後悔しても遅いというものだ。

 それは、数年前の伝染病が流行った時、一番の極悪だと称されるべき、一部の不心得者と似ている。結局、

「人の命を何だと思っているんだ」

 という言葉で言及されなければいけない人たちである。

 時代が変わっても、いつの時代にもそんな連中がいるということは、世の中よくなるはずなどないと言えよう。

 そんな早苗は、施設で育てられながら、今の親に貰われた。

「一体、そのことをいつ知ったの?」

 と訊かれて、

「去年の私の十八歳の誕生日の時。あっ、そもそも誕生日というのも、本当の誕生日なのかどうかも分からない、おそらく、施設に預けられた時が誕生日ということになったんでしょうね。年齢に関しては、施設に預けられた時、病気がないかということでいろいろ検査したらしいんだけど、その時の体格や生育状況によって、年齢は判断したということらしいの。だから、曖昧ではあるけど、、成人した十八歳だったの、これは私が小学生の頃から両親が話をするなら成人した時って決めていたらしいの。もっとも、その頃の法律ではまだ成人は二十歳だったんだけどね」

 という話であった。

「そうなのね、でも、早苗さんは、簡単に受け入れられたの?」

 と訊かれて、

「私も何となくウスウス感づいていたこともあったからですね。それにさおりさんから、自分のことの悩みを打ち明けられているうちに、自分が彼女の気持ちをよく分かる気がしてきたことで、私にも同調できるような何かがあるのかも知れないという感覚ではあったんですよね」

 と話してくれた。

 確かに、親という存在をいかに見るかによって、感じることだってあるだろう。早苗の場合はキチンと話をしてくれたので許せる問題ではあるが、さおりにとっては、まったくグレーな自分の境遇に、どこから切り込んでいいのかが分からない。

 しかも、姉の聡美との確執をずっと見てきたので、それがさおりにとって、どれほど不安で恐ろしい気持ちにさせることであったか、考えただけでも怖い気がしてくるのであった。

 今回、母の死とさおりの失踪にどのような関係があるのかは分からないが、少なくとも限りなくクロに近いグレーと言ったところであろうか。そう思うと、姉妹でありながら姉妹ではないという思いから、自分がどこまでさおりの気持ちを分かってあげられるか、疑問だったのだ。

「ところでね。さおりさんなんだけど、彼女も、そんなに母親が本当の母親ではないということを極端に意識していたわけではないのよ。自分だって、いまさらお母さんが本当お母親ではなかったからと言って、ショックを受けるような年でもないし、だから、何? 

っていう感じだっていうのよ。でも、まわりには母親が違ったことで自分が悩んでいるという風に見せていたのよ。それを知っていたのは私だけだったのかも知れないわね」

 と彼女は言った。

 今の早苗の話を訊く限りでは、

「さおりは、お母さんが本当の母親ではないということを理由に、母親を殺すようなことはない」

 ということが言いたかったに違いあい。

 では、さおりはどこにいるというのだろう?

「さおりが、自分が思っていることや悩みを相談できるのは、早苗さんだけみたいね。その早苗さんに聞きたいんだけど、さおりがどこに行ったにか、何か知っていることはないの?」

 と訊いてみると、

「刑事さんも、私が何かを知っていると思ったのか、そのことばかりをピンポイントに聞いてきたわ。なるほど、だから、事情聴取を二人それぞれで分けたんだって私は思ったわ。今の警察組織は昔とかなり変わったという話だから、そういう聞き取りもありなのかと思ったんだけど、じゃあ、お姉さんには、私とはまったく別の聞き方をしたということになるのね」

 と聞いてきたので、

「そうね。まったく違う観点からの話だったわ」

 と言って、先ほどの刑事との話を訊かせてあげた。

 すると、早苗は、

「なるほど、容姿者として、さおりとお姉さんの二人を考えているのね。娘二人が容疑者というのも悲しい感じだけど、警察の方でも、容疑者をそれぞれの側面から探って、競争して証拠集めをするかも知れないわね。少なくとも私は、お姉さんが犯人だとは絶対に思えないわ」

 と早苗は言った。

「そう思ってくれるのは嬉しいわ。でも、そういうことになると、怪しいのは、さおりということになるけど、やっぱり行方が分からないというのは、かなり不利であることに違いはないでしょうね」

「それはそうでしょう。でも、さおりが行方不明になったのは、意外と分かりきっていることだったのかも知れないわね。ただ、それがお母さんが死ぬことと関係があるのかどうかまでは分からないけどね」

 と早苗は言った。

 どうやら、早苗は何かを知っているらしい。今の話を訊いていると、今もし聞きただしても、決して口を割ることはないだろう。それよりも、早苗は事件のことは何も分かっていないようだ。いくら妹の友達とはいえ、殺されている母親とはそれほど面識があるというわけではなさそうだ。だから、警察の方も、彼女に対しての質問はさおりのことに終始したのだろう。一つには、

「我々は決してあなたのことを疑っているわけではない」

 ということと、

「さおりが見つからなければ、あなたの親友のさおりに嫌疑が向くだけだ」

 ということを言いたかったのだろう。

 だから、一対一での尋問になったのだ。

 聡美に対しても、同じだったのかも知れない。聡美と母親の確執を早いうちから聞き出しておくことは、事件が進んできてから、状況に応じてウソをつかれるかも知れないという思いと、時間が経てば、ウソを考える余裕が出てくるかも知れないという考えが交錯して、早いうちの尋問、しかも、一対一というやり方をしたのかも知れない。

 そういうことであれば、この事件の捜査陣は結構優秀な人なのかも知れないと、聡美は考えるのだった。

 早苗にとっても、聡美にとっても、気になるのはさおりの行方である。

 早苗は何か知っているような気がするのだが、それが具体的な場所になるとは思っていない。

 それよりも、どこかに感じられるその余裕は、彼女には、少しだけ事件の内容が見えているのではないかと思えたのだ。

 それはやはりさおりからの情報が大きいのだろう。そこには聡美の知らない母親とさおりの間の確執が渦巻いていて、それが今回の事件にどのようなかかわりがあるのか問題なのではないだろうか。

――早苗は、さおりの行方を知っているのではないか?

 という思いを持ち、さらに、

――早苗は、ある程度この事件の本質について、知っていることがあるのではないか?

 という思いさえあった。

 この予感は意外と当たっていたようで、事件の本質は、実は聡美の性格と、小説などにある陳腐なトリックが影響していたかのように思えたのだった……。

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