第56話 ラブラブ婚約者

 実を言うと昨日の夕食後、私はディーンを呼び出してグスタフに関する事情を全て話した。

 そして断られるのを覚悟の上、「仲睦まじい婚約者」を演じてくれるよう頼んだのだ。


 昨夜、別荘の白檀の部屋の中私は声を潜めた。


 「すみません。ディーン様が気が進まない事は、重々承知しております。でも、どうしてもリガーレ公爵には、私の事を諦めてほしいのです!明日の朝だけで良いのでお願いできないでしょうか?」


 そう言って90度以上頭を下げた。


 ディーンは最初、私の申し出に驚いていたようだが、しばらくして溜息をついてこう言った。


 「私と・・・婚約したのは、リガーレ公爵の事があったから?」


 「は?」


 「5年前、だから婚約を打診してきたのかい?」


 「い、いえいえ・・・そういう事では無いです・・・よ」


 (だって、アリアナは本気でディーンにぞっこんだったもんね)


 ディーンは少しの間考えていたが、もう一度深く溜息をつくと、


 「分かった」


 「え?」


 「協力するよ」


 表情を変えずにそう言った。


 「あ、ありがとうございます!」



 そして次の日の今、私達は並んでお互い微笑み合っているわけなのだが・・・


 グスタフは私達二人をじっくりと眺めると、


 「これはディーン君、アリアナさん。見送りに出てきてくれてありがとう。はて、お二人は不仲だと言う噂を聞いて、心配していたのですが、どうやら杞憂だったかな?」


 グスタフの声にも表情にも特に特別な色は浮かんではいない。けれど私の背中には冷や汗が流れ落ちる。


 「たちの悪い噂を流す人がいるのですよ」


 ディーンはあくまで冷静だ。


 「根も葉もない、ただの噂です」


 「ほう・・・」


 グスタフの目が値踏みする様に細められた。


 (怖い、怖い、怖い・・・)


 だがグスタフは直ぐに完璧な紳士のスマイルを顔に浮かべると、


 「いやぁ、ディーン君。アリアナさんの様な可愛らしい婚約者を持って実に羨ましい。私もあやかりたいものです」


 そう言って私の方にチラリと目線を送って来る。


 (心底うらやましそうに言うんじゃない!)


 私は絶えず笑顔を張り付けていたが、思わずディーンと繋いでいる手にぎゅっと力がこもった。ディーンは驚いたのか一瞬小さくビクッとしたが、直ぐに安心させるように手を握り返してくれた。そして、


 「アリアナは可愛らしいだけではなく優しくて聡明な女性です。私は・・・彼女をずっと守っていきたいと、そう思っていますよ」


 そう言って私の方を向いて極上の笑みを浮かべた。超絶イケメンの渾身の微笑みに、心臓がドクンと跳ね上がる。


 (うっ・・・やば・・・笑顔が眩し・・・)


 顔が熱くなって、頬が火照った。


 さすが神セブンの一人だ。笑顔一つでここまでの破壊力。イケメン好きの私にはなかなか刺激が強すぎる。


 (よ、横から眺めるには良いが、直接浴びるのは危険だ・・・)


  私は心臓を押さえて、気付かれない様に深呼吸した。


 グスタフはと言えば、見逃しそうな程ほんの一瞬だが悔しそうな表情を浮かべていた。


 そしてあれだけ饒舌な彼には珍しく、「そうですか・・・」とだけ言って馬車に乗り込んでいく。心なしか肩が気落ちした様に下がっていた様に見えた。


 私は内心ガッツポーズをしながら、「お気をつけて!」そう言って頭を下げた。


 そうしてグスタフの馬車は、カラカラとどこか寂し気な音を立てて先に出立して行った。


 (やった!)


 作戦成功だと思って顔を上げると、アリアナ父がこちらを見て笑っていた。そして彼はアリアナ母を馬車に乗せると、私にこっそり耳打ちした。


 「アリアナ、しくんだね。」


 「何のことでしょう?」


 私はあくまでしらばっくれる。


 アリアナ父はくっくと笑って、


 「私の娘は可愛いらしい上に、とぼけるのも上手い」


 私にウィンクして馬車に乗り込んだ。


 だけどドアを閉める前に窓から真面目な顔をディーンに向けると、


 「ディーン君、娘をよろしく頼む」


 「はい」


 そして、アリアナの両親を乗せた馬車も領都へと向かって出立して行ったのだ。


 私は一気に緊張が抜け、大きく息を吐いた。


 (よ、・・・よし!これでグスタフも、ちょっとは考え直すはず!)


 そしてふと、ディーンの手をまだ握っていた事に気付いた。


 (やべ、忘れてた!)


 「すみません!」


 私は慌てて手を離した。


 「あ、あの、嫌な役をさせてしまってごめんなんさい!・・・でもほんとに助かりました。ありがとうございました!」


 そう言ってディーンに頭を下げた。返事が無いので、不思議に思いながら頭を上げてみると、何故かディーンは先ほどまで握っていた手をぼんやり見つめている。


 (何やってんだ?)


 「あの・・・ディーン様?」


 声をかけると彼はゆっくりと手を降ろし、


 「いや、別に構わない。・・・私が君の婚約者であるのは事実だから・・・」


 「え?でも・・・」


 「礼を言われるような事じゃないよ」


  感情の籠らない声でそう言って、彼は私の方を見ずに、すたすたと玄関の方へ歩いて行ってしまった。


 (なんか、怒ってる・・・?)


 「変なお芝居させちゃったからかなぁ・・・。やっぱり滅茶苦茶嫌だったんだ」


 ディーンがリリーを好きなのだとしたら、アリアナとラブラブ婚約者なんて役は気が進まないのは当たり前だ。


 「借り作っちゃったなぁ・・・」


 私は痒くも無い頭を掻きながら、雲一つない空を仰いだ。



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