第5話 初めて会う婚約者殿

 どれくらい歩いただろう。校舎の中の誰もいない広い廊下で、私はやっと息を吐いた。


 「あ~、怖かった・・・」


 「えっ」


 リリーが立ち止まってこちらを見る。


 (あ、いかん声に出てたか)


 リリーにすれば、突然引っ張って連れてこられれたのだ。困惑しているだろう。


 「あの、アリアナ様・・・?アーボット先生は?」


 「あ、あれは方便です。」


 「ええっ?」


 驚いてるリリーが私に何か話しかけようとした時だった。


 「何をしている、アリアナ!」


 静かな声だが、中に怒りを込めた声でそう言いながら、背の高い少年がこちらにやってきた。


 (誰?)


 そう思いながらも、私は思わずその少年に見とれてしまっていた。


 (な・・・、なんという美少年!)


 さらっさらのシルバーブロンドに、吸い込まれそうな濃い藍色の瞳。絵みたいに整った顔。こんなの出来すぎじゃない・・・?そして、はたっと気づく。


 (待て待て待て・・・?この世界でこの容姿の人物って・・・・)


 体からさーっと血の気が引いていくのが分かった。


 「ディ・・・ディーン・ギャロウェイ!?」


 (私を破滅に追いやる、わが婚約者様じゃないのぉぉぉぉ!!!)


 彼は足早に廊下の向こうからやって来ると、リリーと私を引き離すように間に入り、彼女を背にかばう形で私に向き直った。


 「リリー嬢が女生徒達に連れていかれたと聞いたが、やはり君が首謀者だったんだね」


 (はいっ?)


 何言ってんの、こいつ?


 反論したかったが、私はいきなり遭遇する事になった婚約者ディーンの衝撃で、頭が上手く働いてくれない。


 口から出るのは「うっ」とか「あっ」とかで、言葉が出てこないのだ。


 彼はリリーをかばったまま冷めた目で私を見すえた。その瞬間、私は思い出した。このシチュエイション!


(やばっ!これイベントだ。)


 そうなのだ、今私がいるこの世界は「ときめきラブワールド」シリーズの、「アンファエルンの光の聖女」という乙女ゲームの世界なのだ。私はこのゲームをコンプリートはしていないが、結構やりこんでいた。初期のイベントなんて腐る程見ているのだ。


 (確か、本編ではアリアナが中庭でヒロインを集団でイジメて、そこにディーンが駆けつけるのよね。で、アリアナはディーンに怒られた上、めっちゃ嫌われて、ヒロインとディーンはお互い好感度を上げる。と・・・。)


 そういえば、さっきの中庭のシーン、どっかで見た事あると思ったのだ。


 (ダメだ、このままでは本編通りになって、私は破滅に向かってしまうじゃないのよ!どうしたら・・・)


 「あ、あのディーン様、これは・・・」


 私はディーンに弁明しようとしたのだが、


 「君のつまらない言い訳など、聞きたくもない」


 ディーンは冷たい声で、私の言葉をバッサリ切った!


 (な!?、このクソ公爵息子!話ぐらい聞けっての!)


 そう思いながらも怒りを必死で抑える。そしてやはりちゃんと説明せねばと思っていると、ディーンの背後に居たリリーが、突然私とディーンの間に回り込んできた。そして、なんとディーンの方に向き直ったのだ。


 「ディーン様!どうしてアリアナ様のお話を聞いて下さらないのですか?」


 その声は明らかに怒っていた。


 「えっ?」


 「えっ?」


 私とディーンの驚いた声が重なる。リリーは続けた。


 「アリアナ様は、私が他の方達に囲まれている所を助けてくださったのです。もうちょっとで手を上げられるところを止めてくださいました。きっとご自身も怖かったでしょうに・・・」


 そう言って、ふっと私の方を振り返った。そしてもう一度、ディーンに怒りの表情を向けると、


 「それに、ディーン様はアリアナ様の婚約者でいらっしゃいますのに、アリアナ様を疑うなんて信じられません!酷過ぎます」


 リリーが前にいるので、ディーンの顔は見えないが、かなり動揺しているようだ。そして私はと言うと、


 (さ・・・さすがよっ!。さすがだわっ!やっぱ、聖女候補のヒロインよ。尊すぎる!)


 リリーのあまりの気高さと優しい態度に感動していた。


 (凄いわ、まんまゲームのイメージだわっ。ああ・・・めっちゃ好き)


 原作ゲームファンとしては、興奮してしまう。だけど・・・


 「アリアナ様に謝ってください!ディーン様」


 リリーがさらにそう言ってディーンに詰め寄ったので私は慌てた。例えヒロインとは言え、公爵子息に「謝りなさい」は、ヤバくないか?

 私は急いで、


 「よ、良いのです。誤解が解けたのなら大丈夫です。もう参りましょう!」


 私はそう言ってリリーの腕を引っ張った。


 「で、でもアリアナ様・・・」


 「本当に良いのです。ではディーン様、ごきげんよう!」


 私はさっきと同様、強引に話を終わらせると、またリリーの腕をむんずと掴み、ぽかんとしているディーンを置いて走って逃げた。

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