第87話 エピローグ~オカルト研究会の ー 1
職員室を出てすぐ、スマホが鳴った。画面を開くと、そこに表示されていたのは父親の名前だった。
「メール見たよ。遥香ちゃん、残念だったな」
「ああ、うん。まあ仕方ないよ。お父さんの都合だし」
「転校か」
「うん、転校」
廊下を歩きながら、耳元の言葉を復唱した。
はーちゃんは転校したことになった。勿論、表向きの情報である。真実を語れば生徒間に動揺が広がるから、と彼女の担任教師も言っていた。
無論、彼の言うところの真実もあくまで事故死であり、結局のところは表向きの情報なのだけど。
大きな事件があった。連続殺人事件だ。
被害者は四人―――いや、五人。犯行を行ったのは、とある家族の父親とその娘。父親が三人を殺し、娘が二人を殺した。しかしそれらの事件の真相は、そのほとんどが、底も見えないほど深い闇の中へと葬られた。
三件は事故死として処理され、一件はその事実が公開されることすらなく、最後の一件に至っては、マスコミの手によって被害者の犯していた犯罪の方がクローズアップされた。
必要な印象操作なのだと、戸倉さんは言った。現代社会における魔術の立場を鑑みればこそ、こうするべきなのだと自信を持って口にした。
当然、発表に対して疑問を抱く人はいた。陰謀説が唱えられ、SNSや動画サイトも、瞬間的には異常な盛り上がりをみせた。
Jアラートまで出して説明もないのか! と県警や防衛相に対し直接抗議する人も現れたと聞く。しかしマスコミは、それらの情報を意図的に報道から避けた。SNSや動画がいくら盛り上がろうと、無視を決め込んだ。
そうして人の噂も七十五日。ことわざよりも現実はもっと早く、二週間もすれば世間の注目はすっかり別の話題に移ろった。大物芸能人の婚約発表。日本人メジャーリーガーの大記録。いつの間にか、社会は平和で日常的な風景を取り戻していた。
「お前、どうするんだ」
電話越しに、父親は言った。
「こっちに来るか?」
「いや、もう少し日本にいるよ。やりたいこともできたし」
ひょっとしたら反対されるかな、と思った。けれども父親は、案外すんなりと引き下がってくれた。
「そうか」
とだけ言った。
電話を切ると、途端にいろんな音が聞こえてきた。グラウンドの運動部の声。吹奏楽部の管楽器の音色。体育館の床をシューズが擦る小気味いい音。
階下の廊下を誰かが走っている。一人、二人、三人。ああ、これはまた追われてる感じかな。そんなことを考えながら階段を上った。一段高いところに足を乗せる度、音が少しずつ遠くなっていくような気がした。
振り返りたい気持ちはあった。
けれども敢えて前を見て、進み続けた。
相変わらず人気のない北棟四階の廊下からは、晩春を思わせるぼんやりとした空が見えた。太陽は少しずつ西に傾き、真っ白なリノリウムの上に窓枠の黒い影が落ちている。
ひとつ、ふたつ。影を数えながら歩いた。
みっつ、よっつ。たいして数えるまでもなく、部室に着いた。
空を背にして、ドアを開けた。
【次回:エピローグ~オカルト研究会の ー 2】
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