第51話 魔獣 ー 2

 歩きながら、アスファルトを見やる。蹴った小石を探す。けれども一度見失った小石が見つかるわけもなく、気持ちを放り投げるように幸介は話を継いだ。


「使役者の手を離れた魔獣はどうなる? 動作し続けて、充電が切れて、それで終わり?」


「近いですが、少し違いますね」


「どう違うの?」


「当初の命令通りの動作はし続けます。ですが充電の部分、つまり魔力に関しては、一定の割合を下回ったとき、と呼ばれる特殊な状態になります」


?」


 また物騒な言葉が出てきた。首を傾げながら思わず足を止めると、シロも倣うように立ち止まった。


「昨日千明が説明した通り、魔獣は本来、使役者からパスによって魔力の供給を得て活動します。パスとは、有効範囲内でのみ使えるデータ通信ケーブルのようなものだと考えていただければ結構です。魔獣への命令伝達も、基本的にはこのパスを通じて行われます。ケーブルから外れた魔獣は、当初の命令通りに動作を続け、やがて魔力が枯渇します。ですが一方で、魔力が一定の割合を下回った魔獣側には、特有の緊急避難的なシステムがあるんです」


「それが、混濁?」


 ゆっくりと、シロが頷く。


「魔獣にとっての、生存本能のようなものです。魔力が枯渇すれば魔獣は死にますから、枯渇させないために周囲の魔力源、つまりは動植物や人間を無差別に喰らう……らしいです」


「……らしい?」


「実際に混濁した魔獣を見たことがありません。本来、魔獣の死は適切な終末措置を施すか、コアを物理的に破壊することによってもたらされますので、混濁状態まで至ること自体が異例中の異例なんです」


 コアを物理的に破壊する、とシロは言った。反射的に脳裏を過ったのは、森での戦闘の際に彼女が取った行動のことだった。倒した魔獣から抜き取った水晶のようなものを、彼女は意図的に握り潰していた。つまり、あれが彼女らの言うところのコアということなのだろう。


 同じものが、シロの中にもあるということなのだろう。


「混濁状態に陥った魔獣は、正常な判断能力を失うと聞いています。しかし今回の事件は、篤司も言っていた通り心臓だけを喰らっていますので、それには該当しません。使役者が命令して、魔獣に行動させている証拠です」


「そっか」


 短い息と共に言葉を吐き、再び歩き出す。寄り添うように、シロもその半歩後ろに並んだ。


 歩きながら、シロの語った言葉の意味を考えた。


 魔獣と使役者には、有効範囲という関係性がある。そして、その範囲内でしか魔力の供給が行えない。つまり、現在のシロは使役者であろう戸倉さんや清水さんとの有効範囲内にいて、どこかから魔力供給を受け続けているということだろうか。それとも充電池のように、魔力がある程度の量まで減ったら補給を受けるのだろうか。


 可能性としては前者が有力であるように思えた。魔獣が混濁というデメリットを背負っている以上、シロにも当然そうなる可能性はあるわけで。であるならば、いつ何時魔力を消費しても対応できるよう、常に魔力供給を絶やさないことが正であると考えられる。


 考えてから、思考をかき消すように首を振った。馬鹿なことを言うな、と自らを諫めた。


 そんなの、まるでシロまでヤバい存在みたいじゃないか。


 しかしどうしてか、そういうところにシロは敏感だった。半歩後ろを歩いていたはずの彼女は、それでも幸介の表情を見透かしたように言い放った。


「混濁状態には至らずとも、魔獣は危険な存在です。それは事実です」


 淡々と、教科書の文言を読み上げるように言葉を継ぐ。


「魔獣だけではありません。魔術も。便利な反面、それは使い方を誤れば毒にも刃にもなります。故に、私たちのような存在がいるんです」


「内閣府特殊情報局特殊犯罪対策課六係……通称、いきもの係」


 いつの間にか、名称をそらで言えるほど覚えてしまった。


 視界の端で、シロが頷いたような気がした。


 風が吹いた。冷たい風だった。夜を間近に迎えた薄曇りの空の下にあって、それは春と呼ぶより冬の色を纏っているように思えた。身震いをしたのは幸介だけだった。単純に寒かったのだ。そう自分に言い聞かせて、足を踏み出した。


 幸介は言葉を継がなかった。故に、シロもそれ以上話を続けようとはしなかった。

互いに無言のまま、歩き続けた。


 やがて、家の近くの住宅街に差し掛かった。


 スマホが震えたのは、そのときだった。


 歩きながら、その画面を見た。表示されたメッセージを読み取り、足が止まった。


「ごめん」


 半歩後ろで立ち止まったシロに向けて、言葉を発した。


「学校に忘れ物した。だから、先に帰ってて」


 シロがなにかを言おうとした。けれどもそれを遮るように踵を返した。小さな手のひらへ強引に部屋の鍵を押し付け、走り出した。去り際、強い口調で言葉を付け足した。


「命令!」


 言葉の威力は絶大だった。命令通り、シロは追ってこなかった。それでいい。それでいいと思った。倫理的にはアウトなやり方であっても、この場合においてはそうするべきなのだという確信が幸介にはあった。


 角を曲がって振り返り、シロの姿が完全に見えなくなったことを確認してから、別の道に折れた。学校とは、別の方向に向かう道だった。


【次回:秘密基地 - 1】

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