夕日はみない

のーと

センパイと早退

「先輩!! 私とエスケープしませんか? 」

人気のない階段、僕の休み時間の安息の地。

そこに、いつも通りめり込んできた君が発した言葉。つく溜息も在庫切れだ。

「珍しいね。真面目な君がそんな事。」

「そうですかー? 」

昼の光を避けたこの場所で、ふふふ、と上品に君は笑う。黒髪とスカートはふわりと揺れた。

「僕なんかとエスケープしてどうするんだ? 」

ただ、なぜ僕なのか。それを君の口から聞きたくて。

「えー? 知りたいですか? どうしても? 」

間延びする語尾に失望するような、失速するような。めんどくさいんだと誤魔化して応えた。

「ん、じゃあいい。」

すると、ぷくっと頬を膨らす。

「つれないなぁぁ〜。私の夢に近づくためです! 」

繰り返し聞くことはしなかった。それを言うのも億劫で、その言葉だけで受け入れてしまって。

「私1人じゃ無理っぽくて、」

そう言ってふっ、と俯き

「だから、手伝って欲しいんです。」

そのままこちらを見た。目がばちっと合う。

「我儘聞いてくれませんか? 」

そう言った彼女は僕が断らないのを知っているようだった。

「……いいよ。」

思う壷。まるで虜だ。

「さすがせんぱーい! 」

そういいながら君はその場でくるくるまわる。崩れそうな雰囲気をゆるりと抱えて。 かわいく、弱々しく、今すぐ抱きとめてしまいたいような。

「じゃあ、屋上いきましょ! 街を見渡してどこ行くか決めるんです! 」

彼女は僕からYESを感じ取って手を握って出口へかける。迷いなくドアの鍵を壊して初夏の空に飛び出した。

手を離される。

君は、太陽を真上に抱える空を背景にこっちを振り向いた。スカートが丸く膨らむ。プリーツが広がる。光を反射して髪がなびく。

「先輩、生まれ変わったら何になりたいですか? 」

逆光の中、君は質問を投げつけてくる。

「...アラブの石油王? 」

「あははは。夢があるような無いような。」

彼女の笑顔は、不明瞭だった。

「君は? 」

問われたいのだろうと邪推して聞き返す。

「プリンセスになりたいです。」

即答したその瞳は逆光に負けず真っ黒で真っ直ぐだった。

「夢いっぱいじゃないか。」

「だって、強くて、愛されてる。最後には王子様がお迎えに来てくれるんです。素敵だなぁと思いませんか?」

美しく笑う顔はほとんどに影がさしていた。

「ははは。」

どうしようもなくて、笑う。

「私本気ですよ。実は、 プリンセスになるおまじないするために屋上来たんです。」

ずっと薄く微笑んでいる。

「先輩、目、つむってください。」

「なんで。」

分かっている癖に、と言いたげな顔。吹っ切れる寸前の、最期の戸惑い。

「私の夢に近づくためです。」

声はなんだか弱々しかった。未来が見えていないように聞こえた。

「…はいはい。」

目をつぶると風を強く感じた。

その3秒後くらいに手が握られ引っ張られた。つられて走った。一瞬空を飛んだ。






















最低だった世界にばいばい、エスケープ。

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夕日はみない のーと @rakutya

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