答え合わせ不問

渡貫とゐち

答え合わせ不問


『――頼むっ、相談に乗ってくれ!!』


 親友からの救難信号を何度か無視してやったが、さすがに十回以上もかかってくるとなると、いつもの「相談にかこつけた惚気話」ではなさそうだと判断し、耳を傾けてみる。

 新婚ホカホカ(弁当か?)の親友は、どうやら奥さんを怒らせてしまったらしい。


「で、なにをしたんだよ」

『それがさ……分からないんだよ。昨日の夜のことを、まったく覚えていなくてな……。酒を飲んでいたから酔っぱらって……たぶんその時に俺がなにかをしたと思うんだけどさ……』


「……『あいつ』は……奥さんはなんて言っているんだ?」

『絶対に許さない……――って、どうして怒ってるのかも教えてくれないんだ』


 相当不満だったのだろう……、こりゃ地雷でも踏み抜いたのかもな。


「つまり、お前が『奥さんがどうして怒っているのか自覚しない』と、あいつは許してくれないってことか?」

『たぶん……でも、絶対に許さないって言ってるから……たとえ理由が分かっても許してくれない気も……』

「さすがにそこは許してくれると思うぞ? 真摯に謝るんだな」


 酔っていなかったら絶対にしないことを軸に考えていけば、答えは出るか?

 酔っていないとできないこと――それは本人にしか分からないか。


「悪いが、おれは助けられないぞ? お前が酔っぱらって、しそうなことなんてたくさんあるし……それに、あいつが嫌がりそうなことはお前の方が知ってるだろ」


 元・三角関係とは言え……、現在、結ばれたお前の方が詳しいだろうに。

 おれも、そりゃ知っていることはあるけど……お前には劣るんだから。


『……相談は、別にもあってな……その、聞いてくれねえか? それとなく、俺からのお願いごとだって勘付かれないように、怒っている理由を引き出してくれ!』

「無茶言うな。このタイミングでおれがあいつに接触したら、『どうせあの人に、泣きつかれたんでしょ』ってばれると思うぞ?」


『かもしれないけど――ダメ元でいいから!』

「困るのはお前な気がするけどなあ……、また地雷を踏むつもりかよ」


 ただ、手詰まりなのは電話越しでも分かった。

 これ以上考えていても埒が明かないのだろう。

 おれが間に入って……、仲裁しなくとも、奥さんの毒抜きくらいは、おれでもできるだろう。


「やれるだけやってみる。沈静化するか、悪化するかは分からないが……、後の始末はお前に任せるからな?」

『すまんっ、助かったっ、ありがとう!!』

 じゃあ頼むな! と、親友が電話を切った。


 ……はぁ。スマホをタッチする指が重いが、まあ、久しぶりに彼女に電話をするのも悪くはない……、あらぬ疑いをかけられたくないから個人でのやり取りは控えていたが、あいつから頼んできたなら、しないわけにもいかないだろう。

 声を聞くのは久しぶりだ。



「……あ、おっす、久しぶり。あー、まあ、早速ネタバラシしちゃうけど、お前の旦那から泣きつかれてな、ちょっと探ってみた。どうして怒ってんだ?」


 隠してもどうせばれるので、最初からネタバレ全開だ。

 あいつが怒られるのはいいが、おれが怒られるのは嫌だ。

 ……この電話をしている時点で、怒られるかもしれないけど……。

 毒抜きをするために、八つ当たりがおれにくるかもしれなくて――。


『……ねえ、ちょっと相談に乗ってもらっていい?』


 親友の奥さん(だけどおれの親友でもある)が、弱った声で言った。

 ん? 意外と怒っているこっち側も、苦しんでいたりするのか?


「どうした?」

『あたしさ……あの人に、なんで怒ってるんだっけ?』

「…………」


『ほんと、許せないことがあったのは覚えているし、あの人の顔を見るとイラっとして、絶対に許せない気持ちになるんだけど……、なのに、まったく覚えていないのよね……、頭も痛いし』

「お前も飲んだのか……」

『うん、そりゃあ、家だし。最近はちょっとずつ練習して、飲めるようになってきて、』

「でも記憶を飛ばしたんだろ?」

『……うん』

「だから、お前は酒を飲むなとあれほど……っ! ……まあいい、今はそれよりも。……なんで怒っているのか、分からないんだよな?」

『まったく。でも、あの人の顔を見ると腹が立つってことは確実よ。絶対っ、昨晩、あの人があたしの地雷を踏み抜いたのよっ、じゃないとこんな気持ちにならないもの!!』


 …………。

 あたしが怒ってる理由、分かる? と聞いたのは……まさか……。


『え? だってあたしが覚えていないから、あの人に思い出してもらおうと思って』

「ああ、そう……。でも、あいつもきっと覚えてないと思うぞ。仮に理由を言ってきたとしても、答え合わせができないじゃねえか。だってお前、覚えてないんだろ?」

『覚えてないけど……、出してくれた解答に納得すれば許すわよ? だからね、あの人に伝えておいて――正解かどうかは問題視していない。あたしを納得させる理由と謝罪の言葉をください、って――。真実が欲しいわけじゃないの、愛が欲しいのよ――』


「その愛は真実じゃなくてもいいのか?」

『愛は真実が前提よ、知らなかったの?』



 …了

 初出:monogatary.com「許さない。」

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