ハコの中身は

柴まめじろ

第1話

 はじめまして。


 あ、鍵、閉めといてくれる? いくらテニスサークルで真面目にテニスやる奴がいなくても、あんまり聞かれたくない話だからさ。

 怖い話、普通の人はあんまり聞きたくないでしょ?


 閉めてくれた? ありがと。


 え、おみやげくれるの? この夏どっか行ったんだ? いいじゃん。

 じゃあ、そこの机に置いといて。


 えっと、まず自己紹介ね。私は宮河ナツ。法学部四年。「法学部」つっても、別にポケット六法持ち歩くような学科じゃないからさ。そんなに忙しくないわけ。まあ、一応持ってるけど。ポケット六法。


 だからサークルにも入れてるの。暇だからさ。まあ、テニサーだからね。きみのイメージ通り、真面目な奴なんて一握りだよ。


 ……私は真面目にやってたよ? テニス好きだからさ。


 自己紹介ってこんなもん? そろそろ本題入った方がいい? いいよね。


 きみはさ、怖い話、好き?


 好きだよね。わざわざ輩ばっかりの陽キャサークルの部室に単身乗り込むくらいだもんね。

 特に今は夏だし。「オカ研」の稼ぎ時だよね。


 お金は稼いでないって? いいじゃん、似たようなもんでしょ。


 そんな怖い話好きのきみの出鼻を挫くようで悪いんだけどさ、私は嫌いなんだ。怖い話。こう、背筋がゾゾッとくるというか。苦手なんだよね、アレ。それが怖い話の醍醐味だって言われたら、そうなんだけど。


 だから、これから私が話すことも、全然怖い話じゃないと思う。


 ︎︎期待外れって思わないでね。


 怖い話ではないけど、後味の悪い話ではあるから。


 じゃ、始めるね。


 私は一年生の時、ここのテニスサークルに入会したんだ。早く友達作りたかったし、なにより、新歓のビラ攻撃がうっとうしかったからさ。さっさとどっかに入って断る口実作ろうと思って。


 テニスサークルなら人も多いだろうし、友達もすぐできるっしょ?


 だから、ここに入ったんだ。


 きみみたいに陰キャサークル……ごめんね、大人しい人が多いとこに入ってもよかったんだけど。ああいうとこって、専門知識っていうの? そういうのが要るでしょ?

 絵の知識とか、文学の知識とか、ゲームの知識とか、漫画の知識とか、アニメの知識とか……アニメの知識とかさ。


 そんな睨まないでよ。そういう知識いっぱい持ってるのも、ある意味才能でしょ?


 ごめんって。「ある意味」は余計だよね。うん。「立派な」才能だよ。


 とにかく、私は「オカ研」とは真逆の「テニサー」に入ったわけ。


 私だって、テニサーへの世間のイメージは知ってるよ?


 実際、そんなに間違ってなかったし。同級生の子はさっそく彼氏作ってさ。飲み会も、毎日はなかったけど、それでも週4のペースだったかな。……あ! 二年の時に行ったキャンプは楽しかったなあ。サークル長がめっちゃ酔っぱらってさあ……あ、この話はいい? そっか。アイスブレイクとか、要らないタイプ?


 まあ、普通に楽しかったってこと。陽キャばっかりだったけど、みんな良い奴だし、変なしがらみもなかったしさ。

 練習はあんまりしなかったけどね。真面目に練習してる奴なんて、ほんの一部。


 でもね、そんな平和だったサークルに、ある日突然、嵐がやってきたの。


 私が三年生になった時かな。一人の女の子が入会してきたの。


 三坂真希ちゃんって子。


 一応テニスサークルだからさ。新入生の子も、毎年結構入ってくるの。その年は三十人ちょっとだったかな。

 ま、不真面目サークルだからそのうちの三分の一は幽霊になるんだけどさ。


 でも、真希ちゃんは印象に残る子でね。あ、良い意味じゃなくて、悪い意味で。

 ……最初のうちは、そうでもなかったんだよ。むしろちょっとやる気のある子だったし。


 言っとくけど、顔はあんまり可愛い方じゃなかったからね。背が小さくて、大学生なのに髪も染めてない、黒髪の少し野暮ったい感じの子。


 テニサーなんていかにも「大学デビューです」って感じの新入生が多いから、そういうあんまり垢ぬけてない子は珍しくて、ちょっと印象に残ったんだよね。


 真希ちゃんは、真面目な子でさ。練習にも毎回出てたなあ。

 そうかと言えば、意外とおちゃめ、というか冗談のわかる子でね。サークルでやる飲み会とか、キャンプとかも皆勤賞で、飲み会でちょっと面白いこと言って、みんなの輪の中心にいるタイプだったの。


 だからね、男子からの人気が結構あってさ。


 それで嫌われちゃったのかなあ、あの子。

 正直、そんなことで嫌うなんて、やっぱり女って怖いよね。


 さっきも言ったけど、真希ちゃん、練習にもちゃんと参加して「このサークルはもっと練習を充実させて、他のサークルとも交流を持ちましょう!」とか言っちゃう子だったからね。男子いるときだけだったけど。


 だからさ、いくら女連中があの子の事嫌いでも、何にも言えないの。だって、向こうは真面目に練習してるだけだし、不真面目にサークルに名前だけ置いてるこっちは、太刀打ちできないってわけ。


 でも、いるじゃん? ちょっと空気読めない子。「仕切りたガール」だっけ。クラスに一人はいたんじゃない? ああいうの。嫌われてもしょうがないよね。


 まあ、本当にサークルを良くしようとか、強くしようって思ってたなら、むしろ私も応援したよ。だけどね、真希ちゃん、何となく打算的というか、「常に集団の中心でありたい」っていう欲望が透けて見えてたんだよね。


 いつも男子の集団の中にいて、飲み会では、自分以外の女の子が少しでも注目を集めようものなら、すぐに自分の話にすり替えようとする、そういう子。


 ……ちょっと愚痴っぽくなったよね、ごめん。きみにこんな話しても、何にもならないのにね。


 ま、でもこれ意外と大事な話だから。


 三坂真希がどういう人だったのか、よく考えながら聞いてね。


 え? 私? もちろん嫌いだったよ。

 当たり前じゃん。自分が常に中心にいないと気が済まないなんて、これ以上ないほど面倒な人種でしょ。


 でも、ちょっと自分中心なくらいで嫌う方もどうかしてるよね。いくらマウント大好きっ子でも、サークルのために何かしようとしていた事実は変わらないし。


 真希ちゃんが嫌われていたのは、他にも理由があるからなの。


 どうしようもない男好きってやつ? それがたぶん、真希ちゃんがあんなことになった、一番の理由。


 彼女がいないフリーの男の子漁ってる時は、まだよかったの。

 サークルで彼氏彼女作られると、運営する側はちょっと面倒なんだけどね。きみも、三年になったときは気を付けてね。運営側につくと、男女関係の縺れに巻き込まれる羽目になるから。


 え? オカルト研究会に女子はいない?

 ……そっか。ええっと、まあ、オカルト好きな女の子っていっぱいいると思うし、その、来年の新歓、がんばろうよ。


 それでね、ある日、後輩の女の子が泣きながら私らのところに来たの。


 ︎︎その時の私はもう三年生だったし、サークルの副代表やってたの。さっき言った入学して速攻彼氏作った同級生も、サークルの代表になってた。

 だから、その女の子も私らのところに相談に来たんだよね。


 私らもびっくりしたけど、とりあえずその子を落ち着かせて話を聞いてみたんだ。そしたらその子、目をうるうるさせながら


「真希ちゃんに彼氏寝取られた」


 ︎︎って言うんだよ。


 もうびっくりしちゃってさ。その子が「もうサークル辞めたいです」っていうから、しばらく部活はお休みで、ってことになったんだけど、その後二人で目をぱちくりさせてたよね。


 だってあの子、明らかにモテるタイプじゃないんだもん。


 さっきも言ったけど、顔は可愛いわけじゃないの。それだったら、私らのとこに相談に来た子の方が断然美人だし。


 格好も地味だしね。私ら女子から見たら「そんなに可愛い?」って首を傾げちゃうレベル。まあ二目と見られないレベルでもないんだけど。


 でも、なんでかな。愛嬌だけはあるんだよね。特に男子の前では私たち女には絶対見せないようなドジもしちゃうし。「あれ絶対わざとだよね」って女子にヒソヒソされても、本人は気にも留めない。


 見た目も地味だから、「これなら俺にも落とせそう」って男子もハードルが下がるんだろうね。


 そう思うと、「オタサーの姫系女子」って無敵だよね。うちは別にオタサーじゃないけど。

 ︎︎きみも気を付けてね。


 真希ちゃんの被害はそれだけじゃ終わらなかった。

 ︎︎せっかく寝取った彼氏も一か月くらいでポイしちゃって、また新しい彼氏作ってさ。今度は二年の先輩の彼氏寝取って、その子の前で見せつけるように常に一緒にいるの。性格悪いよね。


 飲み会でも、自分が寝取ったくせに

「先輩もクリスマスまでに彼氏作らないとですよねえ」

 ︎︎なんて言っちゃってさ。その子、結局サークル辞めちゃった。


 ……なんできみがそんなに驚いた顔してるの?


 あ、男子にはわからない世界にびっくりしちゃったの? かわいいじゃん! そういう子好きだよ?


 違う? またまたあ、見栄張らなくていいって。


 そんな感じで、真希ちゃんはサークルの男全部食い尽くす勢いでさ。私たちも、何とかしようとはしてたんだけどね。


 ……ごめん、今の嘘。ほんとはね、私含め三年生の先輩連中は、特に何の対策もしなかった。自分に被害が及んでないんだもん。私たちが動いたのは、自分たちが被害に遭ったあと。


 サークル長の女の子の彼氏が、寝取られちゃったんだよね。


 真希ちゃんも、先輩相手にしたらめんどくさいと思ってたのか、先輩の男には手を出さなかったの。


 でも、これまでの数々の悪行に先輩が何の反応も示さなかったから、正直なめてたんだろうね。とうとうサークル長の彼氏に近づいたの。


 サークル長……光ちゃんって言うね。あ、これ仮名だから。可愛いでしょ? ひかりちゃん。


 光ちゃん、彼氏のこと大好きでさ。大学入学してからずっと付き合ってて、部内でも公認カップルだった。いいよね、そういう関係は、ちょっと憧れるなあ。


 あ、私にも彼氏いたからね? ここ、テストに出るから。


 彼氏とられた光ちゃんは、それはもう大泣きでさあ。慰めるの、大変だったんだから。三年生の女子だけで光ちゃんの慰め会開くことになったんだ。でも、どこから情報が漏れたのか、そこに真希ちゃんが来てさ。


「光先輩、なんか落ち込んでるんですかあ? それなら私も慰め会行きます! 先輩のこと、大好きなんで!」


 ︎︎とか言うから、その会も結局お流れになっちゃった。ほんと、嫌な女だよね。


 光ちゃん、部長なのにサークル来なくなっちゃってね。それくらい、彼氏とられたのショックだったんだろうね。さすがに私たちも可哀そうになっちゃった。


 同時に、あの子なんとかしなきゃいけないって、やっと思ったの。何とか平和に、このサークル辞めさせられないかって。


 いじめるのは、得策じゃないよね。行き過ぎて真希ちゃんが自殺でもしちゃったら、私たちが危なくなるから。就職活動してたからね、こっちは。自殺までいかなくても、訴えられたらこっちが詰みだから。


 正直に今までの行いを叱る方法もあるんだけど、モテる子への僻みって思われるのも、なんか癪だし。そういうとこ、女子の汚いところだよね。

 まあそんなわけで、良い案はなかなかでなかったの。


 そんな中、光ちゃんが帰ってきたの。


 見るからにやつれて、肌も全然手入れできてなくて、ニキビもあって……痛々しかったなあ。


 前はよく笑う、明るくてちょっと抜けてる可愛い子だったんだけど、その時はニコリともせずに、真希ちゃんを睨みつけるときだけ目がギラギラ光る、真逆の子になっちゃった。


そんなときでも真希ちゃんは

「先輩帰ってきたんですね! 嬉しいです!」とか言うもんだから、ハラハラしちゃった。


 その頃には真希ちゃん、もう光ちゃんから奪った彼氏にも飽きて、新しい男探してる最中だった。光ちゃんの彼氏、今はもう元カレだね、そいつは居づらくなったのか、真希ちゃんと別れたあと、さっさと辞めちゃった。


「……ねえ、三坂のこと、なんとか追い出せないかな」


 帰ってきた光ちゃんに、会計担当の子が不安げに話しかけた。

 私たち、何とか真希ちゃんを追い出せないか真剣に悩んでたからさ。もちろん、平和的な方法で、ね。


 でもね、光ちゃんは、私たちが思ってたよりも、追い詰められてたみたい。


「殺しちゃえばいいよ」


 すっごく小さい声だったけど、意志のある、強い声だった。


「そ、そんな……殺すなんて」

 私たちも、さすがに焦ったよね。嫌いだったけど、殺すほどの度胸は、私たちにはなかったから。


「大丈夫。良い方法があるの」

 この時だけは、光ちゃん、前の可愛い笑顔だったな。


「練習が終わったら、みんな部室に集合ね」って、光ちゃんはコートに行った。


 放課後、私たち三年生は光ちゃんに言われた通り、部室に集まった。みんな緊張した顔してさ。まだ殺すって決まったわけじゃないのに。


「鍵閉めといてね」って光ちゃんが言うから、最後の一人が鍵を閉めて、みんなで光ちゃんを囲むようにして座った。


「それで……殺すってほんと? そこまでしなくても」


「ううん、そこまでするよ」


 ハイライト消えちゃってる目で光ちゃんは、首を振った。


「殺すっていっても、どうやるの? 警察のお世話になるなんて、絶対やだからね」

 私が聞くと光ちゃんは待ってましたというように口を開いた。


「呪うの」


 正直、吹き出しそうになった。だって、呪いだよ? この平成の時代に、そんなの本気で言う人いる?


 でもね、その時の光ちゃん、妙に迫力があって、誰も笑わなかった。しかも、彼女の話をよく聞くと、ちょっと納得できるんだよね。


「私だって、人を殺すのは怖いよ。真希ちゃんを殺すことじゃなくて、法律で裁かれるのがね。でもさ、呪いだったら、その心配もないでしょ? だって、霊的なものは証拠がないから。成功したら、完全犯罪だし。失敗しても、私たちにはリスクゼロ、でしょ?」


 一理あるな、って思ったよね。


 自分たちに直接関係のないところで真希ちゃんがいなくなれば、大成功だし。

 ︎︎もし失敗しても、「あいつを呪ってやった」っていう実感があれば、それでよかったからね。


 結局、みんな真希ちゃんをサークルから追い出したいんじゃなくて、あの子がなるべく苦しむ顔が見たかったんだよね。


 あ、全然悪いとか思ってないから。


 ︎︎真希ちゃんのやったことも、それくらい酷い事だったと思うし。


「……どうやって呪うの?」


 いつも飲み会で幹事やってくれる由美ちゃんが、恐る恐る聞いた。


 みんなも考えてることは同じだったんじゃないかな。


 ︎︎自分に被害が及ばなければ、真希ちゃんなんて、いなくなっていいと思ってるんだから。「人を呪う」っていう非現実に舞い上がってたっていうのもあると思うけど。


 光ちゃんはにやにやしながら、小さな箱を取り出した。


「綺麗でしょ? 中学生の時にお土産で買ってもらったやつなの」


 漆塗りの赤い箱でさ。全面に百合の花があしらわれて、取手に金色のトンボの飾りがついてる「いかにも高そうな箱」だった。


 ︎︎一瞬、アクセサリーケースかなって思ったんだけど、その箱、絡繰り箱だったんだよね。

光ちゃんの家お金持ちだったから、そんな箱があってもおかしくないんだけど、それにしたって、箱でどうやって呪うんだって話。


「その箱が、呪いとどう関係あるの?」


 会計の子が訝しげに聞いた。みんなも同じことを思ってたみたいで、一斉に光ちゃんを見た。


 光ちゃんは形の良い唇を弧の字にして言った。


「コトリバコを作るの」って。


「コトリバコ」って知ってる?


 私はこの件が無かったら一生縁のない言葉だっただろうけど、「オカ研」のきみなら知ってるかな。


 ネットの掲示板で流行った都市伝説なんだよね。


 差別されていた部落の人たちが、自分たちを酷い目に遭わせた家の一族を根絶やしにするために生まれた呪いの箱。


 コトリバコを作って、復讐したい家に贈ると、その家の女と子どもが苦しんで死ぬっていうアレ。


 作り方も調べたんだよ? いや、光ちゃんが調べたのを聞いていただけだから、私たちは調べた訳じゃないね。ごめんね。


 えっとね、作り方……光ちゃん、なんて言ってたかな。


 まず、動物の血で箱をいっぱいにして、一週間放置。血が乾ききらないうちに蓋をして、箱の中身を作る。箱の中身は、子ども指とか歯とか、腸だったかな。

 入れる子どもの年齢も関係あって、十歳くらいまでの子だとね……あ、もういい?  そっか。聞いてて気持ちいい話じゃないもんね。結構えぐいし。あはは!


 なんで光ちゃんがこんなこと知ってるのか、最後までわからなかったけど、案外光ちゃんも私と同じように調べたんじゃないかな。


 今時手元にあるスマホで「嫌いな人、呪い方」とかで調べたらいっぱい出てくるでしょ。


 最初に光ちゃんから呪い方を聞いたときは、みんなドン引きだった。だってさ、真希ちゃん一人殺すのに、自分たちが犯罪に手を染めるなんて、それこそ死んでも嫌だもん。

 そもそも最初に光ちゃんが言った「リスクゼロ」と矛盾するもんね。光ちゃんもそれは分かってたみたいで、

「もちろん、何の罪もない子どもを殺すなんてしないよ。そもそも私の知り合いに十歳以下の子なんていないし」

 じゃあどうやってコトリバコ完成させるんだって話だよね。


 そしたら光ちゃん、おもむろに箱の蓋を開けてさ。絡繰り箱だから、「開ける」って言うよりは「分解する」の方が合ってるかもだけど、とりあえず「開けて」ね。箱の中身を見せてくれたの。


 なんにも入ってなかった。けど、すっごく生臭い匂いがするの。


 卵腐らしちゃったあの匂いと、魚と、あと鉄の匂いが全部混ざったような匂い。


 思わず口をおさえる子もいたくらいだから、相当臭かったよね。


「みーちゃんに協力してもらったの」


 みーちゃんっていうのは光ちゃんが飼っている猫のことね。毛並みがすごく綺麗な白猫で、大切にされているのが一目でわかる、ちょっとツンデレな猫ちゃん。


 正直、ここまでやるかって思ったよね。「協力」なんて生易しいこと言ってるけど、やってることは動物虐殺だもん。


 本気で真希ちゃん殺したいんだなっていうのが伝わった。


「ここにね、みんなの大切なもの、一つずつ入れてほしいの」


 きみは、大切なものってある?


 私はね、小さい頃から使ってるブランケットかな。くまのぬいぐるみの絵柄が可愛くて、どうしても捨てられないんだよね。「ブランケット症候群」っていうんだっけ? あれ? ちょっと違う? まあ、どうでもいいか。


 大切なもの、って言われてもとっさに思いつかないよね。しかもあんな小さい箱に入れられる大切なものってかなり限られるし。


 みんなもお互いに顔を見合わせて「どうする?」って感じだった。そんな中、一人の子が恐る恐るあるものを出したの。


「これ」


 小さいウサギのストラップでね。


「これ、修学旅行に行った時に、友達とおそろいにしたやつ。その友達はもう転校して、県外にいるんだけど……」


 確かに「大切なもの」かもね。私はそういう思い出の品っていうの? 一つもないんだけどさ。えへへ。


 でも光ちゃん、ちょっと困ったような顔して

「それだとちょっと呪いの力が足りないかも」なんていうの。


「これくらいじゃなきゃ」って光ちゃんが取り出したのは、その、えっとね、うんと……人の、ゆび。


 いや、マジの話だからね? 私もきみの立場だったら絶対「こいつ嘘ついてんな」とか思うけど……信じてよね? なんなら、その場にいた子今連れてきてもいいし。それはいらない? じゃあ、信じてくれるってことだよね。ありがと。


「その指、どうしたの? だれの?」

「……? 私のだよ。それしかないじゃん」

「で、でも、ちゃんと五本指、あるじゃん! 偽物でしょ……?」


 光ちゃん、困ったように笑ってね。


「これ、足の指だよ。左足の、小指」


 成功するかどうかもわからない呪いに、そこまでできるって、ある意味才能だよね。うん、ほんと「ある意味」でね。


 この時の光ちゃん、たぶん狂ってたと思う。


「だから、ね」


「みんなも、やって、くれるよね」


 今までにないほどギラギラした目で、光ちゃんがまっすぐにこちらを見つめてきた。あまりの迫力に気圧されて、私たちもつい「うん」って首を縦に振っちゃった。


「じゃあ、次の月曜にみんなの大切なもの、集めるから。絶対、持ってきてね」


 光ちゃんはそれだけ言って、部室を出ていったの。


 ねえ、きみは、みんなが「大切なもの」持ってきたと思う?


 持ってこないに決まってる? そりゃそうだよね。私もそう思う。


 でもね、私とあなたの予想を裏切って、みんな持ってきたの。


 由美ちゃんは綺麗なロングヘアをばっさり切って、ベリーショートになってさ。「髪の毛って呪い強そうじゃない?」って本人は笑ってたけど。


 会計の子なんか、右手の爪だよ、つめ。ほんっと、怖かったなあ。


 みんなどれだけ真希ちゃん嫌いだったんだって話。ん? なになに? 集団ヒステリー? 


ああ、たしかに。


「誰かを呪う」ってヒステリーでも起こさなきゃしないよね。


 私? やるわけないじゃん。


 仲間外れも嫌だったから、親戚の甥っ子の爪ちょっと切らせてもらって、光ちゃんに渡したよ。不満そうな顔されたけどね。君子危うきに近寄らずってね。……もう充分近づいてるって? あはは! そうかもね。


 ともかく、「コトリバコ」は完成したの。


 ︎︎光ちゃんの情報が正しいかもわからないし、手順も飛ばしているかもしれない。 


 それでも、呪いの気持ちが込められた「ハコ」は完成した。


 これだけでも充分怖くない?


 ︎︎怖くない? ︎︎そっか、ざんねん。


 完成した箱は、一週間後の練習の時に真希ちゃんに渡すことになった。「ちょっと珍しいお菓子が手に入った」って言ってね。

 ︎︎一週間の間は、日の当たらない、サークルの倉庫に放置。

 ほぼ使われない倉庫だし、かなり見つけづらい場所に隠したから、大丈夫ってね。


「コトリバコ」は、作った本人にも災いが降りかかるかもしれないからね。保険ってこと。


 ……本音言うとさ。私はやりたくなかったの。


 ︎︎真希ちゃんのこと、呪い殺すほど嫌いじゃなかったし。ずっと、渡す決心がつかなかった。


 所詮自分に被害が及ばなければ、どうでもよかったの。


 でもさ、被害、及んじゃったんだよね。あはは……。


 言っとくけど、今も真希ちゃんのことは呪い殺したいほど嫌いじゃなかったんだよ? きっかけがあの子だったってだけで。


 私さ、高校の頃から付き合ってた彼氏がいたの。


 所謂幼馴染ってやつで、小学校の頃から結構仲良かったの。

 大学も同じところ行こうねって二人で塾の自習室使って勉強してさ。無事、同じ大学に合格して、同じサークルに入ったんだ。


 付き合って五年近くになるから、お互い倦怠期はあっても、愛着は失ってなかったと思う。幼馴染だし、お互いの家族とも仲良かったしね。


 その彼氏が、真希ちゃんに、取られちゃったの。


 浮気されててさ。


 なんで気づいたのかって?


 教えられたの、本人に。あ、彼氏からじゃないよ? 真希ちゃんに。


 いざ「コトリバコ」渡す三日前にさ、真希ちゃんが珍しく私に話しかけてきたの。


 いつになくしおらしいからさ、私も心配になってね。

「どうしたの?」って聞いちゃったの。


 そしたらあの子、なんて言ったと思う?


「先輩、彼氏、いるじゃないですか」

「うん」

「その彼氏さんから、私相談されてて、私はそんなつもりなかったんですけど……」


 嫌な予感したよね。ここに来て被害者面か、こいつってね。


「その、彼氏さんが、私のほうがいいっていわれて……でも私、先輩のことほんとに尊敬してて、だから、せめてちゃんと謝ろうって」


 どの面さげて言ってんだって話だよね。

 だいたい、私のこと本当に尊敬してるなら、そんなこと私に言わずに、さっさと彼と私を別れさせればいいじゃん。


 彼女のやりたいことは、「謝罪」じゃなくて「見下し」だったんだよ。


 ︎︎面白いよね。


 すっごいショックでさあ。でも、光ちゃんもこんな思いしたんだって思うと、彼女に協力したくなっちゃって、私も「コトリバコ作戦」に真面目になろうと思ったの。


 ……ああ、ごめん。やっぱ嘘。


 やっぱさ、自分で話すと、なるべく自分が悪者にならないように喋っちゃうよね。反省反省。


 なるべく、フラットに喋ろうって決めてるから。


 正直、光ちゃんには最後まで同情できなかった。


 ︎︎可哀そうだけど、でもそれまでって感じ。


 てかさ、真希ちゃんよりも、もっと苦しめる相手がいると思うの。


 浮気した元カレ、とかさ。


 真希ちゃんに「コトリバコ」を渡して、あの子を呪い殺すのもありだけどさ、もっと効率的なやり方があると思わない?


 うちの彼氏、もう元カレか。結構なシスコンでね。もう社会人になるお姉さんがいるんだけど、そのお姉さんにべったりなの。


 小さい頃は「お姉ちゃんっ子なんだな」で済んだけど、大学生にもなって、彼女とのデートにお姉さん連れてくるなんてありえないよね。お姉さんも困った顔してたし。


 そのお姉さんがいなくなったらさ、彼、きっと死ぬよりも辛い思いすると思わない? ね?


 ……今考えたら、そんなシスコンさっさと別れとけばよかったなあ。まあ、私も馬鹿だったってことで。


「恋は盲目」だしね。


 それでさ、私も「コトリバコ」作ったんだよね。


 ほら、ちょっと前にあったでしょ?


「女子大生失踪事件」


 まだ見つかってないんだっけ? 犯人。


 でね、早速コトリバコを作ろうと思ったんだけど、壁にぶち当たったの。意外と難しいよね、コトリバコ作るの。


 まあ、そんな呪いアイテムが簡単に作れたら、とっくに世界終わってるもんね。あはは!


 動物の血はなんとか用意できたんだけど、問題は中身。なんの動物使ったのかは聞かないでね。私の名誉のためにさ。


 まさか甥っ子攫うわけにもいかないし、私、子どもの知り合いなんていないしさ。

  

 それに、なるべくいなくなっても悲しまれない人間がいいでしょ?


 そんな人間はいないって? 確かに、命に貴賤はないよね。


 でもさ、「消えちゃえばいいのに」って思う人はいなくても、「別に消えても困らないなあ」って人は、きみにもいるんじゃない?


 そんな人いない? そっか、残念。


 私はね、いたんだ。ひとりだけ。


 もうだれかわかってるんじゃない? わかってるよね。


 三坂真希ちゃん。


 もう一回言うけど、私は別に、真希ちゃんのこと、恨んでるわけじゃないんだ。


 嫌いだったけど、殺すほどじゃない。


 でもほら、周りは、違ったでしょ?


 光ちゃんも、由美ちゃんも、会計の絵美ちゃんも、みんな「コトリバコ」に協力していたじゃない?


 つまりさ、私の周りには、真希ちゃんがどうなろうと、何にも思わないどころか、喜ぶ人がいたの。


 そんな人間が近くにいるなんて、私ラッキーじゃない? 


 ︎︎元カレ呪うために、何の罪もない人間殺すのは気が乗らないけど、死んでもなんにも思われない人間なら、私も心置きなくコトリバコが作れるってもんでしょ?


 そうと決まれば即実行、思い立ったが吉日だよね。なんせあの子がコトリバコを受け取る前にやらなきゃいけないから。とりあえず近所で鉈買って、弟のバット借りて、真希ちゃんを吞みに誘ったの。


 もちろん、サシでね。いいよね、サシ吞み。今度やろうね。


 真希ちゃんと合う前に、鉈とバットを倉庫に隠して、私は待ち合わせ場所に向かった。


 二人で適当な居酒屋に入って、適当にチューハイ頼んで、さっそく本題に入ることにしたの。


 真希ちゃん、私の彼氏寝取った後だからさ、流石にビクビクしてたけど、私が怒ってないってわかると、すぐにいつもの調子に戻った。


 私、ほんとに怒ってなかったからね。


 ︎︎真希ちゃんが「丁度いい人材だった」ってだけで。


 私は神妙な面持ちで真希ちゃん打ち明けるの。


「コトリバコって知ってる?」って。


 真希ちゃん、不思議そうに首を傾げちゃってさ。あざといなって思ったけど、本当に意味わかってなかったのかもね。


 私はコトリバコの話をした後、光ちゃんたちが次の月曜に真希ちゃんにそのコトリバコを渡そうとしているってことを包み隠さず話した。


 真希ちゃん、みるみるうちに青ざめちゃってさあ。傑作だったな、アレ。


「ねえ、そのコトリバコ、今から二人で回収しにいかない?」


 いかにも「あなたを助けたいです」って顔して私はそんな提案をした。


「コトリバコを回収して、近くのお寺に持っていくの。大丈夫だよ。住職さんも、呪われてるって言ったら、今からでもお祓いしてくれるよ。だからね」


「一緒に行こう」って言う前に、真希ちゃんは席を立った。


「回収、しにいきましょう。先輩、申し訳ないんですけど、その……コトリバコの場所まで、案内してくれますか……?」


 ここまでで作戦の半分は成功したもんだよね。あの時の私、我ながら女優顔負けの演技力だったなあ。すごいぞ! 私。


「……先輩、部室の鍵とか、持ってますか?」

「大丈夫、ちゃんとパクッてきたから」


 実はさ、今回の計画のために部室棟の鍵、盗んできたんだ。そんなものどうやって盗めたのかって? 人にはね、色々と弱みがあるんだよ。警備員さんが不倫してるとかね。


 ま、それは嘘にしても、うちの警備、案外緩いからね。きみも今度やってみたらいいよ。


 夜の十二時過ぎくらいかな。かなり遅くまで飲んでたから。それくらいの深夜なら、警備の目もうすいかなって。今考えたら、希望的観測過ぎる、甘々な計画だよね。次はもっと綿密にやらなきゃ。次なんてもうお腹いっぱいだけど。


 私たちは部室棟を抜けて、テニスコートの隅にある古ぼけた倉庫に入った。


「……ここの奥だよ。かなり見つけづらいとこに隠したから、ちょっと待ってね」


 私は、さりげなく真希ちゃんを先頭にして、倉庫の奥に進ませた。


 ︎︎真希ちゃんが前を向いている間に、金属バットを握りしめてね。


「先輩、みつかりませんけど。……ほんとにコトリバコなんて、作ったんですか?」


 薄暗い倉庫の奥でしゃがみこんで「コトリバコ」を探す真希ちゃん、面白かったなあ。


 ︎︎普段あんだけ人を見下してるくせに、自分の命が関わったら、必死になって探すんだもん。


 前を向いたままの真希ちゃんの頭めがけて、私はバットを振り下ろした。バットって重いよね。普段からあれ振り回してる高校球児って、やっぱりすごいのかも。弟のこと、ちょっと見直しちゃった。


「あがっ」


 今までの真希ちゃんからは聞いたことのない、下品な声が出た。人が死ぬときってさ、案外、綺麗には死ねないんだね。


 もちろん即死には至らなかったから、何度も、何度も、あの子の頭を狙ってバットで殴り続けた。


 真希ちゃん、何回もあの下品な声で叫び続けてさあ。あれは人の声っていうか、カエルの声だよね。


 小学生の時に自転車で轢いちゃったカエルにそっくり。


 あたりには浅黒い血だまりがいっぱいできて、「これ、どうしよっかな」ってなってさ。


 真希ちゃんはもう何も喋らないし、自分でやりだしたことなのに途方に暮れちゃってさ。


「どうしよっか、真希ちゃん」なんて意味ないこと言ってさあ。


 まあでも、私の目的は真希ちゃんを殺すことじゃなくて、「コトリバコ」を作ることだからね。とりあえず用意した鉈で真希ちゃんのパーツをばらすことにしたの。


 人ってさ、プラモデルみたいになってるんだよね。しんどくなさそうな指から切り落としたんだけど、意外と軽くてびっくりしちゃった。


 あ、脚とか腕は別だよ。鉈に思いっきり力をいれないと、びくともしないんだから。だれか共犯として男の子でも連れてくればよかったなあ。


 ︎︎きみとかさ。


 でね、ここからが第二関門。

 ︎︎コトリバコに入れる指は回収できたんだけど、残りのパーツをどうするか、だよね。


 正直、胴体とか太ももは小さな箱には入らないし、重いしで、なかなか面倒くさいパーツなんだよね。だからさ、倉庫に元々あったブルーシートで包んで、とりあえずその日は放置。


 怖かったよ。いつバレるか、戦々恐々って感じ。


 まあでも、倉庫はコートの遠くにあったし、ドアも重たいからね。匂いでバレることはなかったんだ。


 真希ちゃんが来なくなって、光ちゃんたちは不思議そうにしてたけど、それでも悲しまなかった。


 そういうことだよね。誰も心配しなかったんだもの。少なくとも、私の周りではね。


 真希ちゃんの家族や、昔の友達……ねえ。


 ︎︎あのさ、それってそんなに大事? 

 ︎︎真希ちゃんの家族や昔の友達なんて、私顔も知らないんだけど。


「コトリバコ、回収しなきゃ」


 光ちゃんが、思い出したように口にしてね。


 ︎︎やばかったよ。光ちゃんが倉庫覗いたら、死体が見つかっちゃうでしょ。

「あ! 大丈夫。私やっとくから」

「でも、コトリバコ作ったきっかけは私だし……ナツにやらせるわけには……」

「ほんっとに大丈夫! 私、いい隠し場所見つけたんだ」


 まだ何か言いたそうな光ちゃんを置いて「じゃ、私今日の夜に上手いこと捨てとくから!」ってその日は帰ったの。

 ︎︎死体回収の準備するためにさ。準備って言っても、大きいごみ袋いくつか持っていくだけだったけど。ほら、死体はバラしたあとだったしさ。


 真希ちゃんで作った「コトリバコ」も、倉庫に置きっぱなしだったし。綺麗な絡繰り箱って意外と通販にあるもんだね。小さい子の誕生日とかにあげるのかな?


 真希ちゃんを殺した……違うな。「協力」してもらった日と同じ要領で学校に忍び込んで、死体をごみ袋に詰めて、近所の山に捨てたの。


 ︎︎一回じゃ持ちきれないから、何回かに分けてね。

 いやあ、大変だった。あんな重労働、もうやりたくないよ。血が床にこびりついて全然取れなかったし。山に持っていくのも大変だったんだからね。死後硬直しててさ。


 ︎︎固いし重いし、最後まで周りに迷惑かける女だったなあ。


 作ったコトリバコ? 家の庭に置いといたよ? 次の日に彼氏の家行く予定してたから。


 ︎︎半日くらいなら、呪いも発動しないっしょ?


 それにさ、私も「人を呪わば穴二つ」くらい覚悟してたから。


 その日は、泥みたいに眠って、朝起きて、いつもよりとびっきりのお洒落をして、彼氏の家に行ったんだ。まあ、彼氏の家、二軒挟んだお隣なんだけどね。


 彼氏の家について早々、「あんたさ、今月誕生日だったよね?」って聞いた。


「ピアス買ったからさ、これあとで開けてみて」

 ︎︎って言って、真希ちゃんの指と爪と、髪の毛が入った絡繰り箱を渡した。


 彼はしばらく開けようとして箱と格闘してたんだけど、すぐ諦めて「了解。ありがと」って玄関前の棚に置いちゃった。


 あのさ、呪い、成功したと思う? しなかった? どうして?


 ああ、コトリバコは中に入れるものが子どもじゃないといけないもんね。


 ︎︎でもさ、例え中身が違っても、呪いの気持ちはあんまり変わらないんじゃない?


 真希ちゃんも成人してたけど、精神年齢は十歳みたいなもんでしょ? あはは!


 ……そんなに怒んないでよ。たぶん、私に理不尽に殺された真希ちゃんの恨みは、計り知れないと思う。


 ︎︎しかも、私にとって真希ちゃんは、殺したいほど憎んだ相手じゃなくて、ただの道具だったわけだし。


 ︎︎ま、それは真希ちゃんもわかんないか! あはは!


 呪いはね、成功しなかったよ。でもね、ある意味、大成功だったかも。


 死んだのは彼のお姉さんじゃなくて、彼の方だったの。


 ︎︎血吐きながら死んじゃったんだって。私が帰った数時間後に突然苦しみだして、そのままポックリ。


 彼の死に顔さ、すっごく苦しそうで、とても見れたもんじゃなかったんだって。


 お葬式にも一応呼ばれたんだけど、彼の顔は、お母さんの希望だとかで白い布が被せられてた。


 さぞかしお姉さん悲しんでるだろうなと思って、彼女の顔をみると、静かに涙を流しながら、じっと俯いていた。


 綺麗だったよ。私もああいう女になりたいよね。


 でもさ、お葬式が終わった後、私、お姉さんに呼び止められたの。


「あのさ、弟のことなんだけど」


 私さ、何て言えばいいかわかんなくて、「ああ、えっと……その節は……」って意味不明な受け答えしちゃった。


 でもね、お姉さん、その時の私よりも意味わかんないこと言ったの。


「よくやったね! ありがと!」


 ︎︎って。


 向日葵みたいな素敵な笑顔でいうもんだから、私、余計頭こんがらがっちゃってさ。なんも言えなかった。


 目をぱちくりさせている私の耳にゆっくり近づいて、彼女は言ったの。


「感謝してるからさ、黙っててあげる。あの箱のこと」


 今でも、お姉さんがどうして私のしたことを知っていたのか、理由はわからない。

 お姉さんと彼との間に何が起こったのかなんて、私の知る所じゃないし。


 でもさ、女はみんな、大女優だよね。


 真希ちゃんにしても、お姉さんにしても、さ。


 ま! こんな感じで、この後味の悪い話はおしまい!


 この話の教訓としては……そうだなあ。


「悪い女には気を付けましょう」って感じ?


 え? なに? 終わりだけど、この話。まだなんかある感じ?


 真希ちゃんを殺すより、光ちゃんが作ったやつを使えばよかった、かあ。


 だめだよ。光ちゃんの恨みは、光ちゃんのもの。その気持ちは、私が勝手に利用していいものじゃない。


 それに、光ちゃんは私ほど「本格的なコトリバコ」を作ったわけじゃないでしょ。


 ︎︎私だって、子どもを手にかけてはいなかったけど、それでも死人を出してるから。


 ︎︎まあ、正しい中身を入れたわけじゃないから、効果は変わったけどね。


「コトリバコ」は成立しなかったんだよ。


 ︎︎だって、子どもを入れてないんだもん。


 でもさ、呪いの気持ちは、光ちゃんにしても、私にしても、本物だよ。


 ︎︎五寸釘ってあるじゃない? 木に藁人形なんか打ち付けてどうなるんだって話だと思うんだけど、あれはさ、その行為よりも、


「どれだけ呪いたいか」


 ︎︎が重要だと思うの。


 呪いってさ、過程よりも、

「人を呪うためにどれだけ面倒なことができるか」

 ︎︎

じゃないかって思う。


 それが、今回コトリバコに失敗した私の、教訓かなあ。


 真希ちゃんを殺したことについては何も思ってないのかって?


 思ってないよ。


 言ったじゃん、嫌いだったって。


 頭おかしい? なにが?


 私は殺す人間はしっかり考えたよ。


 ︎︎少なくとも私の周りの人は誰も迷惑しない、いなくなれば平穏になる人。


 何の罪もない人には一切手は出してない。快楽殺人より、よっぽど健康的じゃない?


 ……あ、あとこれ、やっぱり要らないから。


 ︎︎せっかくのお土産だけど、持って帰って。


 さすがに今日初めて会った後輩に、こんなに綺麗な絡繰り箱、もらえないから。


 ねえ。


 三坂君。


 きみは、この「コトリバコ」を作るために、どれだけの罪のない子どもを手にかけたの?


 ……最低だね。


 さ! もう帰って。そろそろ部室棟、閉まる時間だよ。


 ……なに? 最後に一つ?


 まあ、それくらいならいいよ。手短にお願い。


「なんで僕にこの話をしたんですか」かあ。


 私さ、これから、警察に自首しようと思って。


 私、サイコパスじゃないから。やっぱり殺人を犯したっていう罪悪感に、耐えられないんだよね。


「罪は裁かれないと許されない」


 でもこれってさ、「裁かれたら許される」ってことじゃない? 甘いかな?


 てかさ、なんで私があんな女のために一生罪の意識抱えないといけないのって話。


 でね、ついでだから最近の児童誘拐事件の犯人も、喋っちゃおうと思って。


 どうしたの? そんな青ざめた顔してさ。


 ねえ、三坂君。


 私の話を聞いたうえで、お姉さんのこと、許してくれたらさ。私は警察には行かないよ?


 どうする? もうすぐ部室棟、閉まっちゃうけど。


 ……うん。お利口さん。


 共犯だね、三坂君。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハコの中身は 柴まめじろ @shiba_mameta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ