アネキネコ

桜星 猫

第1話アネキネコ

だからどうって話ではありませんが、僕の姉はネコなんです。比喩とかそう言った物ではありません。僕の姉がなんです。


姉にはネコのしっぽとネコの耳があります。夏はのびのびと、冬にはこたつの中で丸くなっています。好きな食べ物はねこまんまと牛乳ですし、好きな人はと聞けば3丁目の山田さん家の

「タマ」

と猫を答えます。


しかし、僕以外に姉がネコであることを知っている人はいません。親友のみっちゃんも、お母さんも、お父さんも、僕以外の全員がこのことを知らないのです。眉目秀英、文武両道、温厚篤実な姉をまさか誰もネコとは思わないでしょう。言わずもがな、僕も姉のことが大好きです。誰からも愛される。それがみんなにとっての姉なのです。


それとこれとは別で、やはり聞かずにはいられないこともあります。


「僕と姉は本当に兄弟なのか。」


ということです。昔からそうなので。僕にとっては、どこか触れてはいけないようなむず痒い問題なのです。なので、あまり聞かないようにしています…が、


いつもの風通しの良い窓の縁で姉は本を読んでいました。

「ねーお姉ちゃん。」

「にゃーっ…ん?どうしたの?」

姉は少し眠そうにこちらを向いていました。

「聞きたいことがある…」

「どしたのそんな重い顔して?」

姉はいたっていつも通り答えます。当然ながら。

しかし僕は恐怖と恥ずかしさとで、どうにかなりそうでした。この先の発言次第で僕たち兄弟の運命が変わる。そんな局面に僕はいるのですから。

「あ、あのさぁ………さぁ…ッ!」

「お、おっ!どうした!どした?!」

「……ッ!!ぶはぁっ?!!」

緊張に弱い僕には呼吸さえままなりません。

「どうしたのさ、急に?」

「い、いやぁ…その、僕とお姉ちゃんってさ…」

「うん」

ほんの、実に少しの間、その部屋の全てが僕に集中しているかのような感覚がしました。

「…本当に兄弟?」

「………」

姉は下を向き黙りこくっていました。そして僕は理解したのです。


ー地雷を踏んだー


姉は何も言わなくなりました。

「い、いやあのね!違うんだよ、普段から気にしてるとかじゃなくて!…お、お姉ちゃん?」


その日姉が口を開くことはありませんでした。

寝てたので。

本当に猫のような人だななんて、本当にネコな姉を見て思いながら、そうやって僕と姉の平和な日々は続くのです。


課題が出ました。

それは僕が夏休みを迎える1週間ほど前のことです。

「家族についての紹介文を書いてくるように!」

僕担任であり、あやとりの師匠ちえちゃん先生からの課題でした。周りの生徒たちは両親のことについて自慢まぎれに談笑していましたが、僕は違いました。

「どしたの?悠介さん?」

優しくも無慈悲に話しかけてくる師匠に僕はどこか夕方に家でふて寝しているであろう、来るはずのない姉を待っているかのような、虚しさを感じました。

「お姉ちゃん…」

「先生ですよー?」


僕は家に帰り、すぐさま机にペンを向けるのですが。手は進みません。昔ながらのオルゴールのような町内放送が響き渡り、気づけば僕はペン回しガトリングをきめていたのです。

大前提として、僕は課題が出た時から姉のことについて書くと決めています。それは姉を周囲に自慢しよう。という実に浅はかな考えではありましたが小さな僕にとっては、切実な願いでした。しかしそれは僕にとって、兄弟にとってとても大切な問題を孕んでいました。


「ヒトである姉か、ネコである姉か。」


僕も姉が猫であることは認めていますが、それを直接姉に問うことは、ヒトである僕と姉の違いを明確にさせる気がして、姉が遠くなるように思えて、怖いからです。


食後、姉は窓辺で本を読んでいました。僕は空気をこれでもかと吸い込み、ゆっくりとドアを開けると、姉は耳をこちらに立てて様子を伺います。そしてしっぽを一度振ってあくびをしようとしたところを…

「お姉ちゃん!」

「ふぁにぁ?!!」

姉が耳をビクンッ!と直立させ、窓から落ちそうになるのを横目に、僕は肺にあったすべての空気が無くなる前に課題のことを無我夢中で説明しました。

「へっ…?」

「だからぁ…はっ、僕はどっちのお姉ちゃんを書いたら、いいの?」

姉は終始、驚いた顔をしていました。僕は真剣な眼差しを向けます。今回は寝かせません。

「んっ、んー…」

困ったように月を見る姉でした。僕も目の輝きをいっそうにます努力をしました。

「どっちでもいいかなぁ〜」

それはすごく、すごく柔らかな声で発せられました。しかし、

「な、なんで?!隠してたんじゃないの?ネコのこと!どっちでもいいって、どういうこと?」

僕には信じられません。少し声を大きくしてしまいましたが、今度の姉は動揺しませんでした。

「どっちでもいいよ。ネコの私でも、ヒトの私でも。」

僕は呆気に取られた顔で姉を見ていました。何もいえずにいる僕に姉は続けます。

「ゆうくんにとって私は何?私にとってゆうくんはゆうくん。私の弟だよ。ヒトでも、たとえそうでなくても。だから私はゆうくんの好きな私を書いて欲しいな。」


とても柔らかな笑顔を浮かべた姉を風でなびくレースがかすめました。僕にはそれがとても美しくて。何かを掴んだような、何かで包まれたような気持ちになりました。


結果、僕は両方の姉を紹介しました。それは、どちらも僕にとって大好きな姉に違いなかったからです。僕の発表を聞いて信じる人、そうでない人、さまざまな反応がありましたが、一つ誤算があるとすれば、この発表が授業参観日にされたと言うことと、僕がこのあと一家一大の家族会議に出席することにならことをまだ知らないという事ですが、それはまた別のお話。


なんだかんだありますが、僕が一番伝えたかったのは、人にはさまざま一面があると言うことです。ヒトであることも、ネコである一面も、全ては同じ一人の人間なんです。だから僕にとって姉は姉、僕はそんな姉のことが大好きなんです…にゃ。











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