記憶のしずく

怠け蟻

prologue

 夏。黒い道路が白く光り、目の奥は少し冷たい。

 雑踏の中で白いワンピースを揺らす麦藁帽の女の人が波に浮いて見えた。

 目を閉じると海のにおいがする。波の音が雑音を流し、風が心地よく肌を刺す。目を開けて少し探してみたがさっきの女の人はいなかった。

 休日の江ノ島はいつ来ても必ず混んでいた。片瀬江ノ島駅を出て交番を過ぎたところにある石の敷かれた通りはカップルであふれている。江ノ島へ延ばされた橋の下の砂浜にはたくさんの人が散らばっていたが、海に入って遊んでいる人は少なかった。もう少し沖の方へ目をやると数人のサーフィンをしている人がいた。橋を渡り切った先のエリアもまた、カップルや外国人観光客で埋め尽くされている。

 LINEの通知。『ごめん遅くなって もうすぐ着く』手のひらを合わせる絵文字が添えられていた。通知をタップしLINEをひらく。『大丈夫だよ』自分もグッドマークの絵文字を添える。

 また雑踏に目を泳がせていると色の薄い茶髪の女の人が気になった。健康的な顔色に大きな目。スカートの下には白く引き締まった美しい脚が見える。大きめの黒いバッグを軽そうに背負い、こちらに手を振っている。…彼女の、春海はるみだった。

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