フラットランナー

ミツヤヌス

Chapter 1

 視界の端に、薄桃色の光がちらつく。木々は後ろへ後ろへ流れてゆくのに、水平線から伸びる朝の光は、いつまでも私を追いかけてきた。

 陽光が夜気を振り払うのは、まだ少し先のこと。十月末の朝は、スロウスタートだ。冷えた空気から逃げ出すように、懸命に足を踏み出していく。

 爪先が地を蹴る振動が、太腿から伝わる。大分、扱いが上手くなってきたと感じる。

 それでも、目の前の背中には追いつけない。

 さっきまで脇に並んでいたと思っていた人影は、気づくと僅かにリードを始めていて、今はもう、伸ばした手の届かない距離を走っていた。少しずつ、このまま引き離されていくのが、いつもの流れだった。

 いい加減、その流れから抜け出したくて、私は少しペースを上げた。

 吸って、吐き出す冷気が痛い。縮まる距離と引き換えに、脇腹に走る痛みが体の限界を訴える。

 それでも、それでも。すぐ目の前で、髪が風になびいている。汗の匂いがよぎる気すらした。

 それでも、それでも。再び少しずつ差が開き始める。遠ざかる背中を見送りながら、私は走るペースを落としていった。

 肩を並べられる時間は、徐々に伸びてきている。けれど、追い越すことはまだできそうになかった。乱れた足取り、いつも以上に上がる息。たとえ追いつけなくても、足を止めることはしたくなくて、そのまま走り続けた。

 以前は随分加減をしてくれていたんだな、と痛感する。私に付き合ってくれていたとき、彼女は物足りなくはなかったんだろうか。

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