カメレオン色の青春
想月ベル🌙
第1話 宝石みたいだと言うには少し不気味
ドアを開けるとそこには黄昏色に染まった女性の裸が見えた。
出会いのきっかけは先輩の嫌がらせから始まるものだった。
『おい、お前今度の夏の舞台で使われる絵画をあの美術部に所属している夜叉川萠音に描いてほしいと頼んで来い』
高校生になって一ヶ月、三年の部長が僕にそう頼んだ。
夜叉川萠音は一年の僕でも知っている。なぜなら学校中の人が皆変わっていると評判だから。その理由はいくつかある。一つはこの町は盆地のため地形的に夏は砂漠並みに暑くなる。しかしあの人は40度を超える猛暑日でもセーターにタイツそしてストールを巻いている。そしてイスラム教徒みたいなスカーフを巻いている。
二つ目はその見るからに暑そうな恰好でいつも本を読み歩いている。文庫本や新書、たまに辞書みたいな厚い本を読んで歩いている。いけないことだがスマホでゲームとかSNSを見ながら歩くなら分かるがあんなに熱心に本を読んでいてしかもその夜叉川先輩がスマホを使っているのを見たことがほとんどの人はいない。
だから悪戯心で彼女がスマホをいじっているのをこの目で見たいという人も少なからずいるがまだ誰も彼女のスマホケースの色すら分からないらしい。
そして彼女が変わっているという最大の理由はいつも本しか読まない本の虫なのに絵画コンクールで何度も大賞やグランプリを取っている天才だから。
彼女は沢山のコンクールで総舐めしていて彼女の名前が応募用紙にエントリーしたら必ずと言っていいほどそのコンクールが荒れるという噂が。おまけに賞を取りすぎて一部のコンクールは出禁になったとかという都市伝説まがいのも流れている。
正直僕はあまり絵の良し悪しは分からないが舞台でどうせ絵画を使うならそんな天才に依頼するのは妥当だろう。しかし誰もが行きたくないという顔をしていたのは少しばかり気になる。確かに少し回りの人とは違う雰囲気を出しているが彼女の悪い噂は聞いたことがない。皆僕が夜叉川先輩に会いに行くと伝えると皆から可哀そうという同情や憐みの顔をしていた。
『え、お前あの夜叉川先輩に会いにいくの?」
『うわ、可哀想。ご愁傷さま」
『ちょっと聞こえてるだろ』
なぜそんな反応するかは聞かなかった。聞いていきたくない気持ちになる前にさっさと行って用事を終わらせたい。そう思いながら廊下を歩いた。
やっと歩いて一階の奥にある美術室の前にあるドアを見つけた。
かなり奥の方にあるため気づかない生徒が多いらしい。そもそも美術室の存在を知らないまま卒業する生徒がむしろ多いだろうか。
そのまま僕はドアノブに手をかける。すると最初に目にしたのは…
「あ、」
女性の声が聞こえたのを同時に僕の視界に飛び込んできたのは女性の裸だった。
「え?」
少しの沈黙が流れたあと僕はようやく今の状況を理解した。
「すみません!失礼しました」
僕は条件反射のようにドアをすぐさま閉めた。
どうしよう、どうしよう…僕の頭の中には焦りと混乱が生じていた。
もしさっきの女性があの夜叉川先輩先輩だとして僕は何をされるんだ。まず引っ叩かれるのは確定、土下座だってしないといけない。もしかしたら先輩が周りの人や先生にこのことを話してしまったら僕は退学をせざることになる。入学してまだ一ヶ月半なのにせっかく演劇に強い睡蓮高等学校に入学することができたのに…
そんなことを考えている場合じゃない。まず先輩に謝罪をしないとあとはそれからだ。
「大変申し訳ござ…」
謝罪の言葉をしようとした瞬間ガチャとドアが開く音がした。
「ごめんねー嫌なものみせちゃって…君もしかして一年?」
「はい?あの…」
そこにはちゃんと服を着た夜叉川先輩がいた。髪はきっちり整えられているボブヘアだった。紺色のワイドパンツに黒くて白い英語の筆記体で書かれたロゴのTシャツという恰好で僕の顔を覗いている。
「まあ、とりあえず中入って」
「え?」
「入らないの?」
「い、いえお邪魔します」
僕はおそるおそる美術室の部屋に入室した。
「ちょっと散らかってるけど好きに座って」
美術室というからもっと広いのを想像したが予想と大きく違った。中学の頃に見てきた美術室の剥がれかかっている木製の机や椅子はなく、アンティーク風なブラウンの棚と机、キャンパス台。床には様々な絵の下書きの紙が白い花びらのように散らばっている。ラフ画というものなのか?この前絵が好きな部員の女子が言ってた気がする。そして、壁には沢山の絵画が飾れていた。縦50センチメートルを超えるような大きなサイズやポスターカードサイズのもしっかり額に収めて飾られていた。美術室というより小さな美術館という言葉がしっくり来る。
夜叉川先輩のインテリアのセンスの良さがとても引き立つような部屋だった。
「それで、君何か私に用事があってきたんじゃないの?」
最初に話したのは夜叉川先輩だった。
「あ、あのさっきのことは怒らないのですか?」
「え?ああ、むしろ私の方が謝るべきだよ。見ちゃったでのしょ」
ここで言う見ちゃった物は先輩のあれやこれやのことそして僕は先輩がどうしてあんな厚着をしているかを先輩も理解したはず。
「あの肌が…」
「そう、私の体中には爬虫類みたいな鱗が沢山あるの」
先輩は淡々そう言いながら袖をめくって僕に片腕を見せた。
「私があんな厚着をしている理由がわかったでしょ。でもまさか一年の子に知られるなんて誤算だった。一部の先生しか知られていない秘密なんだけどね」
先輩の腕は確かに所々鱗みたいなのがあった。人間の肌と鱗。こんな異色の組み合わせなんて僕にとっては後にも先にもこれが最後だろうと思うが。病気みたいな物だろうが、もしかして…
「言っとくけどどっちがの親が爬虫類なんてないからね。そんなファンタジーアニメみたいなことないから。両親はれっきとした人間。というかそんなことより私ばかり話してしまったね。」
「演劇部の部長から貴方に舞台用の絵画を依頼したいと。それをお伝えするために此処に来ました」
「それで君は運悪く私の裸を見て、私の秘密を知ってしまったわけか」
「本当にそれはすいません。あの時ノックでもすればよかったのですが。というか普通しますよね。教室だからする必要なんて思った僕が愚かでした」
僕は自分が思う90度の角度で頭をさげた。
「いやいや、普通さあなんで裸の姿で絵を描いていたんですか?ってツッコむとこじゃないの。まあまあこれはおあいこって言うことにしよ、ほら顔あげて」
しばらくなんとも言えない沈黙にこんな過ち犯した自分が顔を上げてもいいかとためらっていたその時彼女が沈黙を割いた。
「そういえば君の名前は何?教えてほしいな。だからちゃんと顔あげて」
慌てたようにカタコトに喋る彼女には流石にこれ以上頭を下げていると迷惑かもしれないからとりあえずゆっくり顔をあげてみる。
すると近くに彼女の瞳に目があった。
!しまった、見られてしまった
「あれ?君の瞳もしかしてヘーゼルアイ?」
夜叉川先輩が首を傾げる
「………はい、そうです。目、コンプレックスなので見られたくなかったのですが…今日カラコン着けてなくて」
こんな日に間が悪いな。今日は部活だから着けない方がいいと思ったからしなかった。はぁ運が悪いな、こんな時に見られてしまうなんて。
「ええーコンプレックス?こんなに綺麗なのに。まあそうかブラウンアイが殆どの日本じゃあ珍しいし、見られたくないないよねー。本人なら、なおさらか。ごめんね」
「い、いえ別に見られたものなら仕方ないです、でも大体の人には不審がられるというか…あまり良い印象は受けないですね」
この目を見られて何回嫌な視線を受けたんだろう。
「でもさあ、私は羨ましい思うよ。だって、一見すると茶色の瞳なのに光の角度によっては緑色ってまるでファンタジー小説にみたいじゃん。そんな暗く考えなくてもいいじゃない、君の個性なんだから」
「…………」
こんなこと言われたのは初めてだ。幼少期からずっと変な目で見られたし、気持ち悪いとか言う人も居た。
でも綺麗なんて初めて言われた。少し嬉しくて恥ずかしいなあ、でも悪くない。
「そういえば、絵の依頼だっけ?」
「は、はい今度の舞台で絵画を使うらしく、その絵画を先輩に描いてほしいという依頼を演劇部の部長から直々に頼まれて」
「なるほど、いいよ。しばらくコンクール無いし」
「本当ですか。ありがとうございます」
長袖の黒いティーシャツにカメレオン色の鱗をまとった少女。
少しでも袖をめくればエメラルドグリーン色の宝石が人の体に埋まっている。
でも宝石みたいで綺麗ですねと言っても先輩は喜ばないないだろう、僕の瞳とは訳が違う。
宝石みたいだと言うには少し不気味じゃないと自虐気味に言いながら笑う先輩を僕は想像した。
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