多難
私の進む道は多数の試練が待ちかまえていた。
それを知るのは、実際私がその試練に直面してからだった――
明里は家に戻ると、カーテンが締め切られているのを確認し、 自室に戻った。
自室に戻ると、ベッドに横になる。
すさまじい眠気が襲い、明里は眠りそうになったが、なんとかこらえて自分の勉強机に向かう。
「眠い……」
明里はそう呟くと、携帯に手を伸ばし、とある場所に電話をかける。
通信音がしばらくなったのちに、声がした。
『こちら葛葉――』
「葛葉先生……? あの外崎です」
『外崎か? どうしたんだ?』
「あの……午前中なのにすごい眠たくてどうしてかなって……」
『ああ、まだ吸血鬼に成り立てだから人間の伝承にひっぱられてるのか……ヴァンピールの状態だから仕方ないな』
「ヴァンピール?」
『ああ、私達の方ではまがい物、半端物の吸血鬼のことをヴァンピールというんだ。だが、人間の世界では吸血鬼と人間のハーフのことらしいが、私達的にそういう意味では吸血鬼ハーフは存在しない、生まれにくいし、生まれた場合は確実に吸血鬼だ』
「な、何かはなしが飛躍しすぎて頭がついていかない……」
『まぁお前はまだ半人前だから太陽が苦手とくらい思っていろ』
「じゃ、じゃあお話とかである白木の杭とか十字架って――」
『ヴァンピールには効果があるが、吸血鬼には効果がない』
「ええ?! どうやって退治するんですか吸血鬼とか」
『そりゃあ物理で殴って全部破壊するしかない』
「わ、私もいずれそんなのになるのかぁ……」
『お前は陽光に弱いだけですんでいるのはあの阿呆が真祖だからだ。私も一応そのレベルだが、あいつに比べたら若干劣る』
「な、なんか色々単語がでてきて頭がこんがらがる……」
明里はぐったりしながら会話を続ける。
『まぁ、吸血鬼の中でも特に強いのと今は覚えておけ、あとあと説明するから』
「は、はぁ……」
『ともかく、今お前が眠いのはまだ吸血鬼になりたてて、人間の認識に引っ張られているからだ、それだけ覚えておけ』
「引っ張られないとどうなんですか?」
『引っ張られてないなら吸血鬼だ、立派な。正直自殺もろくにできんからかなり覚悟がいるぞ』
「えぇえ?!」
『もう電話で話すのはまどろっこしいな、今からそちらに向かう。明日は祝日だし、泊まりがけでもいいだろう。学校は私の力でごまかす』
「先生、ちょ……!!」
電話を一方的にきられて、明里は深いため息をついて肩を落とす。
そして携帯を机に置き、つっぷす。
「はぁ……何か前途多難な気がしてならないよぉ……」
「何をそんなに嘆くのかね、明里?」
聞き覚えのある声に飛び上がり、急いで周囲を見渡す。
人影はなかった。
気のせいかとため息をつくと、驚かすような形でアルフレートが姿を現し、明里は驚いてその場で尻餅をつく。
「な、な、何で此処に?」
「君のいる場所ならどこでも解るとも」
「え、えぇ……」
アルフレートは手を延ばし明里の頬を撫で、口元に弧を描いて笑みを浮かべる。
「言ったはずだよ、君は私の花嫁。今はヴァンピールでも、立派吸血鬼になって貰わなくては困る」
笑みを浮かべながら言うアルフレートに、明里は恐怖を感じ唾を飲み込んだ。
アルフレートは笑みを浮かべたまま、頬をなで上げ、喉をなぞる。
「もっと血を、直接人から飲みなさい。そうすれば徐々に解るとも、我ら吸血鬼が、真祖がどういうものか」
「わ、私は――」
「私の生徒たぶらかすのはやめてもらおうか、このど変態ロリコン吸血鬼が」
毎日聞き慣れた声に、明里が顔をあげると、アルフレートの首に、鋭い爪を突き立てる葛葉の姿が目に入った。
葛葉は不機嫌な顔をしながらアルフレートを見ている。
「生徒の部屋を汚す気はない、さっさと失せろ、このロリコンが」
「――ふぅ、君は相変わらずだねエレナ」
「本気で首をはねるぞ」
エレナと呼ばれて不機嫌の度合いを濃くした葛葉をみて、アルフレートは苦笑しつつため息をはきながらその場から姿を消した。
葛葉はアルフレートがいなくなったのを見ると、明里の手を握り立ち上がらせる。
「明里大丈夫か」
「は、はい……なんとか」
明里は顔色が悪いまま、頷いた。
それを見て、葛葉はため息をついて明里の頭を撫でる。
「あの阿呆、直接人間の血を吸えと言ってたな」
「は、はい……」
「今の明里が血を吸ったら、人を瀕死状態にするだろうし、人の血を直接吸いすぎないほうがいい、それに人間にとって吸血は快楽行為になってしまうからな」
「ひ、瀕死……快楽行為って……」
「まぁ、下世話な話、性行為よりも病みつきになる中毒性があるんだ吸血される側は。普通の吸血行為ならな、喉食い破る何かされたら別だが」
「こ、怖いですね」
「だから――」
葛葉は鞄から血液パックを取り出す。
「血液の味はこちらで覚えろ」
そして封を切り、中身を飲み干す。
血で赤くなった舌が、唇をなめるのを見て、明里の喉がなる。
「血を吸ってないんだろう、早くお前も血を飲んだほうがいい。今の体では食物は栄養にならないからな」
「は、はい」
明里は葛葉に言われてあわてて下の階に降りて台所に向かう。
台所にある冷蔵庫の奥から血液パックを取り出し、血を飲んでいく。
ひんやりと冷えた血は、乾いた喉を癒すが、何か足りない感じも残した。
明里はその足りない感覚に違和感と恐怖を感じ、再び自分の部屋に戻り、部屋の床に座っている葛葉を見る。
「あの、先生……その」
「足りないと感じたのだろう?」
「は、はい」
葛葉は明里の違和感をすぐさま感じ取り、そしてため息をついて明里に座るように促した。
明里はベッドに座ると、不安げな顔で葛葉をみる。
「最初に血を吸ったのが原因だな。慣れないうちに吸血行為をするとあるんだ、血を吸った時の優越感、捕食者としての感覚が」
「捕食者……」
「アルフレートにとって大半の人間は食事の為の餌だ。あいつは捕食者として人間を補食する感覚を楽しんでいる」
葛葉はやや生真面目な表情のまま続ける。
「それを解消する方法はもう慣れろとしか言えない。捕食者としての行為を我慢しつづける、でも耐えられなくなったら私の血を吸うといい、それくらいなら喜んで血を出そう」
「え…?! そ、そんな先生にそんなことできませんよ!!」
「もしもの話だ」
慌てふためく明里を見て、葛葉は苦笑を浮かべた。
「まぁ、吸血鬼同士の吸血は栄養を与える行為にはほど遠いがな!!」
「そ、そういう物なんですか……」
「そういう物だ、しかし床に座ったまま話すと腰がいたむ、椅子に座っていいか?」
「あ、ど、どうぞ」
葛葉は明里が座っていなかった勉強机の椅子に腰をかけて、息を吐く。
「あと、阿呆が言っていただろうが、外崎と奴では奴の方に支配権がある。奴の血を飲んでいないからな」
「え……どういう意味ですか」
「吸血されて吸血鬼になった場合だけ、眷属にした側に支配権があるんだが吸血行為でそれを解消できる。奴がそれを伝えなかったのは奴は外崎を自分の支配下においておきたかったからだと思う」
「な、何のために」
「知らん、だが奴が外崎を花嫁と言っていることから、奴はお前を妻にしようと何か企んでいるはずだ」
「何か企んでいるって……」
「奴のことだ、ろくでもない方法で何かしでかすに違いない。用心せねばな……」
忌々しげに言う葛葉の表情をみて、明里は息を飲む。
葛葉が言うこれから良くないことが起きるという事をおそれて、うまく言葉がでなかった。
「外崎、奴がこれから何をしでかすかは私にも解らない、だがかなりやばい方法も奴はとるということは覚えておいてくれ、あいつは真祖の中でもルール違反を繰り返す問題児だ。だから教会にも狙われたんだ……教会の連中は死亡したので、無駄だったが」
「そんな人が……なんで私を……」
「――さぁな。それは私にも解らない。だがあいつはおまえに執着している、数百年と間はさんで数年の間そんな傾向はなかったのだが」
「数百年?! 先生いったい年いくつなんですか?!」
「声がでかい、あとそれは忘れた何せ500年から数えるのが面倒になったからな、何度も人生やり直してるような奴だし」
「何度も、人生やり直してる……疲れませんか?」
「すこしだけな、だが面白いぞ。人間の思考の変化やらなにやらを感じられてな」
葛葉はすこし愉快そうな顔をして口を開く。
明里はそれを見て、ああこの人も吸血鬼なのだと理解した。
そしてすこしずつ自分もこのように変わっていくのだろうかと、自分の今後の変化を不安に感じた。
「私も色々変化していくのかな……」
「それは外崎次第だ、そして今後次第だ」
「私次第……」
「そうだ。お前次第だ」
明里にはその言葉はずいぶん重く感じられた。
その重く感じられた言葉を自分の中で何度も反芻し、しっかりと受け止めようとする。
それをみた葛葉は何か言いたげに明里を見つめる。
「外崎、1人で悩むな。私がいる」
「先生……」
「今後の生の先輩としても吸血鬼の先輩としてもお前を導くのが私の仕事だ」
「ありがとうございます……」
明里は頭を下げ、葛葉に深く感謝した。
きっと1人では、アルフレートの策略に落っこちて人の生き血をすするだけの化け物に成り果てていただろうから。
「――さて、朝起きれないのは今後の学生生活で支障を来すだろうからこんなものを持ってきた」
葛葉が鞄から何かを取り出した。
白い錠剤だった。
「何ですか、みた感じ薬ですけど……」
「吸血鬼用の薬だ。昼夜逆転させる――基朝方にさせる薬だな。普通は使わないが、今のお前には必要だろう」
「あ、ありがとうございます」
「今飲んでも効果はあるぞ」
明里は葛葉の言葉を聞いて、水を取りに行って薬を飲み干す。
薬を飲み干してから、早く効果が出ることを祈りながら自室に戻る。
「どれくらいで効果がでるんですか?」
「一時間位だな、それくらいたてば眠気も覚めるだろう」
「長いですね……」
「それくらい我慢しろ」
葛葉は呆れの顔をすると、明里はすこしだけげんなりした顔をした。
「あの薬無くなったら……」
「無くなる一週間位前に私に連絡しろ、そうすれば準備する」
「ふぁい……」
明里はあくびをしながら返事をする。
心理的疲れから一時的に消えていた眠気が復活したのだ。
「朝方生活大変そう……ふぁあ……」
「大変でもお前が選んだんだ、頑張りなさい」
「ふぁい……ふぁあ……」
「眠いお前に眠くなるかもしれんが話を聞かせよう」
「ふあ?」
「今回の出来事がほかの連中に知れ渡っているのはちょっとだけ話たかもしれんが、近々別の真祖の御息子がくることになった」
「ふぁ?!」
葛葉の言葉に、明里の眠気が吹っ飛ぶ。
「ど、どどどういう事ですか?!」
「あのバカ、吸血鬼の中でも問題児だからな。今回の件で別の真祖が我慢できなくなったのを周りが押さえた結果息子が代わりにこっち来ることになったんだ。あのバカがどんな人間を眷属にしたのか気になっているみたいだしな。私の学校の子で内気な子とは伝えているが」
「内気……どっちかというと根暗なのが正しい気が……」
「仮にも面倒みている子のことをそんな風に言えるか」
「はは……」
根暗だと思っているんだと明里は思ったが、葛葉にそのことを指摘することはなかった。
「いつ頃来るんですか」
「それがな――」
『これがあの愚者の選んだ眷属だと? 予想と全然違うではないか』
聞き覚えのない声が響きわたり、明里は立ち上がって周囲を見回す。
アルフレートの時同様姿は見えないが、アルフレートが急に出てきたのを思いだし、明里は警戒してあたりを見渡す。
すると、棚の影が人の形をとるのが解った。
影から銀髪の美しい姿の存在が現れるのを、明里はぼーっと見ていた。
「だからその予想ははずれているといっただろう、ワラキアの息子よ」
「ワラキア?」
「その呼び方は止してもらおうかネメシス」
「ネメシス? え、え?」
明里は状況が飲み込めず頭に大量のハテナマークを出しながら混乱していた。
ただ美しい吸血鬼と葛葉を交互に見ながらどうすればいいか、解らないまま二人を見ている。
「クォート、お前もいい性格になったな」
「貴方と付き合いが長ければ性格も変わるとも、で本当にそこの少女が眷属にされたのであってるのですか?」
「貴様もたいがいしつこいな、ほれ、首見ろ」
葛葉が明里の首を撫でて見せると、くっきりと二つの穴が開いていた。
それをみた美しい人――クォートはやや忌々しげに目を細め、明里の首を触る。
「――どうやら間違いないようですね。あの男の眷属というのが気に障りますが、この少女に罪はほとんどない、あの男に意識をまだのっとられやすいのが気になりますが」
「え?! 私意識のっとられるの!!」
「ああ、その事を言ってなかったな。だがさっきの薬で意識の乗っ取りは抑えられる」
「あの薬結構万能!?」
「だからちゃんと飲みなさい、できれば食後にな。誰かにとられたら私にいいなさい、今までは人間として対応してきたが今度からは吸血鬼らしく対応する」
「どう対応するんですかそれ……」
明里はげんなりした表情をしながら、自分の行く道の険しさを実感する。
「いじめっ子、できないといいなぁ……」
「この間の事件でお前をいじめてた連中全員あの阿呆が処分しちまったからな、新しくいじめをする奴がでないことを祈るだけだ、あの阿呆が絶対何かするから」
「先生が言うと説得力が違う……」
「ところで、クォート見に来たならもう用件は済んだだろう」
「こっちは別の用件がある」
「ほぉ……」
先ほどまでとは変わり部屋に冷たい空気が流れる。
寒気がするような威圧感に、明里は体を抱きしめ、恐怖に耐える。
「奴が――どこからか怪物型のヴァンピールを調達したそうだ」
「何だと?」
「大方私たちの研究をしている機関だろうが、奴らの吸血鬼はどうあがいてもまがいもの、私達にはならん」
「な、何か色々表現があやふやで……」
「ああ、私たちの中で吸血鬼というのを使うのは稀なんだ。血の眷属というのが言い方として正しいかな?」
「ですね」
クォートは立ち上がり、壁に背中をもたれる。
明里も反射的に立ち上がり、クォートを見つめる。
「君の名前は?」
「わ、私は外崎明里です」
「なるほど……何故あいつとあったのかね?」
「そのいじめっ子のなくしたもの取りにいかせられて……そこで眷属にさせられました」
「成り立てか、ではヴァンピールか」
「いつかこちら側にくるヴァンピールだがな」
葛葉はそういうと、鞄から固形の栄養補助食品を取り出してかじった。
「先生、そんなの食べなくても紅茶いれてきますから!」
「む、では頼む」
明里は下の階へと降りていき、台所からティーカップとポットを取り出し、茶葉を入れる。
蒸らしてからポットを傾け、カップの中に注ぐ。
深い飴色の液体がカップにそそがれると、盆の上に明かり二つを置き、ミルクと砂糖、クッキーも準備する。
準備し終わると二階へともっていき、テーブルに乗せる。
「はい、どうぞ!」
「いい紅茶だ、ではティータイムといこうか」
葛葉は紅茶に砂糖とミルクをいれてかき混ぜると、口にして微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます