「人間」として
「先生……!!」
「ああ、すまない。ちょっと我慢ができなかった。所で明里はなんでここに……」
不安げに明里は尋ねる。
「あ、あの吸血鬼になったら元に戻れないんですかね……」
明里が自信なさげに尋ねると、葛葉はすこし悲しげに首を振った。
「残念ながら人間に戻る方法はないんだ、あったら私がとっくの昔につかってるし」
「そ、そんなぁ……」
明里はがっくりとうなだれた。
希望が絶たれてしまったからである。
「吸血鬼も悪いものではないよ、明里」
「吸血鬼にした貴様がぬかすなボケェ!!」
葛葉は再びアルフレートに殴りかかり、周囲に煙が舞う。
明里は身動きできず立ち尽くすだけだった。
「私の屋敷で暴れないでもらいたいものだ!!」
「そんなこと知るかボケェ!!」
明里は二人の戦闘をただ眺めているだけだった。
そんな明里を見たアルフレートは、明里の肩をつかみ抱き寄せる。
「素直に祝福してくれたらどうかね、私の花嫁が見つかったのだし」
「は?!」
「やっぱりそれかこのロリコン野郎!!」
葛葉はアルフレートの胸ぐらをつかみ、殴りかかる勢いの形相になる。
花嫁といわれた明里は状況が把握できず、固まったままだった。
「嫁を探すのなら他の吸血鬼から探せこの阿呆!!」
「それでは面白味がないではないかね」
「強引な結婚ダメ絶対!!」
アルフレートの胸ぐらを掴んだまま、怒りをぶつける。
「しかも本人の意志無視して吸血鬼にしてる時点でお前はアウトだアウト!! この間『教会』の連中殺した件でも色々アウトなのに、アウトを重ねてお前もう色々ダメだ!!」
「先に手を出したのは向こうの方だとも、なぜ私が怒られなければならないのかね?」
「今の時代吸血鬼が生きづらいというのは理解しろこの阿呆!!」
「私はこれからどうすればいいのかな……このまま大きくなれないのかな……」
悲壮感の漂う表情になり、明里はその場で深いため息をつく。
葛葉はアルフレートを退かし、明里の肩を掴む。
「吸血鬼は成長しないものだと思われがちだが、そうではない。 その気になれば成長は可能だ」
「本当ですか……」
「ああ、あと人の視覚操作で、年をとった風にするのも可能だ」
「そ、そういうの有るんですね」
「情報操作しないと戸籍が作れないからな」
「な、なるほど……」
「エレナ、君はいつまで人間の道を歩むんだね。もう何百年も同じ事のくりかえし、そろそろこちら側に来てもいいではないかね」
「エレナ?」
「昔の名前だ、だが今の私は葛葉霧香だ。第一貴様のその名前で呼ばれると吐き気がする、やめろ」
葛葉はそう言うと、明里を抱き寄せ、しっしとアルフレートに手を振る。
「ではネメシスと呼ぼうかね」
「それもやめろ阿呆が」
「……一気に情報がきて頭がぐるぐるする……」
「貴様のせいでしなくてもいい頭脳労働で明里が疲れているではないか、この阿呆」
「さっきから人のことを阿呆、阿呆と君は相変わらず口が悪いな。明里こんなレディになってはいけないよ」
「貴様みたいな無責任になるよりマシだ」
「それに、彼女は自分の意志で一度血を吸っている。喉が乾いていたとは言え、自分で血を吸ったのだ、それは重要ではないかね」
「どうせ貴様がお膳立てした茶番で血を吸わせたんだろうが」
明里は昨日の血を吸ったことを思いだし、思わず吐き気におそわれた。
自分の意志で血を飲んだ、アルフレートの言っている事は事実だと知っているからだ。
その事実に、自分の中で激しい嫌悪感が現れたのだ。
「明里、今後血が必要なら私のところに来なさい。人から血を吸うよりよっぽどいいだろう」
「は、はい……」
「血は人から吸うからこそ意義有るものなのに、つまらないではないか」
「そんな意義しるか!」
葛葉は明里の背中をさすりながら、アルフレートに食ってかかる。
アルフレートはどこ吹く風と言わんばかりに涼しい表情をして、明里をみている。
明里は血の気が悪くなった顔で必死に呼吸をしていた。
「太陽の光も平気になる日がいつかくるとも、君ならば」
「お前はいい加減だまれ!!」
葛葉は怒りまかせにアルフレートを殴ろうとすると、アルフレートはその場から姿を消した。
「あの野郎、逃げやがった……!!」
葛葉は怒りまかせに地面をなぐると、地面が勢いよくえぐれた。
明里怒りの形相をする葛葉を怯えながら見つめる。
「……あの先生」
「ん? どうした?」
「私、ここにいちゃいけない気がするんです。私のせいで死んだ人もいるしー」
「……外崎」
うつむく明里の頬を、葛葉は両手で挟んで顔を持ち上げさせた。
「いいか、仮にそうだったとしても。お前が望んでたとしてもやったのはあいつだ。血を吸ってしまった人もいるかもしれないがそれをやるように誘導したのはあの阿呆だ。つまりあいつが全部悪い、いいな」
「でも……」
「外崎、お前が望むなら。人間らしい道を歩むのは可能だ。今までごまかしながら生きてきた私が教えよう」
「先生……ありがとうございます」
明里は小さく頷いて、涙をこぼした。
葛葉は、か弱い教え子を抱き寄せて、背中をさする。
これからどうあれ過酷な道を歩むであろう明里が、よい光に恵まれますようにと願いをこめながら。
私は吸血鬼になりながらもなんとか人間としての道を歩むことになった。
その道のりは決して優しいものではないというのが解った。
それでも私は「人間」として生きたかった。
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