第1話 天宮さんと安達くん
もうすぐ梅雨か始まる、6月のはじめ。多々良中学校の、2年2組の教室。
今日の授業は全部終わって、私、天宮灯は教科書やタブレットをカバンに移している。するとふと、クラスの女子の話す声が耳に飛び込んできた。
「ねえねえ。『アオハルチャレンジ』、また更新されてたよ」
「へえー、今日はどんなの?」
「えーと、【壁ドンをしてみる】だって」
「あはは、何それー」
笑いながら話しているのを聞きながら、私も込み上げてくる笑いを押さえ込む。
あの子達が、いったい何の話をしていたのかって? それはね……。
「天宮さ~ん、部活行こ~」
「あ、安達くん」
可愛らしい声で名前を呼んできたのは、これまた可愛らしい男の子。
クラスメイトの、安達風真くんだ。
「ちょっと待ってて、すぐ片付けるから」
「うん、ゆっくりでいいから」
机の中の物を鞄へつめて、安達くんはその様子をニコニコ顔で見ている。
ふふ、相変わらずの癒し顔だなあ。
彼は童顔と高くない身長のせいで、小学生に間違えられることも多い男の子。
本人はそれを気にしているみたいだから絶対に言っちゃダメだけど、私は可愛くて好きだなあ。
そうして机の中を片付け終えると、カバンを取って立ち上がる。
「それじゃあ行こうか」
「うん」
二人して教室を出て、向かったのは写真部の部室。
小ぢんまりした室内に長机と椅子が置いてあるだけの、簡素な部屋。私達は現在二人しかいない、写真部の部員なの。
そして私達は写真を撮りに行くでもなく椅子に腰を下ろす。そして安達くんはカバンから、白いパッケージの箱を取り出してくる。
「それじゃあ、恒例のアレといきますか。今日はクッキーを持ってきた」
「スマホスマホ……と」
私達は箱から取り出したクッキーを一個ずつ手に取る。そして空いているもう片方の手で、自分達にスマホのカメラを向けた。
「はい、撮るよー」
パシャッと音がして、撮影完了。
スマホには童顔の男子、安達くんと、髪の長い女子……私が写っている。
そしてすぐに、アプリを開いた。
「【連続おやつチャレンジ】、完了。えーと、今日で何日目だっけ?」
「たしか40日くらいかな」
「もうそんなになるんだ。最初は一週間続けられたらいいやくらいに思ってたけど、意外と続けられるもんだね」
安達くんは可愛い顔で、ニコッと笑う。
【連続おやつチャレンジ】って言うのは、私達が毎日行っているチャレンジのこと。
友達と一緒におやつを食べて、その写真をツブヤイター に投稿するんだよ。
あ、ツブヤイターってのは短い文章、それに撮影した写真や動画をインターネット上に公開して、誰でも見ることができるっているSNSのことね。
食べるおやつはクッキーでもアイスでも何でもいいんだけど、大事なのは必ず、友達と同じ物を食べると言うこと。
ただ同じおやつを食べるってだけのこのチャレンジ、案外楽しいんだよね。
「見て見て。私達以外にも、チャレンジ達成の写真が続々上がってるよ」
「みんなやるなあ。けど、チャレンジ当初から皆勤してる奴はそんなにいないだろ」
「たぶんね。だってこれ、『アオハルチャレンジ』が始まって、最初の頃に出されたお題だもの」
クッキーをポリポリかじりながら答える。
『アオハルチャレンジ』と言うのは、最近SNS で流行っている遊びの事。
その名の通りアオハル、青春っぽい事をするチャレンジなんだ。
始まったのは今年の春頃。突然SNSに現れた、『アオハル仕掛人』って人が発起人で、まずアオハル仕掛人が【友達と一緒にファミレスに行く】とか、【パンをくわえて走る】とかいうお題を出すの。
そしてお題を見た人はそのミッションにチャレンジして、達成したらその写真や動画をSNSに投稿する。そんなちょっとした遊び。
チャレンジのお題はさっき挙げたような、やろうと思えば誰でもできるような簡単なものばかり。クリアしても、報酬は特に無もない。
けどやってみたら案外面白いって声が多くて、今では青春チャレンジは大流行り。
毎日たくさんの人のチャレンジ画像がツブヤイターに投稿されて、『アオハル仕掛人』のフォロワーは信じられない数に膨れ上がっている。
私達がさっきやった【連続おやつチャレンジ】も、そんなアオハルチャレンジの一つ。
その名の通り友達と一緒におやつを食べるだけっていう、とっても簡単なチャレンジ。だけどたったそれだけの事が、やってみたら案外楽しいんだよね。
私と安達くんは学校のない休みの日も、事前に決めていたおやつを食べて、お互いに撮った写真を送りあってツブヤイターにあげていた。
放課後のおやつタイムなんて、もう日課になっちゃってるよ。
二人して向かい合って座りながら、残りのクッキーをポリポリ。買ってあった苺ミルクをチューチュー。
ふふふふ~まったりしてていいですな~。
すると食べながらスマホをいじっていた安達くんが、不意に手を止めた。
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