可愛いだけが取り柄のポンコツニートな幼なじみとの同居生活

金石みずき

第1話

1話

「こ、ここが俺の家だから」


 緊張から声が震えているのがわかる。けど、仕方ない。

 だってこれから初めて彼女を家に連れ込むんだから。


 そういうことをするだけのために家に呼んだというわけではないけれど、こんな夜に交際中の男の家に来るということは、それなりに覚悟があると考えてもいいはず。


 彼女である加奈かなちゃんも同じく緊張しているのか、身体をカチコチさせながら首を縦に振った。


 俺は「落ち着け」と自分に言い聞かせながら鞄から鍵を取り出し、シリンダーに差し込んで回す。そして、覚える違和感。


 ――開いてる……?


 締め忘れたか?

 それとも泥棒?

 まさかな。


 こちとら一介の貧乏学生だ。

 このアパ―トだってごく普通の学生アパートだし、盗めるものは何もないことなんて外観を見ただけですぐにわかるだろう。


 と自分に言い聞かせつつも、不安は拭えない。

 ドアノブを握ったまま固まった俺に、加奈ちゃんは首を傾げている。


「ごめん、一分だけ待ってて」


 念のため確認することにする。

 加奈ちゃんを危険にさらすわけにはいかないからな。


 俺は加奈ちゃんをその場に残し、一人で中に入る。

 1Kの間取りのアパートを足音を立てないよう慎重に歩き、キッチンを通過して部屋のドアを開けた。


 すると、いた。

 そいつはベッドでぐうすか気持ちよさそうに眠っていた。


「はぁぁぁあああああ!?」


 思わず声を上げると、加奈ちゃんが「どうしたの!?」と慌てて中へ入ってきた。

 やべっと思ったときには、時すでに遅し。

 止める間もなくこちらまでやってきた加奈ちゃんは、俺の背中越しに部屋の中を覗き込んだ。


「――――んー……んぁ?」


 ベッドの上のそいつが身体を起こす。

 その拍子に伸ばした手が、ベッドサイドテーブルにあったシーリングライトのリモコンに触れた。

 『ピ』と場にそぐわない音がして光が灯り、そいつの姿を照らし出す。


 背中まで流れるややウェーブがかった黒髪に、寝起きなんて関係ないとでも主張するような冗談みたいに整った顔。日焼けを知らない肌は雪のように白く、陶器のようにきめ細かい。


 身に着けているのはどう見ても男物のTシャツで、サイズが合っていなくて肩から落ちているし鎖骨は丸見えなのに、大きく迫り上がった巨乳によって前側だけ裾が足りておらず、くびれのはっきりした腹が丸見えになっていた。ちなみにその下はパンツ一枚。


「……んー……あ、お帰り夕霧ゆうぎり


 そんなそこらのグラビアアイドルでも裸足で逃げ出すような顔面とスタイルを持ったそいつは、ようやく夢の世界から戻ってきたらしく、俺に気付くなり気さくに手をあげた。

 思わず俺は叫んだ。


「――っ永遠とわぁぁぁあああっ!? なんでお前ここにいんだよ!!」


 すると永遠は迷惑そうに顔を顰めて耳を塞いだ。


「うっさいなぁ。いきなり叫ばないでよ。ちょっとベッド借りてただけじゃん」

「そういうこと言ってんじゃねぇよ! だいたいお前、なんで俺の家知ってんだよ!」

「そんなの夕霧の母親おばさんに訊いたに決まってるでしょ」

「鍵は!? 開いてたけど、お前が開けたのか!?」


 そう言うと、永遠は悪戯っぽく笑う。


「それもおばさんに貰った。頼んだら快諾してすぐに渡してくれたよ」

「俺何も聞いてないんだけど」

「そんなの私が『夕霧のことびっくりさせたいんで、サプライズでお願いします♡』って言っただけだよ。実際驚いたでしょ?」

「お前なあああぁぁぁ…………!」


 と、更なる文句を告げようとしたところで、今まで彼女のことを忘れていたことを思い出す。


「か、加奈ちゃん……」


 おそるおそる後ろを振り向くと、すでにそこには誰もいない。

 一瞬遅れて、ポケットに入っていたスマホが振動する。

 取り出して画面を見ると、一通のメッセージが届いていた。


『浮気されていたなんてショックです。もう二度と連絡しないでください。さようなら』


「え、おい! 嘘だろ!」


 慌てて電話をかけるも、『お客様のご希望によりお繋ぎできません』という無常なコールが流れてくる。


「――――着信拒否された……」


 がっくりと肩を落とす。

 そしてその原因となった永遠を涙目で睨んだ。

 すると永遠はさすがに顛末を悟ったのか、やや気まずそうに頬を掻いた。


「あー……もしかしてさっきちょっとだけ後ろにいた子、夕霧の彼女だった?」


 神妙に頷いて肯定する。

 すると頬を掻いて視線をそらす永遠。


「……――どんまい☆」

「ああぁぁぁあぁああああぁぁあああ!!!!」

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