Episode 2 Lilies plays solitary

第19話 カードと二色のクッキー

 来ちゃった。来てしまった。

 コンビニで買った安いチョコを片手に、この前と同じ部屋に上がってしまった。数日で何らの変化も無い部屋だけど、訪問する目的が明確な今日は、この部屋が特別に感じる。

 相変わらず紗和さんはお菓子を作っていて、そこから漂う甘い香りが鼻と胃袋を刺激する。あの時交わり始めたクッションも、あの時身体を預けたベッドも、まるで何事もなかったように変化がない。

 壁にかかっている主人を一時的に失ったエプロン用のハンガー、部屋の入り口にある姿見、ローチェストの上に置かれた棘のないサボテン。あらためて部屋を見回すと、何の変哲もない一人の女性の部屋だ。

 よく考えると、この部屋には男性の残像が無い気がする。それもそうか。紗和さんは女性と関係を持っているんだっけ。どんな人なんだろう。想像もつかないや。一つだけ想像できたのは、紗和さんとは違っておっちょこちょいではないんだろうなということ。紗和さんレベルのおっちょこちょいが二人もいたら、多分収拾がつかなくなりそう。きっとそう。

「はい、どうぞ」

 クッションに座っている私に、紗和さんがお皿に乗せたクッキーを持ってきてくれた。目の前にあるローテーブルにそれを置くと、赤い丸印が乗ったクッキー、青いバツ印が乗ったクッキーがそれぞれ5枚ずつお皿の上にあった。グラニュー糖を固めた、たしかアイシングとかいう名前の技術だったと思う。

「ヒナちゃん、あまり食べないと思って、十枚用意したわ」

「あ、ありがとうございます。……それで、この丸バツはなんですか?」

「フフフ。それはね……」

 紗和さんの説明を要約すると、これから紗和さんは十個の質問をするらしい。予め紗和さんはカードに書いた質問に対し、私がイエスかノーかの答えをクッキーを食べることで答える。十番目の質問は必然的に答えが一択になるので、質問も十個しか用意していないのと、質問について順番は変えるけど、カードを見せて内容は変えないのが、紗和さんの縛り。質問内容は一つひとつしかわからないのと、イエスでもノーでもそれを食べすぎると残りの回答が苦しくなり、終わりの方は回答が一択になるのが、私の縛り。すぐに絡み合うのではなく、少しゲーム感覚の遊びをしてから、本題の遊びをしようというのだ。

 多分、八個目までの質問まではどちらのクッキーを食べてもいい。四つずつ食べて、八個の質問から九番目、十番目の質問を予想しながら丸とバツのクッキーを選べばいい。このゲームの鍵は、そこにあるんだろう。面白い。受けて立とうじゃん。

「フフフ。じゃあ、質問を始めるわね。楽しみ」

 両手を口に当て、目を細めて紗和さんが笑う。あれ? 何だか嫌な予感と嫌な予感と、とても嫌な予感がするかも……


「第一問!」

 トランプのババ抜きのように扇形に広げたカードを紗和さんが左手で持ち、その中の一枚を右手でテーブルの上に出した。残りの質問は、私からは見えない。

「じゃじゃーん!」

 テレビのクイズ番組のような効果音を紗和さんが楽しそうに言う。紗和さんが変態と分かってからは、紗和さんが楽しい時は大体私にとって良くないことが起こる時だ。やっぱり嫌な予感しかしない。

 紗和さんが出したカードには、紗和さんの綺麗な字でこう書いてあった。

『高校は楽しい?』

 なんだか拍子抜けだ。とても高校生にはしないエッチな質問が十個用意されていると思っていたからだ。当然、赤いクッキーを食べる。

「楽しいですよ。仲のいい娘達と放課後に遊んだり、昼休みにバカやったり、毎日飽きずに通っていますよ」

 次の質問は、赤いクッキーを選ぶ質問でも捻くれて青いクッキーにしようかな。青ばかり残させる作戦かもしれないし。駆け引きも紗和さんが考えた演出なのかな。

「私ね、女子校だったのよ。共学高校の事はよくわからないけど、多分共学校より色々とオープンだったわ。今みたいに暑い時期は、ブラが透けるのも校内ではへっちゃらだったわ。今思うと大胆よね。男の先生もいたのに。フフフ」

 紗和さんが話題に乗ってきた。いやいや、騙されないぞ。油断させて判断を鈍らせようとしているのかもしれない。当たり障りのない会話で、一つ目のカードは乗り切った。

「じゃあ、次に行くね。第二問! ……フフフ。どれにしようかな……」

 いやいや、紗和さん。決めていなかったのかよ。それとも演技なのか?

「これにしようっと。じゃじゃーん!」


『受験勉強中でも、ドロシーのアルバイトをお休みしないで頑張る?』

「いや、流石にねぇ……」

 青いクッキーを選んだ。まだどこの大学とかも決めていないけど、私の頭脳だ。必死に勉強しないと無理でしょ。

「ええ!? ヒナちゃん、居なくなっちゃうの? 寂しいな……」

「アルバイトも楽しいんですけどね……流石に人生がかかっていますから」

「私より人生が大事なの?」

「あはは。その質問がおかしいですよ。大体、ドロシーが紗和さんに置き換わってるし」

「フフフ。私も今おかしな事言っている自覚があったわ」

 ゲームとは名ばかりの、ゆるいガールズトークが続く。今日の紗和さん、何だかドロシーにいる時のような、常識的なお姉さんの雰囲気がある。最後の二枚は赤も青も残すようにはするけど、あまり警戒しなくてもいいのかもしれない。


 残りのクッキーは、赤いクッキー四枚、青いクッキー四枚。イエスもノーも四つずつ残している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る