百合一雫 (ゆりひとしずく)

桜森華麗

Episode 1 Lilies beginning to bloom

第1話 プレゼント

 机の上で箱を開くと、昨日貰ったソレは、やはりソレ以外の何物でもなかった。


 有り得ないとは思いながら、少し期待していた自分がいた。箱の中身は私には似合わない。一晩たてば、それは見間違い・勘違いであった。そう、大人のオモチャであるはずがない。そう願いながら箱を開けると、昨日見たピンクローターは、やはり今日もピンクローターだった。何なら、ピンク色は昨日よりも卑猥なピンク色に見える。

 そもそも十七歳になる女子高生にこのような物をプレゼントする人がいるとすれば、理想の女性の追いかけ方が歪みまくった、毎日アダルトビデオを鑑賞しているおじさんくらいなものだ。仮にそうなら「この人は女子高生に大人のオモチャを渡す変態です」と大々的にアピールして社会的に抹殺すればそれで終わりにできる。

 でも、私の誕生日を祝ってプレゼントしてくれたのは紗和さわさんなんだよな……


 可愛い服が欲しい。それが陽向ひなたがアルバイトを始めるきっかけだった。どうせなら可愛い物に囲まれて働きたい。それが雑貨店「ドロシー」でアルバイトする理由だった。紗和さんは、二年ほど前からドロシーでアルバイトしているお姉さんだ。初めのうちは「上条かみじょうさん」と呼んでいたが、堅苦しいから紗和でいいよと、互いに下の名前で呼び合っている。ちなみに紗和さんから「坂元さん」と呼ばれたことは初日だけだ。ずっと「ヒナちゃん」と呼ばれている。

 紗和さんは、おっとりとした雰囲気の持ち主だ。店長から面倒な仕事を押し付けられても、嫌な顔一つせずに仕事に励む。決して早くはないが、途中でサボったりしない。時間をかけて丁寧な仕事をする。おっとり以外の表現なら、真面目な人だ。何気ない冗談で笑うと、女性の私でもドキッとするような可愛らしい笑顔を見せる。太っているわけでもないのに胸が豊かで、Lサイズのエプロンは胸の大きさにだけ合わせて着用している。可愛らしい笑顔、豊満なバストラインを持つ紗和さんは、たしか二十四歳だったと記憶している。きっと男性には困らないんだろうな。

 いけないいけない。話が少し逸れてしまった。プレゼントの話に戻るが、とてもオモチャを女子高生に渡すような人には見えない。店で顔を合わせるのは、シフトの都合で日曜と火曜しかない。きっとこれは何かの間違いだろう。貰ったのが日曜。今日は月曜。ちょっと……いや、かなり恥ずかしいけど明日紗和さんに真意を確かめなきゃ。


 ドロシーへは、学校から直接行っている。自宅に戻る時間がないからだ。だから今日は、プレゼントの包みを学校に持っていく必要がある。こんな物を学校に持ってくるなんて知られたら、私の青春が終わる。持参が禁止されているのは、ゲーム機や音楽再生機材などであり、持参禁止項目にピンクローターとは書かれていない。だから校則違反にはならない。バレた時の気休めにもならない屁理屈が浮かんだが、特に抜き打ちの持ち物検査も無く、無事に放課後を迎えることができた。

「ヒナー。今日はバイト?」

「うんー。行ってくるねー」

 クラスメイトで仲の良い結菜ゆいなと二言三言挨拶を交わし、自転車置き場からドロシーへ向かう。駅から音大まで続く商店街にあるから、若い人がたくさん通る。ドロシーのお客さんも、大学生を中心に子どもや若い主婦まで、十代から三十代の女性が中心だ。おじさんや怖いお兄さんが来店することは殆どない。あるとすれば、紗和さん目当てかもしれない。そのくらい、男女比という概念のない雑貨店だ。

「おはようございまーす」

午後四時半を過ぎているのにおはようという挨拶には、まだ慣れない。ぎこちなさがまだあるのかもしれない。私の挨拶に、クスッと笑いながら紗和さんがおはよと返してくれた。


 ドロシーの控え室で、陽向はカバンから手紙を取り出した。話を切り出したときに、どこで誰がどのように聞いているかわからない。結局、言葉に出すのも恥ずかしいので手紙を書いてきたのだ。バイトが始まる五時から、どこかのタイミングでお客さんが途絶えればこっそり渡せるはずだ。ドロシーの営業時間は八時まで。無理に営業時間中にタイミングを探さなくても、閉店後にも片付けや掃除の時が三十分ほどあり、店長がいなければ二人きりになれるはずだから、そのタイミングで渡せる。エプロンのポケットに手紙を忍ばせ、陽向は店内に顔を出した。

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