第18話 魔女vs魔龍2
「ギャアオオオオオオオ」
三メートルを超える巨体ながらも女性を思わせるスレンダーな龍体。瞳の色は完全な龍化に際し黒から赤へ。頭からは鹿のような角と絹のように美しい毛髪。背中からは差し渡し五メートルはあるだろうレースのように半透明な両翼が伸び、全身をサファイアのように美しい青白い鱗で覆っている。
「これがシオンの、魔龍ヒョウカ本来の姿か」
目の前にそびえたつ人類ではどう足掻いても太刀打ちできない圧倒的な脅威を前にユウトは気圧されていた。
「ユウトッ、危ない」
ウィズの声を聞き、意識を取り戻した時には時すでに遅く。呆然と立ち尽くすユウトの前で魔龍ヒョウカは大口を開け、青白く光る何かをユウトに向けて放出する寸前だった。
(終わりだな)
絶対零度(アブソリュートゼロ)。魔龍ヒョウカの吐き出す息吹は触れたものすべてを凍らせる冷気を帯びている。
「ユウトぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
ウィズは自身の宿主でもありかつ相棒でもあるユウトを守るため魔龍ヒョウカの絶対零度の息吹の前に立ちはだかった。
当然、紙耐久で有名な魔術師(ウィザード)が受け止められるような代物ではない。
「ウィズぅうううううううううううううううううううううう」
ユウトは手を伸ばした。
一縷の望みに賭けて。
ありったけの声と力を込めて。
「ウィズ…………」
「ユウト…………」
すべてを無に帰す絶望の白い世界で、二人は互いの存在だけを確かに心の奥深くで感じていた。
「ユウト」
「ウィズ」
蜘蛛の糸のようにか細く頼りない二人のつながりが、温度の消し去られた極寒の世界にいる二人を、この世で最も信頼するたった一人の相棒の元へ導いた――
二人を包んでいた絶望の白い牢獄が突然爆発し、霧散した。
「何だと」
中から現れたのは、肺を凍らせながらも何とか息をしているユウトともう一人、紫紺の髪をなびかせながらユウトの前に立つ、悪魔のような出で立ちをしたヒョウカにも負けず劣らずのスタイルの良い絶世の美女。
「誰」
状況からして答えは一つしかないのだが、誰もそれが真実の答えだと確信できなかった。それほどまでにその美女とシオンたちの知っている二頭身のマスコット少女はあまりにも何もかもが違い過ぎた。
「紫炎雷撃(しえんらいげき)」
そう呟いた瞬間、美女の伸ばした腕から紫色の炎がまるで雷の電撃かのように目にもとまらぬスピードで空気を切り裂き、シオンの眼前へと迫った。
「っ――」
「シオンっ」
ヒョウカは主であるシオンを守るため氷の盾を生成した。だが――
(ヒョウカの氷が一瞬の内に溶かされた、だと)
紫色の炎はヒョウカの生成した氷の塊に触れた瞬間、一瞬のうちに触れた部分の氷を溶かし、ヒョウカの作った氷の盾を貫通していった。
「ぶもぉぉぉおおおおおおおおおおおおお」
「ぐっ、ミノタウルス」
人間業では到底かわせるはずのない紫紺の髪の美女の攻撃をミノタウルスは自身の鋼のように屈強な肉体を盾にすることで身を挺して自身の主を守ってみせた。
炎と電撃、両方の性質を持つ紫炎雷撃はかなり余裕たっぷりに残っていたはずのミノタウルスの体力そのすべてを呑み込み、跡形もなく燃やし尽くした。
「戻れ、ミノタウルス」
(まさかミノタウルスが一瞬でやられるとは)
肉体だけでなく根源までもを紫色の炎に呑み込まれる前にシオンはミノタウルスを自身の中へと戻した。
「お前は何者だ」
シオンの問いにユウトも紫紺の女も答えることはなかった。答えなど聞かなくても、シオンは目の前の状況から答えを類推、確信した。答えなど必要ないほど答えは明白で自明の理だった。
「ウィズ、なのか」
シオンの問いに、紫紺の女はわずかにだが首を縦に頷いた。
ウィズ――別名空白の魔女にはもう一つ、他の使役獣とは明らかに異なる特異な能力を有していた。それは胸のクリスタルに他の使役獣の根源を吸収、取り込むことでその使役獣の力を自身の力として行使できるというもの。
今ウィズのペンダントの中にはアークの、青と赤がアシンメトリーで混ざり合った根源が取り込まれている。
(どんな小細工をしようが所詮は魔術師(ウィザード)の小手先の技。使役獣最強の魔龍(ヒョウカ)が負けるわけがない)
「行け、ヒョウカ。奴を叩き潰せ」
シオンの誤算は二つ。
一つは決戦の場が建物の中だったという事。
完全な龍体となったことで半龍体の頃とは比べ物にもならないほどの火力、パワーを手にしたヒョウカだが、当然デメリットも存在する。
完龍体は半龍体に比べスピードと小回り、俊敏性が落ちる。
スピードや多少の小回りの良さを捨ててでも完全な龍化を果すことで得られるパワーは強大でその巨大な力を得るために失うモノなどおおよその場合、些細なものであるのだが――
今回のような建物の中での狭い場での戦いの場合、このデメリットが際立つ。
「迎え撃て、ウィズ」
ウィズ(withアーク)は自信を音さえも抜き去る紫電の雷へと変換、一瞬にして空中を駆け抜け、ヒョウカの背後で再び元の美しき妖艶な美女の姿へと戻った。
(ヒョウカ、後ろだ)
だが、それはシオンたちの予想していた行動の一つだった。
シオンの指示を受け、ヒョウカはすぐさま大木のように太く、長くなった尻尾で的確にウィズの腹を殴打した。
「ぐっ」
(やったかっ)
これがシオンの二つ目の誤算だった。
魔術師(ウィザード)の耐久は紙。それはこの世の全てのテイマー、使役獣たちの共通認識である。まして完龍体であるヒョウカの攻撃など並みの魔術師(ウィザード)ならかすっただけで即、致命傷である。
故に、シオンもヒョウカも攻撃が的確に命中(ヒット)した時点で自分たちの勝利を確信した。
まさか、ヒョウカの攻撃を受けてもなお戦闘不能にならず、それどころか受けた尻尾を掴み全長三メートル以上あるヒョウカの巨体を持ち上げそのまま真下に叩きつける、そんな魔法使いのような見た目してるけど実はただの筋肉マッチョも真っ青な怪力を正真正銘の魔術師(ウィザード)が発揮するとは、シオンもヒョウカも想像だにしていなかった。
「うぉぉおおおおおおおおおお、ていやああああああああああああああああああ」
ウィズは並みの魔術師(ウィザード)ではなかった。
「ギャアァ」
「ヒョウカッ」
完全に龍化したヒョウカの巨体をカチコチに凍結した床に叩きつけると、ウィズはすぐさまシオンの元へ、息の根を止めるために移動した。
「っ――」
完全に虚を突かれたシオン。
(しまっ)
シオンの目の前に現れるウィズ。
すでにシオンもミノタウルスとジャックザリッパー、ヒョウカの三体の使役獣を顕現させてしまっている。シオンもまたしばらくの間、新たに使役獣を顕現させることができない。
シオンにウィズの攻撃を避ける手段はない。
「これで、終わり」
危うく自身の最期を悟りそうになるシオンだったが、完龍体となったヒョウカが床に叩きつけられたことで舞い上がった土煙の中から夜闇を裂く彗星のような何かが、ユウトの目掛けて勢いよく飛び出していった。
「――っヒョウカ」
強大なパワーを捨て、少しでも早く敵の心臓を討つため空を駆けるスピードを手にしたヒョウカ(半龍体)。
その手には空気中の水分を凍らせて造られた氷の槍が握られていた。
「「はあああああああああああああああ」」
見目麗しい二体の獣の叫び。
ウィズの紫電の槍がシオンの胸を貫くのが先か、それともヒョウカの全身全霊を込めた槍の刺突がユウトの胸を貫くのが先か――
雷槍と氷槍の穂先が敵の心臓を捉える寸前、ユウトとウィズの姿が一瞬にしてその場から消え去った。
「………………」
消える寸前二人が立っていた床には今、鈍く輝く金色のリングが転がっていた…………
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