第2話 出会いは突然に

「昨日突然、交差点で自動車が大爆発したらしいよ」

「こわーい」

「私知ってる。今朝のニュースでやってた」


「…………」


「俺昨日の帰り道でばっちり見ちまったんだけどよ、まじ映画見てるみたいだった」

「原因はまだわかってないらしいよ」

「まじかよ、やっば」

「今日違う道通って帰ろ」


「…………」


 クラスメートたちが昨日起こった謎の交差点自動車爆発事件で盛り上がる中、唯一その事件の真相を知る金髪碧眼の青年。S高二年、絆優人は教室の端の自分の席で我関せずといった様子で週刊誌のページをパラパラとめくっていた。


「今週はツーピース休みか。ヒッター×ヒッタ―も再開したと思ったらまた休載だし、今週号はハズレだな」


 好きな作品が載っていないことを知り、落胆しながらも、もったいない精神でせっかくだからと片肘をつきながら雑誌をめくる姿はどこをどう見てもただの男子高校生にしか見えない。


 しかし、彼こそ人間の内に潜む怪物――使役獣を使役することができる数少ない特異な素質を持った人間の一人、テイマーである。


(どうしてユウトはみんなと一緒にお話ししないの。なんでいつも少し離れたて一人ぼっちでいるの)

(……人前では話しかけるなっていつも言ってるだろ、ウィズ)


 テイマーとその身に宿る使役獣たちは互いに心の奥深くで繋がっている。


 そのため、宿主のみに見える虚像となって話しかけてくるウィズの幻影とユウトは口も表情も一切動かさずにただそう念じるだけで会話をすることが出来る。


(ユウトって友達いないよね)

(…………)


 ウィズの言葉の刃によって切りつけられるユウト。


「おとなしくしてろ」


 相棒であるはずのウィズからそこそこの深手を負わされたユウトは心の傷を癒すため、再び手元の雑誌に視線を落とし、自分の世界に引きこもった。その背後から忍び寄る陰に気づかずに――


「誰に言ってるの」


「っ――」


 突然、首筋に冷たいナイフを突きつけられたような感覚がユウトの全身を走り抜けた。


(まずい)


 ウィズとの会話を聞かれたと思い、焦るユウト。額からツーッとひんやりした汗が一筋、流れ落ちた…………


 当然のことだが、テイマーであることをユウトは秘密にしている。


 家族にもクラスメートにも誰にも言っていない。言ったところで誰も信じないだろうが、頭がおかしくなったか、そういうお年頃かと生暖かい、かわいそうな目で見られるのが関の山だろうが、この力――テイマーの力は明らかに人間という生物の枠を超え過ぎている。


 生まれながらに大企業の社長息子だったどころの騒ぎではない。この力さえあれば目も眩むほどの富も誰もがうらやむ名声もいとも簡単に手にすることが出来る。


 望みさえすれば、世界にさえ手が届くほどに、テイマーの――テイマーの操る使役獣の力は強大である。


 この世界にテイマーはユウト一人だけではない。


 目覚めた使役獣の暴走、力を悪用するテイマー。その抑止力として、ユウトは己のテイマーの力を使うことを決めた。


 もう二度と悲劇を生み出さないために――


 だがしかし、勘違いしてはいけない。


 ユウトは正義の味方でもなければ聖人でもない。ただの普通の、一介の高校生にすぎない。


 嘘を吐いたことも遅刻しそうになって赤信号で歩道を渡ったこともある。自身の力を知られればこの力を悪用しようと思う者が必ず現れるとユウトは確信している。


(そうなる前に……)


 声の主がユウトの秘密にたどり着く前になんとか、始末しなければ――


 覚悟を決め、いざっと振り返ったユウトの視線の先にあったのはユウトのよく知るクラスメートの姿だった。


「何だ、ソウマか」


 目元が隠れるほど伸びた灰色の前髪、その奥から見える優しい瞳を見てユウトはホッと胸をなでおろした。


「どうしたのユウト、誰かとしゃべってたみたいだけど」


「ただの独り言だ。気にしないでくれ」


(あ、ユウトの友達第一号だ……他にいないけど)

(……うるさい)


 ユウトに話しかけた少年――灰谷壮馬(はいたにそうま)はコミュ障というわけではないがそれほど積極的に人と関わろうとしないユウトが唯一親しくしているクラスメートである。


「ユウトって独り言多いよね。この間も一人でブツブツ言いながら帰り道歩いてたし。もしかして多重人格とか何か」

「そんなわけないだろ」


 ソウマにもユウトは自分がテイマーであることを教えていない。


 教えようと思ったこともないし、教えるつもりもない。


 ソウマに限ったことではないが、もし自分がテイマーであることを親しい誰かに教える日があるとすればそれはその人との決別を意味しているとユウトはどこかで高を括っていた。


「んふふふ、冗談だよ。でも気を付けなきゃだめだよ。事故とか」

「わかってるよ」


 日々使役獣との命がけの戦いに身を投じているユウトにとってソウマとのこの他愛もない会話は、ユウトが世界でも数えるほどしかいない超常の力を持ったテイマーであることを忘れさせてくれる、ユウトにとってはかけがえのない大切な時間である。


 自分はゲームやアニメに登場する主人公のような本当の意味で特別な人間なのではなく、どこにでもいるただの普通の高校生なのだと改めて再認識させてくれる。ただ、たまたまテイマーという人とは違う、普通じゃない特殊な才能を持って生まれただけで、中身は周りにいる同級生たちと何も変わらない…………


 だからこそ、ユウトはソウマを――ソウマだけではない、自分と関わったすべての人たちを使役獣、そしてテイマー絡みの事件に巻き込みたくないと思っている。


 こんな異常で危険極まりない事件に巻き込まれるのは自分だけ十分であると……


「お前こそ、また夜中までゲームしてたんだろ」

「どうしてわかったの」

「隈、ひどいぞ」


 ソウマの目元には長い前髪でも隠しきれないほど大きい隈がはっきりくっきりできていた。


 その理由にユウトは心当たりがあった。


「あはは、最近すっごく面白いゲーム見つけちゃって。はまっちゃって」


 ソウマはユウトと同じ、いやそれ以上のゲームオタクなのである。学校が休みの日に徹夜でゲームをするのは当たり前。ひどいときは試験期間だというのに、ぶっ通しでゲームをやり続けた挙句に試験途中で寝不足で泡噴いて倒れたことだってある。


「お前こそ、現実とゲームの世界混同して変な事件とか起こすんじゃねえぞ」

「わかってるよ」

(こいつならやりかねないと思えるから、怖い)


 そんなこんなでユウトのいつもの日常、授業が始まるまでイケてる青春華やかグループから離れた教室の隅で陰キャ二人、ユウトはソウマと最近面白かった漫画やゲームの話で盛り上がっていた。


そこへ突然――


「おいっ、お前」


 朱色の髪をした、見るからに柄の悪そうな少年がユウトに話しかけてきた。


「えぇと、確か、お前、えぇと、そのぉ、絆(きずな)、優人(ゆうと)、とかいったけか、おもしろそうなものもってんな、今週号か、ちょっと貸してくれよ」

「誰だよ、お前」


 険があることを隠す気のないぶっきらぼうな口調に思わずユウトも眉間に皺を寄せた。


 いつの間にかさっきまで騒がしかった教室がしんと静まり返っている。


「夢見玲雄(ゆめみれお)君だよ」


 ソウマはユウトの耳元に口を寄せると、目の前にいる柄の悪そうな男子高校生の情報をそっと伝えた。


「入学式早々暴力事件起こして停学になった」

「そういえばそんな話があったな」


 暴力事件というインパクトのある話題性に加え入学式という良くないキャッチーな付加価値がプラスされてしまい一時期校内はその話題で持ちきりになった。


 それこそ人付き合いがほとんどない、もっと言えば他人にあまり関心のないユウトの耳にも入るほど話題になったのだが、人の噂も七十五日。


 今ではほとんどの生徒の中で記憶の片隅に追いやられ、埃を積もらせていたのだが――


「停学期間が明けても問題行動ばっかで先生たちも頭を抱えてるらしいよ」

(いわゆる不良ってやつか)


 目の間で堂々とこそこそ内緒話をされてレオの機嫌が見てわかるほど悪化した。


「おい、何無視してんだよ。今話してんのは俺だろうが」


「ああ、すまない」


 見た目や噂だけで相手を判断するのは良くない、仮に噂通りの相手であったとしても最低限の礼節と敬意を持って接する、決して相手を軽んじたりしてはいけない。


 それがユウトの信条。


 ユウトは誠心誠意、謝罪の意を込めてレオに頭を下げた。


「悪いがこれを君に貸すことはできない」

「ああん」


 その上でユウトはレオの頼みを断った。


「先客がいるんだ」


 ユウトの答えを聞き、レオはユウトの胸ぐらを掴んだ。


「てめぇ、俺が不良で問題児だからって、そんなこと言ってるんじゃねえだろうな」

「ちがうよっ」


 それに対しソウマは声を上げながら、勢いよく席を立ち上がった。


 遠巻きで見守っていたクラスメートたちの視線が一斉にユウトたちの元へ集まる。


 普段は温厚で争いや揉め事を嫌うソウマだが唯一の友達を穿った見方をされて、黙っていられなかった。


「ユウトはそんな奴じゃない。そのマンガ雑誌はいつもユウトが読んだ後僕に貸してくれるのが僕たちの間でお約束になってるんだよ。だからユウトは――」


 ソウマの話は嘘ではない。


 ソウマは面白かったゲームソフトをクリアした後、いつもユウトに貸してくれる。そのお礼として、ユウトは読んだ後のマンガ雑誌を貸すのがいつの間にか二人の間で恒例になっていた。


 友人の思わぬ一面を目の当りにして改めてユウトはソウマと友達で良かったと再認識した。


「すまないが、そういうことなんだ。どうしても貸してほしいならその後に――」

「何勝手に話に入ってきてんだよ」


「え――」


 レオの言葉に込められた険がより一層剣呑さを増していた。


「てめえには聞いてねえんだよ。勝手にでしゃばってきてんじゃねえ」

「うわっ――」


「ソウマっ」


 レオに強く突き飛ばされたソウマは周囲の椅子や机を巻き込みながら勢いよく床に倒れ込んだ。


「大丈夫か」

「うん、なんとか」


 すぐさまユウトは倒れるソウマの元へ駆け寄った。


 これには今まで関りになりたくないと一歩引いたところで様子見をしていた生徒たちもさすがに目の前の状況に騒然となった。


「ち、どいつもこいつも俺を悪者にしやがって。おもしろくねえ」


 ばつが悪くなり、レオは教室を後にした。教室を出る直前、レオは最後にボソッと何か呟いたのだが、それがユウトたちの耳に届くことはなかった。


 その後、突き飛ばされたソウマは保健室へ。大した怪我もなく一限目の途中で教室に戻って来た…………結局この後、レオが教室へ戻ってくることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る