鏡怪談 番外:しにがみのおしごと

等星シリス

魂花流シ

──状況を整理しよう。

俺の名前は桜辺さくらべ雪晴ゆきはる

賽河原さいがわら高校に通い、オカルト研究会に所属している男子高校生。

特技は幽霊と話せること。

この特技を活かして人助けならぬ幽霊助けをやってたら死神の馬酔木あしびと出会った。

死神は公務員の一種だけど資格を持ってる人しかなれないものであることと俺がその資格を持ってること。

この二つを馬酔木から教えてもらったその日を境に俺の人生は少しだけ変わった。

具体的には放課後や休日にインターンシップという体で死神の仕事を教わる時間が出来た。

と言っても元々やってたことの延長、馬酔木の言葉を借りるならタダ働きボランティアから収入アリアルバイトにグレードアップしただけ。

時々大変な目に遭ったりするけどそれなりに楽しいと思える日々を送っている。


そして今、俺は馬酔木と一緒に電車でとある場所に向かっている。

目的地は彼岸、所謂あの世って奴だ。

「っ、」

トンネルに入った瞬間から空気が変わった、ような気がする。

真夏とは思えない薄ら寒さが背筋に──

「雪晴」

名前を呼ばれてはっと我に返り、自分の頬を強めに叩く。

危なかった、人生の強制終了的な意味で。

「もうすぐ着くよ」

馬酔木がそう告げた直後に電車はトンネルを抜け、意外と小綺麗な無人駅で停車する。

「忘れ物、しないでね」

「お、おう」

足元に置いていた荷物を抱えてホームに降りた俺がまず目にしたのは黄昏色の空。

次いで感じたのは吹き抜ける風の冷たさ。

「ここが、彼岸……」

「想像と違った?」

「そりゃあ……まぁ……」

「ただの中継地点だからね、ここは」

「中継地点?」

「人生の幕引きを迎えた魂が次に行く先をあの川で決めるんだ」

そう言って馬酔木が指差した先にはとても大きな川があった。

「……あれってもしかして三途の川か?」

「正解」

「魂の行き先を決めるって具体的には何をどうやるんだ?」

「それは見てのお楽しみ」


「ん?」

河原にいた先客──黒いコートを羽織った長髪の男性はこちらを見るやいなや否やおお、と声を上げる。

「久しぶりだな馬酔木、それと……」

「最近入った研修生、名前は桜辺雪晴」

「ど、どうも」

椿つばきひろむだ、よろしくな」

馬酔木よりちょっと年上の気さくなお兄さんって感じだな、この人。

「椿さんも魂花たまばなを流しに来たんですか?」

「ああ、こいつで最後だ」

椿さんの手から離れた菖蒲の花──の形に見える魂は水面に浮かんだまま緩やかに流されていく。

「俺たちも流すよ」

「お、おう」

ここまで運んできた荷物こと色とりどりの魂花を川に流す作業は思いの外時間がかかった。

馬酔木の奴、どうやってこの量をナップザックに詰め込んだんだ。

「流石に怨魂花えんこんかは無いか」

「研修生にはまだ早いですからね」

「そりゃそうだ」

怨魂花、って何だったっけ。

前に一度説明された、気がする。

「こっちはヤバかったぞー。怨魂花のせいで研究施設が一つ潰れただけならまだしも、下手すりゃバケモノが野に放たれるところだったからな」

「……ちゃんと処理しましたよね?」

「たりめーだろ、のこぎりじゃあるまいし」

鋸って人、どんだけやらかしてるんだか。

「原因不明のボヤ騒ぎとしてちょっとばかし世間を騒がせはしたがもう忘れ去られてる頃だろうさ」

「椿さんが担当してる彼我見市かがみしはその手のネタに事欠かない街ですしね」

「お陰で俺は大忙しだけどな」

詳しいことは分からないけど、彼我見市がおっかない場所なのは間違いなさそうだな。

「……っと、長居が過ぎたな。お前らも寄り道せずにさっさと帰れよー」

「椿さんこそ、特務零課とくむれいかの人達にちょっかいを──」

「わーかってるっての」

馬酔木って口数は少ないくせに小言は多いんだよなぁ。

「……雪晴、俺達も帰るよ」

やべ、相当怒ってる。

怨魂花のことを聞くのはまた今度にしよう。


「あっつ!」

電車を降りた瞬間に襲ってきた真夏の熱気が此岸しがん──この世に戻ってこられたことを容赦なく伝えてくる。

「そういえば雪晴」

「ん?」

「次は九月の終わり頃に行くからね」

ああ、お彼岸の頃かぁ。

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