炸裂!萌え妹パワー!

三剣 佐為

炸裂!萌え妹パワー!

 真良一輝(しんらかずき)が歩く通学路は、いつも突き刺さる視線の嵐が吹き荒れていた。半分は奇異のまなざし、残りは男子生徒の嫉妬と殺意が含まれた視線だった。その原因は一輝の左腕に寄り添っている少女にあった。

 愛らしさを兼ね備えた整った顔立ち。

 ほっそりとした可憐な腕と黒のニーソックスで包まれた繊細な足。

 ふたつの小さな黒いリボンを飾り付けた長くて綺麗な髪。

 外見だけ判断するなら文句なしの美少女だった。そう、外見だけなら・・・

 少女の名は真良美紅(しんらみく)。一輝のひとつ下の妹で、今年の春に入学したばかりの高校1年生である。

「おにいちゃん」

 美紅が顔を上げて一輝を見た。

「どうした?」

「ううん、何でもない。ただ呼んでみただけ」

 と言うと、無邪気な笑みを浮かべて体をさらに密着させた。

「またそのパターンかよ。これで5回目だよな」

「ブブー、違いまーす。正解は8回目でーす」

 一輝はいいようのない脱力感に見舞われた。朝からこれではたまったものではない。

「何よ、そんな激しく疲れた顔をして。こんな可愛い妹と一緒に登校できるのに、そんな顔したら駄目だよ」

「いい、おにいちゃん。自分専用の可愛い妹というのは、男の子の憧れのひとつなんだよ。喉から手が出るほど欲しいと思っても、手に入れられずに血の涙を流す男の子がほとんどなのに、おにいちゃんはそれを手にしているんだから、世界一の幸せ者だと思わなきゃ」

「あ、おにいちゃんの場合は妹が美紅だから、宇宙一の幸せ者になるのか。だからほら、もっと萌え萌えしながら歩かないと駄目だよ」

 美紅は頬を膨らませながら説教めいた口調で言った。

「なんじゃそりゃ」

 一輝はあきれたような顔した。言っていることはなんとなく分からなくもないが、完全に理解するまでには至らなかった。

 特に萌え萌えしながら歩くということが分からなかった。いったいどんな歩き方なのだろうか。

───それにしても、まさかこんなふうになるとはな・・・

 妹を見てしみじみ思う。

 一輝と美紅は、幼い頃に両親を交通事故で亡くし、今日まで兄妹のふたりきりで過ごしてきた。

 そのあいだにも、いろいろとつらいことがあったが、美紅がこうして無邪気でいるのは、とあるものとの出会いのおかげだった。このきっかけがなければ、今の美紅はいなかったと断言できた。

 一輝は今のままの美紅でいたらいいと思っている。少し怪しい電波系の方向に向かっているところが気にならないといえば嘘になるが、とあるものと出会う前の美紅よりははるかにいい。

 そう、あの頃の妹を知る者としては、二度と時間を戻したくなかった。

 美紅にはこれからもずっと笑っていてもらいたい。

 だから、過去よりも今、そして未来へ続く道を明るく照らしてあげたいと切に願う。それが兄としての使命だと一輝は思っていた。

「どうしたの?」

 我に返ると、怪訝そうな表情をした妹がアップで迫っていた。

「いや、何でもない」

 一輝は意図的にきっぱりと答えた。

「うそ、何でもないという顔していなかったもん。あ、分かった、美紅があまりにも可愛いから見とれていたんだ。それとも、美紅の絶対領域を見て、萌えーってなっていたのかなあ。やだっ、おにいちゃんのえっち」

 口もとに手を軽く当てて、頬をほんのりと桜色に染める美紅。ちなみに絶対領域とは、ニーソックスとスカートの間から見える太ももの素肌部分のことである。

 この仕草と表情も我が妹ながら可愛いと一瞬思ったが、そんなことを考えている場合ではなかった。

「うおーいっ、なんてこと口走るんだ!みんなに丸聞こえじゃないか!」

 一輝は狼狽せずにはいられなかった。

 周囲を歩く生徒の視線が痛い。中には「変態だ」とか「あれが噂のシスコン兄貴か」とか「いや、妹萌えのオタクだよ」とか冷たくささやく生徒もいる。

───ああ、これでさらに俺のイメージが・・・

 一輝はその場で頭を抱えたくなった。

「もしかしなくても図星?」

 美紅が意味深な笑みを見せる。そこには余裕がうかがえた。

「断じて違う!ただ、おまえの胸が相変わらず成長していないなって思っただけだ」

 反撃の一手という意味合いを含めて、一輝はそう反論した。このまま、妹に翻弄されっぱなしというのは、なんとなく悔しいと思ったからだ。しかし、それは痛恨の悪手だった。

「むー、おにいちゃんの意地悪!そんなに胸が大きいほうがいいんなら、今度美紅の胸を揉んでよ!好きなひとに揉んでもらうと大きくなるって聞いたことがあるから、美紅も試してみたいと思っていたし、まさに一石二鳥だよ」

 美紅は周囲のことなどおかまいなしに、核弾頭的な発言を放った。当然、他の生徒にもその会話が耳に入り、瞬時にまわりの空気が凍りついた。しまったと思ったが時すでに遅し。取り繕うことは不可能な状況となっていた。

「頼む、これ以上俺をさらし者にしないでくれ・・・」

 明白な軽蔑の視線の集中砲火を浴びた一輝は、右手を顔に当ててうなだれた。


 夕刻、家の玄関を開けると、そこにメイドがいた。

「お帰りなさいませ、旦那様」

 玄関の上がり口で立ってお辞儀をしたメイドを見て、一輝は思わず回れ右をして外に出た。

「間違いなくここは俺の家だよな。っていうか、さっきのメイドは美紅だったよな」

 くまなく周囲を眺めるが、どこをどう見ても一輝の自宅だった。少なくとも今流行っているメイド喫茶ではなかった。

 そうしているとき、閉じたドアが開き、メイド姿をした妹が出てきた。

「もうっ、おにいちゃんたら、何してるのよ」

「それはこっちの台詞だ。なんだ、その格好は?」

「見て分からない?メイドさんだよ」

「それは見て分かる。俺が聞きたいのは、何でそんな格好をしているのかってことだ」

「今、流行ってるから」

「それだけか?」

 半ばあきれる一輝。

「あとはおにいちゃんにご奉仕したかったから。どう、メイド服を着た美紅も可愛いでしょ?可愛いでしょ?」

 美紅はスカートの裾をつまみながら、得意満面の笑みを浮かべた。

「まあ、確かにこれはこれで可愛いが・・・いや、そうじゃなくて、とにかく早く中に戻れ。こんなのをご近所に見られたら大変だ」

 一輝は辺りを見回した。変な噂が立つのは学校だけで十分だ。

「ほえ、どうして?」

 美紅が小首をかしげる。学校同様に、ここでも先の展開を読めていないようだった。こういう部分は、いかにも彼女らしい。

「どうしてもだ」

 一輝は有無言わさずに妹の背中を押した。

「もしかしたら、メイドじゃなくてゴスロリのほうがよかったのかなあ」

「そういう問題じゃないだろ」

 マイペースな妹の言動に兄は深いため息をついた。

「おにいちゃん、今日のご飯は何?美紅、もうお腹ペコペコだよ」

 家の中に入った直後、美紅が尋ねた。この時間帯になると、必ず出る言葉だった。

「おいおい、普通、食事の準備とかいうのはメイドさんがしてくれるもんじゃないのか?」

 そう言って、一輝が微かな笑みを浮かべる。

「だって美紅、お料理できないもん。知っていてそんなこと言うなんて、おにいちゃんの意地悪」

 美紅は頬を膨らませて一輝を軽く睨んだ。

 そんな妹の態度を見て、一輝は忍び笑いを漏らした。

「悪い悪い。それでは、おにいさんが可愛いメイドさんのために作ってあげよう。何かリクエストがあるなら言ってくれ。あ、言っておくが、家にあるものでしか作れないから、そこのところは考えてくれよ」

「うんとね、オムライスがいい!いつも作ってくれるトロトロしたほうね」

「いきなり難易度の高いもんできたな。でも、OKだ。できたら呼ぶから少し待っていろ」

「あ、それなら美紅もお手伝いする。せっかくメイドさんの服を着ているから、それぐらいしないとね」

「気持ちはありがたいが、それは却下だ」

 一輝はすぐさま美紅の申し出を断った。

「えー、どうして?」

 当然のことながら美紅が抗議の声を上げる。

「おまえ、忘れたのか。以前、無理やり俺の手伝いをして、夕飯がカップラーメンに変わったことを」

「あ、そういえば、そんなことがあった気が・・・」

そのときのことを思い出して、天井を見上げる。

「というわけだから、おとなしく待ってろ」

「うん、分かった。下でテレビでも見ながら、おとなしく待ってる」

「よしよし、いい子だ」

 一輝は美紅の頭を軽く撫でて台所へと向かった。

 冷蔵庫から必要な食材を取り出してキッチンへ入ると、早速調理へと取り掛かった。

 まずは鶏のむね肉とピーマンを細かく切って、サラダ油を引いたフライパンで炒める。適度に色がついたところでご飯を入れて、それから塩と胡椒を少々入れて味付けをする。

 そして、ある程度炒めたあと、いったん火を止めてケチャップを混ぜる。これでチキンライスの完成だ。

 今度は泡立て器を使って溶いた卵の中に粉チーズを加えたのち、それをバターと油を引いた別のフライパンで焼く。このときの火加減が最大の難関でかなり難しい。

 しかし、ここは幾度となく失敗を繰り返した経験を活かし、絶妙な加減でチキンライスを覆う半熟のドームを作り上げた。これで注文されたメニューの完成だ。

 このあと、一輝は台所のテーブルに戻って手際よくオムライスや付け合せのサラダを並べた。

「おーい、ご飯が出来たぞー」

「はーい」

 すべて準備を終えた一輝が台所のドアを開けると、リビングから勢いよく美紅が飛び出してきた。

「うわあ、おいしそう!」

 テーブルの上に堂々と居座っているオムライスを見て目を輝かせる。

「今日の出来はパーフェクトだ。さ、熱いうちに食べようぜ」

「うん!」

 一輝と美紅は同時に着席した。

「いただきまーす」

 美紅が先頭を切ってオムライスをひと口食べる。

「うん、すごくおいしい!さすがおにいちゃん、料理の天才だね!」

 破顔一笑する。

「うん、我ながら上出来だ。だけど、いい加減におまえも少しくらい料理できないと、嫁のもらい手がなくなるぞ」

 そうは言ったものの、美紅の嫁にしたいと思う男は、引く手あまたであることを一輝は知っていた。家事能力は皆無だが、それを補ってあまりあるルックスと性格のよさがあるからだ。

 兄バカというひいき目を抜きにしても、美紅は学園一の美少女だと公言できた。今までもらったラブレターは1日に最低数十通、告白して振った相手は数知れず。恐らく学園の男子生徒の半数以上が美紅にアタックしたものだと思われる。そこまで人気があるのだ。

 それなのに美紅が彼氏を作らないのは、一輝の存在があるからに他ならない。しかも、今まで「美紅にはおにいちゃんがいるから」と言って告白してきた相手全員を振ってきたという経緯があるため、一輝への風当たりは強かった。そう、結構つらい立場に立たされていたりするのだ。

「できなくてもいいもん。だって、美紅はおにいちゃんのそばにずっといるから」

 美紅は一輝の言葉に対して、ためらいもなく予想どおりの答えを返した。

「まったく、しょうがない奴だな」

 一輝はそんな妹を見て、苦笑せずにはいられなかった。

 いつまでも兄離れできないのはいかがなものかと思う反面、安心している自分がいたりする。さしずめ娘を持つ父親の心境といったところだろうか。美紅の将来を考えると、そろそろ兄離れをさせたほうがいいと思うのだが、このまま一緒に暮らしていってもいいという気持ちもある。今の生活に確かな安心感を持っているからだ。

 美紅に彼氏ができれば、状況も大きく変化するのだが、そうなったらなったで相手の男とうまくやっていく自信がなかった。そのことを考えた直後、「おまえごときに大事な妹はやらん!」とか言って追い返すという想像が真っ先に浮かび上がったからである。

 そう考えると、美紅が兄離れできないのではなくて、一輝が妹離れできていない気がしてきた。

───もしかして、俺ってやっぱりシスコンなのか・・・

 一輝はちょっとした自己嫌悪に陥った。

「ねえ、おにいちゃん、おにいちゃんってば!」

「うおっ、言っておくが俺は断じてシスコンじゃないぞ」

 美紅の強い呼びかけに、一輝はもとの世界へと連れ戻された。

「もうっ、何寝ぼけたこと言ってるの。美紅は今度の休みの予定を聞いただけで、そんなこと誰も聞いてないよ。でも、おにいちゃんは学校でも有名なれっきとしたシスコンだよ。美紅もブラコンだから、これって相思相愛になるよね」

 嬉しそうに美紅が言う。

「なんでそうなるんだよ。とそのまえに、俺ってやっぱりシスコンで通っているのか?」

「うん、バッチリそうなってるよ。あれっ、もしかして今まで知らなかったの?」

「いや、なんとなくそうかもとは思っていたが、やはりそうだったのか・・・」

 周囲の評価をより克明に再認識させられ、がく然となった。

「大丈夫だよ、おにいちゃん。美紅はおにいちゃんだけのものだから心配しないで。 それに美紅も自他ともに認めるブラコンだから、何の問題もないよ」

 美紅は天真爛漫な笑顔で答えた。妹の図太さもここまでくると驚嘆に域に達した。この無邪気さはある意味最強の武器だといえた。

「俺の場合は他だけで自は認めていない!しかし、この調子だと「メイド属性」が加わるのもそう遠くなさそうだ」

 遠い目をする一輝。

 そこに美紅からさらなる残酷な事実が突きつけられた。

「あ、多分、そうなるかもしれないね。同人関係のお友だちからこのメイド服借りるときに、おにいちゃんを喜ばせるためって言ったから。でも、おにいちゃん、あんまり喜んでくれなかったから、やっぱりゴスロリのほうがよかったのかな?」

「なんですとお!まさかと思うが、そのゴスロリの衣装も借りるとか言っていないだろうな?頼む、言っていないと言ってくれ!」

 一輝はわらにもすがる思いで尋ねた。

「えっと、この次はおにいちゃんのためにゴスロリの服を借りるかもって言ったけど・・・」

 と答える美紅。現実は厳しかった。

「オーマイガッ!これで「メイド属性」の他に「ゴスロリ属性」のオプション追加が確定かよ!」

 一輝はたまらず机の上に突っ伏した。

 これで明日からさらに冷たい逆風が強くなりそうだ。新たにどんなことをささやかれるのか、想像するだけでも恐ろしい。もしかすると、今度こそ美紅に振られた男子生徒から刺されるかもしれない。しばらく登校拒否をしようかと半分本気で思ってしまった。

「なんだかよく分からないけど、美紅がご飯を食べさせてあげるから元気だして。はい、旦那様、あーんしてください」

 一輝の心境などつゆ知らず、美紅は邪気のない笑みをたたえながらオムライスを乗せたスプーンを差し出した。

「・・・もう何も言うまい・・・」

 一輝は観念して妹が差し出したスプーンを口に入れた。もはや抵抗する気力すら失っていた。相手が可愛い妹だというのがせめてもの情けだと思うことにした。

 人間あきらめが肝心。

 これが今日身に付いた教訓だった。

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