第31話 JUGGERNAUT――ジャガーノート

 ブリーフィングを終えた午後。


 アッセンブルと第57飛行隊、キルシュを始めとするスカイ・ギャンビットの乗組員クルーたちは、再びの呼集を受けて滑走路にいる。


「ジャグんじゃねえか」


 滑走路の脇に並ぶ格納庫は、通常は1棟あたり5ないし6機の戦闘機の収容および整備を行っている。

 しかし、次世代航空戦術ロボットシステムA.W.A.R.S.の試作AIであるジャグと、その乗機である最新鋭機ストームチェイサーは、機密保持と研究開発に要する機材のために、一棟丸ごとを占有していた。


 ジャグん家、またはソニアん家とトルノが呼ぶその建物は、スーツ姿の人工知能開発スタッフとメーカーから派遣されたツナギ姿のストームチェイサー整備員しか出入りをせず、小銃を構えた警備兵が24時間体制でその通行を監視し、基地の者でも許可が無ければ追い払われる、隔絶された区画だった。


 そして、普段はジャグの出撃と帰還の際に、僅かの間しか開かない「開かずの格納庫」と呼ばれるそれが、今は大きく開け放たれている。


「呼び立てて済まないな」


 西からの強い日差しが逆光になって、薄暗い内部は見通せない。そこから現れた3つのシルエットはクルカルニとミラ、そして水筒ジャグを抱えたソニアだった。


「先ほど説明した作戦の、これが最後の要素ファクターだ」


 牽引車に引かれて出てくる機体。その異形を目の当たりにして、その場に集められた者は言葉を失った。

 その様子に満足気なクルカルニの顔と、誇らしげに胸を反らせるソニアを見て、ミラは長く密かにため息をついた。

 この隊は、隊長を筆頭ひっとうとして誰も彼も、どうしてこうも外連味けれんみが強いのか。戦闘力と人格の一般性は、反比例する関係にあるのか。どうして真面目に淡々と事を運ばないのか、もしくは運べないのか。


 そして、その外連の極めつけがこの新型機だ。


「カッケえ‼」

「そうでしょうそうでしょう」


 拳を握って叫ぶトルノに、もありなんとソニアが頷く。

 アストック空軍の次期制式採用が決定している戦闘機ストームチェイサー《NFX-23》をベースにして、人工知能による運用を前提に再設計を行った本来の意味でのジャグ専用機。


「人の乗るコックピットにAIを据え付けただけのこれまでと、このNFX-23-3ADV通称”ハリケーンアイズ“は全くの別物です」

「おー、カッケえ‼」


 まず風防キャノピーがない。一般に戦闘機の風防はパイロットの視界を確保するため透明度の高いポリカーボネート製の「窓」となっているが、肉眼を持たないジャグには本来必要の無いものだ。

 装甲されたコックピットの中央には眼の役割を果たす複合センサーユニットが顔を覗かせ、機首のみならず機体各所に配置されたそれらは、360°全方位全天候での戦闘を可能とする。


 そして機首方向に傾斜した前進翼に装備されたユニットが、この機体の真骨頂しんこっちょうだ。


 全長約19mの機体に対して、8mほどの外部ユニットが左右の翼の上下に装備されたその姿は、既存の航空機に類を見ないシルエットを機体に与えている。


 燃料増加による継戦能力の向上と推力アップを機能とする“ブースターパック”と、短AAM空対空ミサイルを搭載した“アーマーパック”、そして索敵および通信の補助と電波撹乱によるEMP攻撃を可能とする“電子戦パック”と、自身が無人機として独立飛行をする事が可能な“ドローンパック”。


 この4種の追加装備を目的に応じて換装し、ひとつの戦場の趨勢すうせいに単機が与える影響を最大化する。


「これが次世代航空戦術ロボットシステムA.W.A.R.S.の設計コンセプトの完成形です」


「これ、俺の機にも付けてくれ」

「付きません」


 その空力特性上、翼の基部にかかる強い負荷が前進翼機の抱える課題だった。その問題を増加はすれども解消はしないこれらの装備を使うために、機体そのものに関しても大幅な改修が施されている。

 フレーム素材の変更とそれに伴う翼周りのセミモノコック構造を設計から見直し、ブースターユニットの能力に合わせて機体のエンジンを新開発の“ガルーダMark9”に換装。


「マッハ3.2の最高速度と最大15Gの旋回性能。航空電子工学アビオニクスすいきわめたこの機体は、もはや人類に扱える代物ではありません」

完璧パーフェクトだ、ソニア」

「感謝の極み」


 途中で腰を折られそうになりながらも、長口上をやり遂げたソニアの頬は、興奮と高揚に染まっている。そして、それを鷹揚おうようたたえるジャグとのやり取りは、もはや主従が逆転していた。


 少年のようにはしゃぐトルノと、うっとりとした目で己の成果を愛でるソニア。それを眺めて悦に入るクルカルニ。

 しかし、蚊帳の外からそれらを眺めるミラと他の者が、奇怪なフォルムの新型機に抱いた印象は「ゲテモノ」だった。ストームチェイサーならばまだしも、SFアニメにでも登場しそうな機体に進んで乗りたいと思う者は、この中にはただの一人もいなかった。


「俺もコレがいい。俺に乗らせろ」

「ダメです。トルノさんの心臓をボルトで留めて、血液の代わりにオイルを流しても、ムリなものはムリなんです。第一、外が見えないのに飛べる筈がないでしょ!」

「俺ならいける。目隠ししたって素人よりは上手く飛べる」


 ソニアの対応はにべもない。出来もしない事を言うエースパイロットの駄々に、人工知能が溜め息をついた。


「いい歳をした男の駄々は見るに耐えんな。俺のお古で我慢しろ」

「うるせぇジャグ。人間サマに対する謙譲の心ってものをだな……」


 さらに何かを言い募ろうとして、トルノがピタリと停止した。

 クリップボードを抱いてこちらを睨むソニアの頭上、スカイブルーを基調として同系色のドットを散らした低視認ロービジ迷彩。その機首の側面にある、パイロット名の表示を無言で見詰める。


「じゃっ……げる……なうと?」

「―――ッ‼」


 初見の単語を読み上げる、間の抜けた片言かたこととそれに相応しいトルノの顔に、それまで眉ひとつ動かさずにいたミラが思わず噴き出した。


「ジャガーノートと読むんだ」

「誰だそれ」

「Give me a bre勘弁してくれak。知らなかったか? それがオレの正式名称だ」


 抑止不能の圧倒的な破壊力―――その言葉の意味するところを聞いてポカンとしたトルノが、次の瞬間には腹を抱えて笑い出した。


 水筒だからジャグなのだと思っていたら、そんな御大層なお名前をお持ちの方であそばせたとは。これまでの無礼と非礼、まとめてお詫び申し上げます。圧倒的な破壊力とか、自分で言ってて恥ずかしくないのか。お前がそう来るなら俺は不死身の撃墜王だ。


「馬鹿にしないで下さい!」

「人をコケにするのも程々にしておけ」

「へぇ、おっかねえなあ。程々にしなかったらどうなるんだ、圧倒的破壊力さんよ?」


 我が子を馬鹿にされた母親よろしく、トルノにソニアが食って掛かる。さすがに腹に据えかねたジャグのセンサーがギラリと光る。

 しかし、子供じみた口喧嘩に割って入ったのは、クルカルニでもミラでもなく、唐突に鳴ったサイレンだった。


敵機バンディットは5機。恐らくは長距離タイプの偵察ドローンが、境界線を越えてこちらへ向かって飛行中です」


 端末で連絡を受けたミラの報告に、クルカルニが軽く頷く。


 思ったよりは動きが早い。しかし、こちらは元々「後の先」狙いの作戦ゆえに、慌てる必要はどこにもない。


 攻撃目標がこの基地である裏付ける敵の動きに、緩んでいた空気が冷えて固まる。命令を求める視線が、司令官に集中する。


「新型機の肩慣らしテスト飛行には丁度いい。そうだろ?」

「相手としては不足だが、贅沢は言っていられんしな」


 直前までじゃれ合いを嘘のように引っ込めた、トルノの軽口にジャグが乗った。コロリと態度を変えたひとりと1機について行けず、取り残されたソニアは大きな不満と少しの寂しさを感じた。


「良かろう。シャークバイト分隊は直ちに発進し、敵の偵察の意図をくじけ」


 格納庫から伸ばしたチューブが機体に接続される。コンプレッサーが始動すると、息吹を吹き込まれたハリケーンアイズのエンジンが唸りを上げる。


「まわせー‼」


 トルノが叫ぶエンジン始動の合図を待たず、新たな愛機となったストームチェイサーに火が入る。機銃に繋いだベルトが猛烈な勢いで弾丸の列を送り込み、装着されたミサイルの安全ピンが外される。

 押っ取り刀で装具を身に付け、コックピットに身体を押し込むと、一足先に誘導路を進む相棒が見えた。


《せっかちな奴だ。新しいオモチャをで壊すなよ》

《流石だな。2日で2機を潰したお方の言葉は重みが違う》

《空戦よりも皮肉の方が上達してねえか》

《教師に褒められると向上心が湧いてくるね》


 Cleared for take離陸を許可するoffのコールを聴くのももどかしく、トルノとジャグが走り始めた。


 シートに身体が押し付けられる。脚が地面を離れる速さが段違いに早い。浮いた直後に操縦桿を横に倒せば、くるりと横にロールする反応リアクションの小気味の良さにトルノは心を踊らせた。


「さあ、我々も準備に取り掛かるとしよう。敵は間もなくやってくるぞ」


 喜び勇んで飛び立っていくシャークバイトを見送ると、一同に号令が発された。


「全部隊は直ちにを行動開始。所定の位置について待機に入れ」


 全員の敬礼にクルカルニが答礼する。


 パイロットは格納庫へ走り、駐機場エプロンに鎮座するスカイ・ギャンビットは離陸の準備に取り掛かる。

 明日は長い一日になる。傾き始めた太陽を見る兵士たちが一様に感じた予感は、外れる事は無さそうだった。

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