レシート地層発掘委員会

在原一二三

佐々木くんの話 1

※このお話はフィクションです




帰り道、友人たちと別れて駅のホームで電車を待っていたら、背後から声をかけられた。

誰かと思ったら、佐々木くんだった。


「聞いたぜ。お前のとこのサークル、分裂したんだって?」


「してないよ」


なにか間違った情報を聞いてきたらしい。

僕が否定すると、佐々木くんは変な顔をした。


「あん?ちげーの?部長派と反部長派でドンパチして分裂したって聞いたけど」


「その……トラブルがあったのは事実だよ。でも分裂はしてないよ」


とはいえ、一部の部員が退部を表明するところまで行ったし、この件で部長に対する不信感を持った部員がいたのは事実だ。そして、そんな部員たちがサークル活動とは別に、こっそりと集まっていることも。


「なんだ。やっぱ分裂じゃん」


「いや、違うよ。別にサークル辞めたわけじゃないし」


「あ?そうなん?」


「そうだよ。サークルのなかで特に仲のいい部員同士が、サークルない日に集まってるだけ。別に新しいサークルを作ろうとかそういうのじゃなくて、単に集まってだらだら話したりゲームしたりしてるだけだよ」


「仲良しグループってわけね。で、お前とその一員と」


「……まあ、そうだね。一応」


「一応ってなんだよ」


「ぼくは新参っていうか……騒ぎが沈静化したころに呼ばれて参加するようになったから。だから、当時のトラブル真っ只中のころのことはよく知らない」


「ふーん」


佐々木くんは近くの自販機で缶コーヒーを買ってきた。爪でタブをカッカッと引っ掻きながら言う。


「楽しくないんか」


「は?」


「その集まり」


「いや、楽しいけど……」


「うそつけ。さっき一緒にいたの、そのグループの連中だろ。お前死にそうな顔してたじゃん」


「そんなこと……」


「なあこのコーヒー全然開かねえんだけど。なんで?」


「開けるの下手くそかよ……」


代わりに開けてやると、佐々木くんはお礼にとチョコレートをくれた。

変な男だ。


「どうなんだよ、実際」


「いや、まあ……新参だし、馴染めてはない、かな。疎外感っていうほどではないけど、うーん……」


いい表現が思い付かない。


「場違いっていうのかな。ぼく、ここにいていいのか?みたいな」


「そりゃそうだろうな。初期メンバーと追加メンバーじゃ、仲良し度がちげーもん」


「仲良し度?」


「初期メンはもう仲良し度100よ。べったりらぶらぶ。仲間意識が強くて、お互い信頼しあってる。強い結び付きがある面々」


「……」


「追加はまあ、せいぜい仲良し度60とか?雑談はするし一緒にいて楽しいけど、そんだけ。別にいないならいないでいいし、替えもきく。信頼とかはナッシング」


「……そうだね」


その通りだ。


「それだけか?」


「なにが?」


「つまんねえ理由」


「えっとね、つまんなくはないよ。楽しいよ」


「でも死にそうじゃん、お前」


「……それは」


「なんだよ。言っちゃえよ。心配しなくても仲良しグループのやつらはいねえし、俺は頭悪いからお前の話なんか覚えてらんねえ」


「それはそれでどうなの……」


ぼくは笑って、それからなんとなく話し始めた。

佐々木くんなら、まあいいか。

そう思ったのだ。


「あのね、経緯が経緯だから当たり前だけど、基本的にあのグループって反部長派の集まりなんだよね」


「だろうな」


「だから、こう、悪口が出るわけ。特にサークルでなんかあった日は」


「あーなるほど。サークルはサークルで参加してっから、そこで鬱憤がたまるわけだ。それを仲良しグループの間で言い合って発散してんのね」


「話早いなあ」


「よくある話だからな」


佐々木くんはコーヒーをグビグビ飲んだ。


「で、お前はそれがご不満?」


「不満ってほどじゃない。ただぼくは、佐々木くんが言うところの追加メンバーだからさ。初期メンバーほど反部長反サークルって感じではないんだ」


「だから初期メンの悪口には乗れない」


「まあ、そう」


ひひひ、と佐々木くんは笑った。

なんだか悪人じみた笑いかただった。


「お前は狼なわけだ」


「狼?」


「羊の群れに一匹だけ混じった狼。周りは羊ばっかりだから、馴染めない」


「狼の群れにまじった羊じゃなくて?」


「陰口叩くのは草食動物って相場が決まってる」


とんだ偏見だった。


「まあ、どっちでもいいけど……」


「嫌なら嫌って言えばいいじゃねえか」


「……」


「嫌なんだろ、悪口。お前は別にサークルも部長も嫌いじゃない。嫌いじゃないやつの悪口聞かされんのは、しんどいだろ」


「……うん」


佐々木くんの言うとおりだ。

ぼくはサークルも部長も嫌いじゃない──というか、今も普通にサークルは楽しい。部長も、問題がないとは言わないけれど、そこまで悪いとは思ってない。欠点のひとつやふたつ、あるのが当たり前だ。その点で、部長はごく普通の範疇にある人だと思う。少なくとも、悪い人ではない。

だから、悪く言われるのは少し傷つく。

たとえ正当な批判であっても、自分の居場所やよく知る人を悪く言われるのは悲しい。

なにより、それを他ならぬ自分の友達が言っているというのが、しんどい。

赤の他人なら怒れるが、友達ではそうもいかない。


「板挟み?」


「っていうほど、逼迫はしてないよ。別に目に見えてトラブルになってるわけじゃないからね」


「そうだな。お前が一人で勝手に居心地悪くなってるだけだ。──あ、だから言わないのか?」


「それもあるけど、そもそもそういうのが言える雰囲気じゃないから」


「雰囲気ねえ」


「経緯が経緯だから、さ」


みんな仲良く、という方針なのだ。

サークルであったようなトラブルや、それに付随する摩擦には、みんな辟易していたから。

だから、喧嘩はしない。メンバーの悪口はいわない。

お互いを思いやろう。

お互い、傷つかないように。

そういう了解がある。


「部長やサークルは悪口言うけど、メンバー同士では言いませんてか」


「喧嘩がないのは、いいことだよ」


「心にもないこと言うなよ」


「……喧嘩をしないためにはさ、常に相手に同調して、同意してなきゃいけない。反論や否定をしたら、喧嘩になるかもしれない。そうでなくとも、相手を傷つけてしまうかもしれない」


「まー、そうなるよな」


「嫌と言ってはいけない。……なんてルールはないけどさ。でも、言いづらいよ。言いづらい雰囲気がある」


「無言の圧力ってやつだろ。そんで、消極的言論統制だ」


「あの、一応言っとくけど、ぼくはそれが悪いとは思ってないよ。そういう風になった理由は理解できるし、しかたないと思ってる」


「経緯が経緯だから?」


「そう」


「そうかねえ」


佐々木くんは、どこか不満げだ。

ぼくは慌てて弁明する。


「悪意あって決めたルールならともかくさ、そうじゃないんだし。みんな仲良くしたいって気持ちは、別に悪いことじゃない。無言の圧力って佐々木くんは言ったけど、それだってぼくが勝手に感じてるだけで……」


「そりゃそうだ。圧力ってのは、かけてる側にはかからない。そんなもんは圧力鍋も政治家も同じだ」


「……」


なんとなく佐々木くんが怒っている気がして、ぼくは口を閉ざした。

そんなぼくを見て、佐々木くんはひひひと笑った。


「空気読んだな」


「え?」


「なんか怒ってるな、と思って黙っただろ」


「うん……」


「そうやってグループの集まりもやりすごしてるわけだ」


「……」


「ちなみに俺は全く怒ってない。空気読めてないぜ、お前」


佐々木くんはひひひひひと笑って、コーヒーを飲み干した。


「さっきから友達だって言うけど、本当に友達なわけ?居心地悪いんだろ?」


「えっと、それはそうなんだけど。でもいつもそうってわけじゃないよ」


ぼくは、頭のなかのイメージをなんとなく話す。

グループのみんなは、肩を寄せあって車座になって話している。

ぼくはそれを、少しはなれた場所から眺めている。

彼らは時々、こっちに来て遊んでくれる。

けれどまたすぐに、むこうへ行って肩を寄せあい、話し始める。

ぼくはそれを見ている。

そんな感じだ。


「グループの時は、ぼくは部外者っていうか、輪の外にいるんだよね。だから、うん、居心地はあんまり……場違いだなって感じがする」


「おう」


「でもサークルの時は、みんな近くにいて、ぼくもそのなかにちゃんといるわけ。その時はもう、普通に楽しい。友達だなって思う」


「ああ。サークルだとグループのメンバーは散らばってるわけか。他の人もいるから」


「そうそう。グループのメンバーじゃないけど仲いい人も、サークルにはいるからさ。グループの時ほど密じゃないんだよね、お互いの距離感が」


「希釈されてるんだな、仲良しオーラが」


「そう。だからぼくでも入り込めて……」


「そのくらいの距離感のほうがやりやすい?」


「まあ、そう」


「ふーん。──ところで次の電車まだ来ねえの?遅くね?」


「あと五分もすれば来るよ」


「おせえ。なめくじかよ」


ひひひ、とまた笑う。


「そんで、お前はどうしてほしいわけ」


「え?」


「みんなにこうしてほしいとか、ここ気を付けてほしいとか」


「いや、そういうのはないけど」


「ないの?」


「ないよ。気遣いとか配慮とか、今更されても……」


「悪口やめてほしいって思わんの?」


「思うけど……でもさ、そんなこと頼んでも、ぼくの前で言わなくなるだけだよ」


「そりゃそうだわな。不満そのものがなくなるわけじゃない」


「でしょ?だから、そんなこと頼んでも意味ないよ。ぼくはみんなが不満を持ってることも、悪口言ってることも、もう知ってるんだから」


「なるほど。今更おせえか」


佐々木くんは空になったコーヒーの缶をもてあそんだ。


「でもよお、そのままじゃいつまでも居心地悪いまんまじゃねえの」


「うーん、それはまあ、そうかもしれない。でもさ、郷に入っては郷に従えって言うでしょ」


「ああ。お前は自分のこと、従う側だとおもってんのな」


「実際、そうでしょ。後から来たんだから」


「だからって、なんでもかんでもハイハイ従わなくてもいいと思うがな」


「うーん……」


佐々木くんの言いたいことはわかる。

明らかに間違ってることや、あまりにも辛いと思ったことは正直に言った方がいい、ということだろう。


「あのさ、佐々木くん」


「おう」


「ぼくはみんなのことを友達だと思ってるから、波風立てたくないんだよね」


「だからなんも言わないで我慢か?本当に友達かよ、それ」


「本当でも嘘でも、友達は友達だよ。嫌な思いをさせたくない」


「なるほど」


佐々木くんは笑うのをやめた。


「信頼してないのはお前もか」


「……そうかもね」


「お互い様なわけだ」


「そうだね」


「そりゃ死にそうにもなるわ」


あほくさ、と言って佐々木くんは空き缶をゴミ箱に押し込んだ。

電車がホームに滑り込んでくる。


「お前、これで帰んの?」


「え?うん」


「ふーん。じゃ、俺も帰るわ」


そう言って、佐々木くんは立ち去ろうとした。


「えっ、ちょっと待ってよ。佐々木くん、この電車乗るんじゃないの?」


「乗らねえよ。俺、別の路線だもん」


「じゃあなんでここにいたの……?」


「お前が死にそうな顔してたから気になっただけ。じゃあな」


佐々木くんはどうでもよさそうにそう言って、去っていった。

なんだか、台風のような人だ。

猫背の背中を見送りながら、そんなことを思った。

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