第6話

 目を開けると水の中にいた。水中で聞こえるコポコポという音が、視界を青く染める。冷たい水に身体が沈んでいく感覚が心地いい。沈み切って水底に足が着き、軽く蹴ると身体は浮上する。視界が明るくなっていく。

 何かが唇に触れる感触があって目が覚めた。おぼれて、人工呼吸をされたのだろうか。

「あ、起きちゃった」

 養護教諭の池田未優の顔が見えた。両手を背中に回した妙な姿勢で、真咲の顔を覗き込んでいる。保健室の奥にある熱帯魚の水槽で、酸素供給のポンプが音を立てていた。

「また倒れちゃったわね。みんな心配してたよ。気分はどう?」

 人気タレントと一字違いの未優だが、どうして負けてはいない。綺麗な笑顔を目の前にして、真咲は少し恥ずかしくなった。横を向くと、ベッドの周りに女生徒が集まっているのが見えた。さっき教室にいたのは四、五人だったと思うが、数えなくても十人以上はいる。その中に、頭二つほど大きい柔道着姿のクラスメート、及川丞玖おいかわたすくの姿があった。

「及川くんが運んでくれたのよ」

 たまたま教室に忘れ物を取りに戻って来たところだったという。礼を言おうと身体を起こしかけた時、未優が思いがけないことを言った。

「誰が王子様をキスで起こすか揉めたんだから」

 あちこちでキャーという声が控えめに上がった。

 え? じゃあ、さっきの人工呼吸は、まさか。

「じゃんけんの結果、及川くんになったの」

 指先で唇に触れようとした真咲の手が止まる。丞玖たすくが目を逸らすのが見えた。もう一度気絶してしまいたい気分で、真咲は天を仰いだ。

「冗談よ。全部嘘。泣かなくていいから」

 宥めるように未優が言う。またもやキャーという声が上がった。

 きっと、本当に泣きそうな顔をしていたのだと思う。丞玖が堪え切れないように笑い出す。

 こいつ、覚えてろよ。

 無意識に触れた唇は、少しべたついているように感じた。手で拭うと、手の甲に刷かれたように赤い色が着いた。

「うわ、やっちゃった」

 未優が背中に回していた手を戻した。口紅とスマホを机の上に置き、代わりにウェトティッシュのボトルを手に取る。渡されたティッシュで唇を拭うと、ひんやりとアルコールの匂いが広がった。

「何?」

 机の上のものを見て尋ねると、未優は「ごめん」と言って拝むように片手を立てた。

魚拓ぎょたくを取ろうと思ったの」

「魚拓?」

「うん。えっと、唇拓しんたく?」

 何を言っているのか分からない。

「唇が余りに色っぽかったから、スタンプにして一儲けしようと目論んだの。ジェネラル・ルージュならぬプリンス・ルージュなんちゃってね。女の子たちからは既に予約が入ってて……て、やっぱり駄目かな?」

 駄目に決まってるだろう。真咲はウェットティッシュで乱暴に手の甲を拭いながら、大きく首を振った。

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