アイスクリームはいつか溶ける

杉野みくや

第1話 まぶしいあの子と肩を寄せる

「優奈!早く帰ろ!」

「ちょっと待って!もうすぐしまい終わるから!」


 横で急かしてくる親友の夏美に言葉を返しながら、着ていたユニフォームを急いでビニール袋に入れる。それをリュックに突っ込み、やや乱暴にチャックを閉めた。


「そんな雑に閉めたら、チャック壊れるよ?」

「だって、夏美ちゃんが急かすから」

「いや、たしかに急かしたけど。優奈はただでさえドジなんだから、もう少し落ち着いて急いでほしいよ」

「落ち着いて急ぐってどうやるのよ」


 私は頬を膨らませ、小さく威嚇した。それに対して夏美は「はいはい怒らないでね~」と猫なで声で言葉を返し、両手で膨らんだ頬を優しく抑えた。


 ハンドクリームの甘すぎない香りが微かに流れ込んでくる。紛れもない、夏美の誕生日にプレゼントしたものだった。

 私が使っているものとおそろいのハンドクリーム。

 その香りは頬に伝わる手の感触と混ざり合い、浮き足立つ想いの中に溶けていった。



 『白石女子学園 中学・高等学校』と書かれた校門を後にした私たちは駅へと向かう下り坂を並んで歩いていた。

 そこかしこからセミが鳴き声を発し、真夏の日差しがじわじわと地面を照りつける。先ほど汗を拭いたばかりなのに、額には新たな汗がにじんでいた。


「あづ~い」

「日陰はどこですかー」


 頭が暑さで働かず、口から出任せに言葉を連ねる。雲ひとつない青空から差し込む太陽と日本特有のジメジメした空気のダブルコンボが残り少ない体力を容赦なく奪っていった。


 ヒイヒイ言いながら坂道を下っていくと、曲がり角の先に立っている一本ののぼりが目に入った。そこにはコーンの上に乗せられた丸いアイスの写真がでかでかと印刷されていた。


「あ!アイスクリームがある!」

「ほんとだ!あれって最近オープンしたやつだよね?」

「そうそう!せっかくだし、買っていかない?」

「うん!買っていこ!」


 暑さに耐えかねた私たちは即決でそのアイス屋に足を運んだ。店の前にはアイスを求める人が何人か並んでおり、その中には私と同じ学校の子もいた。


 列に並んでいる最中、開け放たれた店の扉の中から涼しい風が運ばれてきた。汗をかいた体を撫でるように触れていき、ひんやりとして気持ちがよかった。店の中で食べられれば最高だったが、案の定満席だったため、諦めざるを得なかった。


「考えることはみんな同じなんだね」

「ね。この暑さだし、仕方ないよ」

「かといって食べ歩くのもしんどいし、いつもの公園で食べるのが安定かな」


 恵みの冷風を浴びながら雑談をしているうちにも列はどんどん進み、あっという間に私たちの番が回ってきた。


「うちはチョコにするけど優奈は何にする?」

「う~ん。私はやっぱりストロベリーかな」


 私と夏美はそれぞれアイスを買うと、近くにある公園に向かった。そこそこ広い公園ではあるが、休日ということもあって多くの子どもたちが楽しそうに遊んでいた。


 私たちは公園に並んでいるベンチに一直線に向かった。この中の左から2番目のベンチが私たちのお気に入りだった。


 リュックを両脇に置いてベンチに腰掛けると、夏美の肩が私と触れ合った。たったそれだけのことだが、私の心臓はドクンと強く脈打った。夏美にも聞こえてしまうんじゃないかと思うほどバクバク音を立てる心臓を落ち着かせようと私は必死になった。


それなのに、夏美が突然「あ!」と声を上げたものだから、なおさらドキドキが収まらなかった。


「どうしたの?」

「スプーン、もらい忘れちゃったね」

「あ、たしかに」

「あはは。ま、いっか。このまま食べよ~っと」


 そう言って夏美は自分のアイスを一口かじった。好物のチョコアイスを頬張り、幸せそうに微笑む夏美。そんな彼女を横目に見ながら、私もピンク色のアイスをかじった。


 舌の上で優しく溶け、イチゴの香りが口いっぱいに広がる。今までに食べた中でもかなり美味しい部類に入った。さらに、夏美と隣り合わせで食べているという事実も美味しさに拍車をかけていた。


 好きな人の隣で好きなものを食べるという二重の幸せに思わず頬が緩む。

 しかし、こうして油断していると往々にしてその隙を突かれるものだ。突如放たれた罪なひと言が、私の胸を強烈に貫いた。


「優奈、一口もらってもいい?私のも一口あげるから!」

「え、あ、う、うん」


 感情がぐっちゃぐちゃになりかけながらも私は夏美とアイスを向け合った。すると夏美は嬉しそうにパクリとかぶりついた。


 美味しそうに声を上げる夏美は本当に無邪気で、太陽のようにまぶしかった。


 彼女の表情やしぐさを目で追いながら、私もアイスを一口かじった。チョコの濃厚な風味がイチゴの残り香と混ざり合い、瞬く間に溶けていく。夏美と出会ってから何度か交わした間接キスは、回を重ねるごとに不慣れになっていくばかりだった。


 その後はテストがやばいやら、あのネイルがかわいいやらといったたわいもない話にふけった。そして気づけば、コーンを含めてペロリと完食していた。


「ふ~。美味しかった。また食べに行こうね!」

「うん。食べに行こ!」


 私たちはお気に入りのベンチに別れを告げて帰路に着いた。

 2人並んで歩く、いつもの下り坂。口に残るほのかな甘さをかみしめながら、今日という日を夏美との思い出の一ページに刻み込んだ。

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