バグでウィンドウ閉まらないけど、これって意外と使えるの!?取り敢えず俺は食って寝るだけの普通の生活したいんです!バグと歩く魔法世界

T-time

第1話 バグと世界

 突然だけど。

 目の前に神がいる。


 運動不足がチェックのシャツを着ているような見た目に、バンダナが良くお似合いだ。

 パソコンモニターのようなコンソールを3台並べ、キーボードをせわしく叩きながら、必死で何かを打ち込んでいる。

 デスクの横にはエナジードリンクの缶が積み上げられ、彼の栄養接種の殆どがそれでまかなわれているのではないかと思わせた。


 何故この風体ふうていの男を神だと認識したかと言うと、彼がその口でそう名乗ったからで……。


「えっと。何系の神様なんですか?」


 世の中には色々な神がいる。

 あるジャンルにおいて輝かしい功績を残した者も「神」と呼称されることがあるからで……要領を得ない質問になったのは許して欲しいところ。


「世界を作ってる神だってば」

「……あっ、そうなんですね」


 目線も合わせず、不機嫌そうにそう答えるので、これ以上質問するなって事なんだろうか。


 それでも、脂ぎった指で度の強そうな眼鏡のフレームを押し上げる彼が、俗に言う「神」だとは到底思えないのは、俺だけの感想ではない筈だ。

 もっとこう、全能って感じだとか、浮いてるとか、後光が凄いとか、色々あるだろ神なんだし。


「くそっ、面倒な仕事押し付けやがって、バグの補修で手一杯だってのに」


 ぶつぶつ呟く言葉からは、イライラを感じる。


「なんかすんません」

「もう少しで終わるから待っててくれる?」

「はい」


 俺が言葉を発する度にイライラが増すようなので、なんだか居心地が悪くなってしまった。

 取り敢えず部屋を見渡すが、ドアも窓も無いのでここから出るのは無理なのだろう。仕方なく床に体育座りをして待つことにしよう。



────彼のもう少しがどれ程なのか分からないが、小一時間は待たされた気がする。

 キーボードのエンターキーをひときわ力強く押すと、そのままゲーミングチェアに体を預け一言。


「やっと終わった」


 立ち上がり、奥の冷蔵庫に手を伸ばし、中からエナジードリンクを手にとってプルタブを開けた。

 そして何千回も繰り返された動きのように、空いた腕を腰に当てて缶を口にもってゆく。


 その時、俺と目があった。

 俺が体育座りのままそれを眺めているのに気付くと、申し訳なさそうに目線をそらす。

 お前忘れてただろ絶対。


「えーっと。エナジードリンク飲むかい?」

「飲みます」


 俺は遠慮せずにそう答えたし、自称神もそれに従って冷蔵庫から新しい缶を引っ張り出してこっちに寄越す。

 威厳はどうした神とやら。


「で、俺は何でここに居るんですか?」


「世界のシステムのバグで、世界から弾き出されちゃったんだよね」

 自称神は申し訳なさそうにしているが……だから仕方ないなってなるわけ無い。

 ちゃぶ台があったらひっくり返したいところだが、俺も25歳の社会人。

 理不尽には慣れっこだ。


「まぁ戻して貰えれば良いですけど」

「それがさ、ちょっと難しいんだよね……これ見てくれる?」

「難しいって……どれですか?」


 俺は手招きされるがままに立ち上がると、彼に促されモニターを覗き込む。

 自称神がログイン画面をクリックして、IDとパスワードを打ち込み、すぐに画面が切り替わる。

 

 そこには俺が居た。

 黒目黒髪、どこからどう見ても純日本人。

 人よりすこし丸い鼻から、人が良さそうだとか、気が弱そうだとか勝手にイメージ付けされる。

 といってもそれを覆すほどの個性もなく、結局人が良い、気が弱い人間で間違ってないのが悔しい。


 そんな俺が、自分の部屋で今日見る筈だったお笑いのスペシャル番組を見ながら、ビールを片手にくつろいでいた。


「えっと、この世界を作った神が言うにはなんだけど、更新のタイミングで、君が座りながら、発泡酒を開けたのが引き金になって、更新がうまく行かずに君のデータが重複してしまったらしいんだよね」


「えっ、それはどういう?」


「いやぁ、何がバグの引き金になるかわかんないね。発泡酒じゃなくって本物のビールだったら大丈夫だったのに」


 頭が追い付かない。

 給料日前だからお安い方の発泡酒を選んだのが問題だったのか?

 いやいやそういう問題じゃないだろう。


「重複したなら、片方消せば良いじゃないですか」


「えっ、重複した方が君なんだけど、消して良いの?」


 神は少し明るい口調になってそう聞いてきたが。

 俺は反対に青ざめた。


 画面の中にいる俺がオリジナルで、自分がコピーされた方だとは夢にも思わなかったからだ。

 だって、25年間生きてきた記憶も、今日の残業の記憶も全て鮮明に思い出せるからだ。


「いやぁ、世界に同じ人間を戻せないからって、俺の世界にデータを移行してくれって言われたときは、本気でめんどくさいなって思ったんだけど、君が消してくれって言うなら話は早いや」


 神は上機嫌にそんなことを言う。

 彼はどうやら他の神の失敗の尻拭いをさせられているだけの感覚なんだろう。


「ちょっと待ってください。やっぱりやめで!」


 神は口を尖らせたが、無理に消そうという気はない様子で、代替案を提示してくれた。


「もし君が消えたくないなら、俺の世界にデータを移して生きていくことができるんだけど、どうする?」


 世界、データ……

 彼らは世界をデータで管理しているらしい。

 ようやく彼が自称ではなく、神そのものなんだと理解がいった。


「俺のデータは君の世界でいうファンタジーの世界なんだが、興味あるかな?」

「異世界転生ってやつですか?」

「君の世界でいうところのそれだね」


 ファンタジー。

 その言葉に少なからず心がときめいた。

 ワクワクする気持ちなんて、いつ頃を最後に忘れていただろうか。


 俺は画面に映るオリジナルの俺を覗き込んだ。


 毎日楽しくもない仕事をして一人の部屋に帰る。

 楽しみといえば現実逃避の映画やアニメ、もちろん異世界転生のライトノベルにもハマったことがある。


 惰性のような人生ではあったが、これはこれで愛おしくもある。

 しかし、この人生を捨てて新しい世界へ旅立てると知った今、それを拒む気持ちは一切無かった。

 どうせ消えてしまうデータなら、冒険に出るのも楽しそうだ。


 そこでふと気になったことがあった。

 オリジナルの映っている画面に、色々な数字が表示されていたのだ。


「これは、ステータス?」


 疑問を口にすると、神がそれに反応した。


「ああ、人間それぞれ特徴も違うし、能力も違う。それが表示されているんだよ」


「こんなの今まで見えませんでしたけど」

「そりゃぁこれが管理画面だからだよ、本人には見えないさ」

「新しい世界でもステータスは見えないんですか?」

「そうだね、そんな仕様ではないかな」


 ここで俺は少し悩む。

 ファンタジー世界でレベルをあげたり成長したりして、モンスターと戦ったりするにあたって、自分の能力が見えないってのは少し不安だ。

 ゲームでも、もう少しでHPが切れるとか、状態異常がかかっているとか分かるから冷静な判断ができるのだから。


「このステータス画面って、見れるように出来ませんかね?」

 俺は画面から視線を外して神の顔を見ながら聞いてみたが、神の方は少し驚いたような顔をしていた。


「チートをくれとか言われると思ってたのに、それで良いなら何とかしてあげられるかもしんないな」

「チートでも良かったんですか?」

 驚きつつも期待に満ちた目で神に質問してみたが。

 神は大きく目の前で手をクロスさせて返す。


「ううん、世界のバランス崩れるからだめー」

「じゃぁ期待させないでくださいよ、他に何か転生者特典とか無いんですか?」

「一応すぐに現地に馴染めるように、言語と文字だけはラーニングしてあげるけど、他にはないね」


 俺は思い付く限りの便利アイテムを想像してみるが、それより先に神は全てを否定した。


「無限の魔力とか、不死とか、死に戻りとか、アイテムボックスとか、空飛べるとか、鑑定スキルとか……そういうの全部無理だよ」

「本当に全部じゃん」

「ステータスは良いって言ったけど、相手のステータスも見れないからね」

「えっマジですか、密かにそれも期待したのに」

「バランス壊れちゃうじゃん、わがまま一個聞いてあげただけでも感謝して欲しいな」

「ぐぐぐぐ……」


 殆ど裸一貫で知らない場所に放り出されるわけか。

 それでも、データとして消されなかっただけましなのか?


「さぁ、俺は君のステータスを見れるようにプログラミングし直すのに忙しいから、君はそろそろ行ってくれるかな?」

「あ、なんか仕事増やして申し訳ないです」

「まぁいいさ、君の世界の神に今度飯をおごらせるから」


 俺の人生がわりと軽い扱いされているが。

 神なんだなぁとしみじみ思う。


 なんて思っているうちに、目の前が真っ暗になった。

 いや。真っ暗な目の前で矢印がくるくる回っている。


「ロード画面かい……つくづくデータなんだなぁ」


 新しい世界へのログインが今、完了する。



◆◇◆作者から◆◇◆


新規連載でヤル気満々です!

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