不可解な現象

……………………


 ──不可解な現象



 検査は3時間ほど時間がかかった。


 データが集められ、分析され、その結果が届くまで3時間だ。


「興味深いことが分かりました。とても興味深いことです」


 レガソフ博士が興奮した様子でそう言う。


「何が分かったのですか?」


「まず健康に被害は全くないということ。それどころかテリオン粒子の全く新しい効果が見られたのです。初めての観測データですのでまだ分析は十分ではないですが、今分かっている限りのことをお知らせしましょう」


 レガソフ博士はそう言って説明を始める。


「まずテリオン粒子は通常電離放射線と似たような作用を起こします。DNAに対する損傷などが代表的な例です。ご存知ですか?」


「ええ。カーター先生から聞きました」


「カーター客員研究員は専門家ですからね。彼女はテリオン粒子の健康被害を長く研究していますから」


「そう聞きましたが、私の場合はどうなっているのですか?」


「それが起きていないことは以前の検査でも分かっていました。以前の検査でも健康被害は見つからなかったのですから。ですが分かったのそれ以上のこと」


 レガソフ博士の説明は長くなりそうだ。


「まずDNAの損傷を引き起こすのはテリオン粒子だけではありません。先ほど述べた放射線や活性酸素などもDNAを日々損傷させています。それが蓄積されることで悪性腫瘍などが生まれるのです」


「それは一応知ってますが、どうして今その話を?」


「あなたの細胞もDNAの損傷が僅かずつですが起きています。しかし、それを防いでいるものがあるのです」


「まさか」


「そう、テリオン粒子がDNAの損傷を修復しているようなのです。驚くべき発見です。テリオン粒子が健康被害をもたらすどころか、逆に健康を維持する要素ファクターになっているということは初めての発見なのです」


 驚くべきことだった。


 あれだけ恐ろしさが語られてきたテリオン粒子がファティマを害するどころか、その健康を助けているというのである。


「そのようなことが理論上あり得るのですか?」


「テリオン粒子において確たる理論などないも同然です。未だに我々はこの物質がどのような性質を有するのか分かっていません。故に何が起きても我々はそれを観測した現象として受け入れています」


「ふむ。どうにも奇妙な感じです。他の人には依然として有害なのですよね? 私の体内にあるのは本当にテリオン粒子なのですか?」


「その点は間違いなく」


「ならば、人間にとって益となるトリガーは何なのでしょうか?」


 ファティマがそうレガソフ博士に尋ねた。


「分かりません。あなたの体質が特異であると考えるのは簡単ですが、他の人間にはなくあなただけにある要素を探し出すのは容易ではないでしょう」


「確かに私は人生でこれまで絶対に人とは違うということはなかったはずですから」


 ファティマは人工授精によって作られた多くの人間のうちのひとりであり、エデン社会主義党幹部の子供でもなければ、何かの実験の被験者でもない。


「しかしながら、もしあなたが有しているテリオン粒子を無害化、いや有益化する要素ファクターが分かれば地上の復興すら可能になるかもしれません。この汚染された地上が再び楽園となるのです」


 レガソフ博士は熱を込めてそう語る。


「そのためにあなたには研究に協力していただきたいのです、ファティマさん。もちろんこれからも無料で協力してくれなどとはいいません。ちゃんとあなたが協力する意味があると思える対価をお支払いしましょう」


「それはありがたいのですが、具体的には何を?」


「株です。当社の株式の一部を譲渡し、配当金をお支払いしましょう。あなたは新しくゲヘナに勢力を立ち上げたと聞いています。定期的な収入が必要なのでは?」


「ああ。それはありがたいです」


 キャスパリーグの仕事ビズはまだまだ利益を計上するに至っておらず、今のところ構成員の給料などの支出はファティマの財布から出ている。定期的な収入があればそれも安定するだろう。


「では、後程手続きを。協力をお願いします、ファティマさん」


「お約束します、レガソフ博士」


 ファティマはそれからアヴァロン・リカバリーの株式譲渡の手続きを済ませて、再びフォー・ホースメン支配地域にある自分たちの拠点に帰還した。


「あ。ファティマの姉御。お帰り!」


「ただいまです、キャスパリーグさん。そっちの調子はどうです?」


「順調っすよ。そろそろ利益を計上できそうだな」


「それはよかった。ジェーンさんは?」


「どこか行ったみたいっす」


 どうやらジェーンはいないらしい。


 ファティマはメッセージでアヴァロン・リカバリーの株式の件をジェーンに伝えておいた。ちゃんと連絡しておくべき案件だと判断したのだ。


「ただいま」


「あ。アリスさん、お帰りなさい。今回の仕事ビズでは助かりましたよ」


 そこでアリスが帰還した。


「そいつはどうも。給料分の仕事はしないとね」


「ばっちりです。フォー・ホースメンに大きな貸しを作りましたよ」


「フォー・ホースメンの連中にねえ」


 それからファティマたちは特に仕事ビズもなく、雑談をして過ごした。


 ファティマはキャスパリーグに誘われてゲームをしており、サマエルはその様子をじっと見つめていた。


「あんた」


 そんなサマエルにアリスが話しかける。


「自分から言いださないといつまでも待ってるだけじゃ都合のいいことは起きないよ」


「え。あ、えっと……」


「はあ。混ざりたいんだろ? そう言いなよ。あんた見てるといらいらする」


「でも、ボクは邪魔かもしれないし……」


 サマエルがアリスの指摘にそう言葉を濁す。


「そう思うような人間かい、あのファティマって子は?」


「……分からない」


「ふん」


 サマエルが呟くように言うとアリスが鼻を鳴らした。


「いいかい。欲しいものは取りに行かないと向こうから来てくるなんて都合のいいことはないんだ。そんなものを待っていたら何も手に入らない。ゲヘナでもそうだし、他でもそうだ。待っている人間は失うだけ」


「けど、ボクは……」


「相手がどう思ってるかなんて関係ない。自分のエゴが一番だ。自分のやりたいことをやらなきゃ、誰のための人生だっていうんだ?」


 アリスはそう言うと再びゲヘナ軍政府の将校に会いに去った。


「自分から動かないと手に入らない……」


 サマエルはアリスの言ったことを呟き、ファティマの方を見つめた。


……………………

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