オンザジョブトレーニング//警戒線突破

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 ──オンザジョブトレーニング//警戒線突破



「ん。何か音が──」


 設置型音響センサーが捉えた音に気づいたMAGのコントラクターの首を赤いエネルギーブレードが刎ね飛ばした。


「なあっ!? おい、何が──」


 続いて戦友の死に目を見開くMAGの狙撃銃を持ったコントラクターが襲われる。


 匍匐していた体を背中ら心臓、肝臓、腎臓をそれぞれ的確に赤いエネルギーブレードによって貫かれ、MAGのコントラクターは出血性ショックを引き起こし死亡。


 高層ビルの屋上が頸動脈から噴き出す血と体中から出る血で真っ赤に染まる。


「オーケー。排除完了。戻りましょう」


 ファティマは高層ビルの屋上から飛び降りる。


 高所からの自由落下も117式強化外骨格の人工筋肉なら衝撃を吸収し、ファティマに何の影響も与えず、地上に降ろすことができた。


「排除完了です、グレースさん。車両を拝借して向かいましょう」


「見ていた。文句なしの奇襲だった。ここまでの行動にも問題はなく、高く評価している。しかし、あの赤いエネルギーブレードは何? あなたのエネルギーブレードは何故赤い色をしているの?」


「ああ。それについては私も分かりません。おかしいですよね? エネルギーブレードが宙に浮いて自由自在に動かせたり、エーテル粒子特有の青緑色をしていなかったり。けど、とても役に立つんです」


「あなたは疑問に思わないの? こんな力が使えることを」


「疑問はありません。サマエルちゃんが与えてくれた力です。そして、私はサマエルちゃんと信じています」


 ファティマが疑問と不信を覚えるグレースにはっきりと告げる。


「そう。あなたがそういうなら私も追及しない。でも、どういう影響があるかはちゃんと把握しておいて。敵のどのようなセンサーに捕捉され、そしてどのような防御手段に防がれるのかを」


「了解です」


「それから、それ、名前を付けておいたら? 明らかにそれは通常のエネルギーブレードではない。混同すると困るから」


「そうですね。それは確かに」


 肩をすくめてグレースが提案するのにファティマが頷く。


「名前ですがどのようなものがいいのでしょうね。カッコいいのがいいでしょうか。可愛いいのがいいでしょうか。悩みますね」


「お姉さんが付けてくれる名前ならきっといいものだよ。思い浮かんだものを、直感に従ってつけてくれるといいなあ……」


 頭を悩ませるファティマにサマエルがそう言った。


「では、“赤竜”というのはどうでしょうか? 私のエネルギーブレードは赤いので赤い竜。悪くないのでは?」


 ナイスアイディアというようにファティアが手をポンと叩いて宣言。


「うん、うん! いい名前だと思うよ、お姉さん! ボクは好きだな、そういうの!」


「分かりさえすればそれでいい。名前とはそういうもの」


 サマエルは喜び、グレースは興味がなさそうだった。


「では、車を拝借していよいよ敵の警戒線を突破しましょう。運転は私がやった方がいいですか? 評価のためとしては?」


「大丈夫。私が位置を知っているから私が運転する。あなたは不意の交戦に備えて」


「了解」


 MAGのパトロールが使用していたタイパン四輪駆動車をファティマたちはブービートラップが仕掛けられていないことを確認してから乗り込んだ。


 ファティマはタイパン四輪駆動車のルーフハッチにマウントされている無人銃座RWSを操作を担当。無人銃座RWSは口径12.7ミリのHMG-50重機関銃が装着されており、弾丸はたっぷりだ。


「じゃあ、出すから。ちゃんと警戒してね。MAGだって案山子じゃないから」


 グレースがタイパン四輪駆動車を出し、ファティマたちは緩衝地帯から前進し、本格的なゲヘナ軍政府支配地域に入った。


「注意。前方に検問。静かにね」


 グレースが警告し、MAG部隊が布いている検問にファティマたちのタイパン四輪駆動車で接近する。MAGのコントラクターたちは装備しているMTAR-89自動小銃を下げたまま、近づいてくるファティマたちの車両をも見ていた。


「止まれ」


 そして、検問にいるMAGのコントラクターがファティマたちが乗っているタイパン四輪駆動車に向けてZEUSでIDを認証する。表示されるIDはMAGのパトロール部隊のものである。怪しまれる要素はないはずだ。


「オーケー。行っていいぞ。ご苦労さん」


 MAGのコントラクターはサムズアップして検問のゲートを開けるとファティマたちのタイパン四輪駆動車を通過させた。グレースは怪しまれない速度で検問を通過し、ゲヘナ軍政府支配地域に入った。


「問題のノーヴェンバー・ケベック・ワン基地は結構距離がありますね。それに生物化学兵器を置いているような基地なら基地周囲に警戒線を展開しているはず。雑魚のIDでは逆効果になります」


「ええ。よく分かっている。途中で車両は乗り捨てる。警戒線突破は隠密ステルスで行う。侵入経路はあなたに任せる。これも評価のひとつ」


「徹底的に評価するんですね。受けて立ちます」


 それからゲヘナ軍政府支配内でグレースがタイパン四輪駆動車を停車させ、ファティマたちは降車する。


「フォー・ホースメン支配地域と比べるとやっぱり暗いというか活気がいないですね。人々に元気がないです。そして、みんな貧しさが全てに現れています」


 ファティマが言ったようにゲヘナ軍政府支配地域の住民たちはフォー・ホースメン支配地域の住民とはまるで違った。


 フォー・ホースメン支配地域の住民が日々を一生懸命ながら活気を持って生きていた。物資は豊富なようで人々はある程度身ぎれいにしており、ファッションというものもあったぐらいだ。


 対するゲヘナ軍政府支配地域の住民はゲヘナ軍政府から支給されるオレンジ色の作業用つなぎ服を誰もが纏っており、それは油などで薄汚れている。そして、人々には活気などなく、死んだ目をしていた。


「フォー・ホースメン支配地域の住民は恵まれている。ただ、フォー・ホースメンに加われるのは一定の技術がある人間。良くも悪くも実力主義だから」


「技術がない人間はゲヘナ軍政府で奴隷労働、というわけですか」


「あるいは自棄になってグリゴリ戦線に加わって死ぬか」


 ファティマが言い、グレースが返す。


「お喋りはお終いにして作戦を続けましょう。どういう侵入経路を選ぶ、新卒さん?」


「問題の前線基地までのデータは既に分析しました。最善の侵入経路で侵入しますよ。そちらのZEUSにも作戦計画を送っておきました。確認をお願いします」


「確認した。悪くない。後はこれがちゃんとした計画になるか、机上の空論になるかね。あなたが計画が破綻したときのカバー力を見せてもらう」


「お任せあれ」


 グレースの言葉にファティマが不敵に笑い、投影型熱光学迷彩を展開すると先頭を進んでMAGが生物化学兵器エージェント-29Cを保管しているノーヴェンバー・ケベック・ワン基地に向けて出発。


「前線基地なだけあってやはり前線近くに設置されていますね。ただフォー・ホースメンではなく、別勢力との前線のようですが。相手は?」


「グリゴリ戦線。グリゴリ戦線の武器はとにかく多い兵士たち。その戦術は人海戦術とゲリラ戦、そしてテロ。装備は貧弱。エージェント-29Cを使えば皆殺しにできる」


「もっとも極端な対反乱作戦COINですね。ゲヘナ軍政府は生物化学兵器を使っても誰も反対もしなければ、世論に響くとも考えいないわけですか?」


「エデンで権力を持つ人間がゲヘナの住民がどう思うかなんて気にする? けど、確かにゲヘナ軍政府のやり方に反発は起きている。だから、グリゴリ戦線が人材を獲得して規模を巨大化させている」


「ああ。そういうことですか。どうやらゲヘナ軍政府長官のフリードリヒ・ヴォルフは間抜けもいいところみたいですね」


「そうね。対反乱作戦COINの基本は反乱勢力を住民が支援することがないように、まず住民を味方に付けることにある。医療の提供や教育の提供。そういうもので住民と反乱勢力を切り離し、行動を困難にする」


「ええ。だから、フリードリヒ・ヴォルフは無能で、部下に嫌われている」


 ファティマの推測にグレースがそう返した。


「さて、そろそろです。私の選んだ侵入経路はどうです?」


「評価に値するとだけ言っておく」


 グレースはそう言うのみ。


「では、いよいよ問題の基地に突入ブリーチですよ。静かに、静かに。問題の生物化学兵器まで近づきます。生物化学兵器の使用方法は分かっているのですね?」


「ええ。生物化学兵器はロケット弾での運用を想定している。爆薬をセットして離脱し、十分に離れたら起爆して基地に撒き散らす」


「おお。随分とあくどいですね。けど、悪くはないです」


 グレースの提案にファティマがにやりと笑う。


「では、ノーヴェンバー・ケベック・ワン基地にご訪問と行きましょう。茶も茶菓子も期待できそうにないでしょうが」


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