ゲヘナの勢力図

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 ──ゲヘナの勢力図



 ファティマが117式強化外骨格のリーンフォースデバイスを装着する手術を終えた翌日のことだ。


「時間あるか?」


 兵舎にジェーンが訪れた。


「サマエルちゃんとお昼を食べに行こうと思ってたんですけど」


「じゃあ、奢ってやる。だから、ちょっと付き合え」


 ファティマが渋い顔をするのにジェーンは強引にファティマたちを誘って、タクシーに乗せるとフォー・ホースメン支配地域にある繁華街へ向かう。


「そこそこ美味いパスタを出す店だ。食いながらでいいから話をするぞ」


 ジェーンはそう言ってファティマたちを少しばかり高級そうな清潔感のある店に案内し、案内ボットに案内されてテーブルに着いた。


「これからゲヘナで生きていき、いずれはエデンに反逆する。そのつもりだろう?」


「ええ。そのつもりですよ」


「なら知っておくべきことがある。ゲヘナを支配している連中だ。まだお前はゲヘナで大した知名度もないし、伝手も少ない。これから私がいろいろと世話はしてやるが、お前自身もゲヘナの権力者たちを知っておく必要がある」


 ファティマが頷くのにジェーンがそう言った。


「確かに権力者とのコネは必要ですね。権力者のご機嫌を取るのは成り上がりの基本です。エデンでもエデン社会主義党の党員のご機嫌を取ればいい地位に就けますし」


「そういうことだ。だが、ゲヘナにおいてエデン社会主義党の老人どもの機嫌を取っても何の意味もない。ここを支配しているのは違う連中だ」


「教えてもらえますか?」


「ああ。教えてやる。よく聞いて覚えておけ」


 そして、ジェーンがゲヘナの支配体制について語り始めた。


「ゲヘナにおける最大勢力はフォー・ホースメンだ。もう知ってるな。メイソン・バーロウ大佐が仕切る民兵。兵隊も武器もたんまり抱えてる。だが、もうその地位が確かなだけあって積極的に喧嘩をするつもりはない」


「しかし、私はMAGとやり合いましたけど」


「お前がやり合っただけだ。フォー・ホースメンは何もしてない。だろ?」


「確かに。装備すら貸してもらえませんでしたし」


 ジェーンの指摘にファティマが頷く。


「そもそもバーロウ大佐はゲヘナ軍政府の汚職軍人どもと裏取引してる。フォー・ホースメンの装備の出所はゲヘナ軍政府だ。で、エデン政府からの契約獲得のために必死な民間軍事会社PMSCとゲヘナ軍政府には温度差がある」


 ジェーンがそうフォー・ホースメンを紹介する。


「フォー・ホースメンの次にデカいのは、そうゲヘナ軍政府だ。ほとんどの連中にやる気はないし、戦力のほとんどが民間軍事会社PMSCで、汚職軍人がわんさかいても規模してはデカいことは間違いない」


「まあ、エデン統合軍の部隊ですからね」


「ああ。一応はエデン統合軍だ。エデン陸軍上級大将で軍政府長官のフリードリヒ・ヴォルフは対反乱作戦COINを命じている。だが、効果はなく、一部の部隊を除いて士気は極めて低い。そして、敵からも味方からも人気がない」


 ジェーンがゲヘナ軍政府のトップであるフリードリヒ・ヴォルフについて語る。彼はどうやら有能な人間というわけではなさそうだ。


「次だが、こいつらはちょっとばかり複雑な組織だ。ソドムという組織。こいつらは軍隊や民兵の類じゃない。純粋な営利目的の企業とも言えるし、金のためなら何でもやる犯罪組織とも言う」


「犯罪組織ですか? まあ、珍しくはなさそうですね」


「そこらのちゃちな犯罪組織じゃない。重武装の軍隊を抱えた犯罪組織だ。ゲヘナ軍政府に次ぐ規模だってことを頭に置いておけ。こいつらはデカいし、扱っている商品も、取引相手も規模がデカい」


 ファティマの言葉にジェーンがそう注意する。


「ソドムは違法薬物から武器、人間までいろいろ扱っている。ゲヘナ軍政府の汚職軍人ともフォー・ホースメンとも取引してるし、エデン内にも協力者がいる。ゲヘナの犯罪組織はほぼここから許可を得て商売をしているほどだ」


「そのソドムのボスはどなたです?」


「アヤズ・コルクマズ。この男とその家族が組織を仕切ってる。もし、連中から仕事ビズを受けれそうだったら、私が斡旋してある。アヤズにもコネはあるからな」


「お願いします」


 ジェーンが告げるのにファティマが丁寧に述べた。


「最後だ。規模としてはデカいものの組織しては微妙な連中。反エデン・エリュシオンを掲げてゲヘナ軍政府と真っ向からやり合ってるテロ組織。グリゴリ戦線だ」


「おや。ここで初めて明確な反エデン・エリュシオンの組織が出ましたね。これまではゲヘナで上手く生きていくことだけを目標とした組織だったのに」


 ここに来て自分たちを弾圧するエデンとその上にいるエリュシオンを敵と明確に定め、それを攻撃している派閥が現れる。


「ああ。ゲヘナ軍政府や民間軍事会社PMSCが叩いているのはもっぱらこいつらだ。フォー・ホースメンに加われるほど能力があるわけでもなく、ソドムに保護してもらえるほど金もない。そういう連中で構成されている」


「頼りない感じですね」


「だが、連中は行動だけ見れば一番ゲヘナ軍政府に打撃を与えている。ゲヘナ軍政府支配地域でのテロを起こすし、対反乱作戦COINに動員された連中にトラウマを植え付けるゲリラ戦も繰り広げてる」


「なんと。それは凄いじゃないですか。しかし、装備が貧弱で訓練された人間も少なそうなのによくまだ戦えていますね?」


 ファティマが疑問にも思ったのは真正面からゲヘナ軍政府を攻撃しているグリゴリ戦線がどうして今も組織を維持できているかだった。


 装備と人材が足りず、戦闘を続ければ流石に戦力としては巨大なゲヘナ軍政府によって陳夏されるのではないかと。


「考えてみろ。ゲヘナ軍政府がグリゴリ戦線っていう分かりやすい敵を潰したら、その後はどうなる?」


「なるほど。その攻撃の矛先がフォー・ホースメンやソドムに向かう。だから、フォー・ホースメンとソドムが密かに支援してるってところですね。なんとも体のいい囮と言いますか」


「そうだ。そして、私はグリゴリ戦線には伝手がない」


「そこでフォー・ホースメンとソドムの信頼を得て、彼らが密かに支援しているグリゴリ戦線の構成員に接触するということでしょうか」


「流石はエリートだ。頭が回るな。その方向で進めることになる。まずはフォー・ホースメンとソドムだ。連中のボスにしっかり気に入られれば道は開ける」


 察しのいいファティマが語り、ジェーンが満足そうに頷いた。


「しかし、あなたもゲヘナ軍政府が打倒され、さらにはエデンとエリュシオンが倒されることを望むのですか? 私には理由があります。彼らは理不尽に私とサマエルちゃんを追放しましたから。でも、あなたは何故?」


 ファティマはジェーンの緑色の瞳を見つめてそう尋ねる。


「理由はある。だが、それを説明することに意味はない。利害は一致しているだろう。私もある理由でエデンの連中に恨みがある。現に私はエデンではなく、このゲヘナにいるんだから分かるだろう?」


「そこまで言うなら追及はしません。しかし、本当に信頼してもいいですね?」


「してくれ。もうお前は私に借りがあるんだぞ。私が助けてやらなければ今頃お前は過労死するか、娼婦になって性病でくたばってたんだからな」


「ええ。確かにあなたには借りがあります。信じましょう」


 ジェーンが告げ、ファティマが同意した。


「じゃあな。支払いはしておいてやる。行け」


「また今度」


 そう言ってファティマはジェーンに別れを告げてサマエルとともにレストランを出て、繁華街の通りに出る。


「お姉さん。これからも戦うの……?」


「はい。私はエデンに逆襲します。下剋上です。戦って信頼を得て、仲間を増やし、そしてゲヘナ軍政府を、エデンを、エリュシオンをぶっ潰すのです!」


 サマエルが不安そうに尋ねるとファティマが笑顔でガッツポーズする。


「なら、ボクもお姉さんを助けるよ。ボクにできることをする。だから、お姉さんと一緒にいさせて。お願い……」


「でも、サマエルちゃん。戦場は危険ですよ? 危ないこといっぱいあります。私があなたを絶対に守れるという保証もできません。できればサマエルちゃんには安全な場所にいてほしいです。心配なんですよ」


 サマエルが必死に訴えるがファティマは諭すようにそう言い、サマエルの肩に手を置き、サマエルの顔を、彼女の赤い爬虫類の瞳をじっと見つめた。


「お姉さんはボクのことを心配してくれるんだね。それはボクのことを思ってくれているんだよね……? お姉さんがボクのことを思ってくれている……。嬉しいよ……」


 サマエルはファティマの黄金の瞳を見つめて僅かに涙を浮かべる。


「だけど、どうしてもボクはお姉さんの役に立ちたい。お願い。ボクにもできることをやらせて。お姉さんを助けないといけないんだ」


「分かりました。では、お願いしますね。あなたのことは守ります。絶対に」


 ファティマはそう強く約束した。


「では、早速ですがフォー・ホースメンの仕事ビズを受けましょう。次はどのような仕事ビズかは分かりませんが、私たちならばやれますよ!」


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