マジカル・ボンバー・ハンズ

箱陸利

第1話 マジカル・ボンバー・ハンズ

 あれはジャレオだ。茶色いハットを被って茶色いスーツに身を包んだ長身の男はジャレオだ。マジカル・ボンバー・ハンズのジャレオだ。何やら物がいっぱいにつまった紙袋を抱えているけれども、買い物の帰りなのだろうか。これからきっと家に帰るのだろう。どれ、丁度いい機会だから、ジャレオが何をしているのか覗いてみることにしよう。


 ジャレオは今日も仕事を終えると二つのパンと二つのリンゴと二本のミルクを買ってから家に帰る。仕事帰りは毎日必ずそうして帰るから、もはや彼の日課である。彼が何か考え事をしているのか、それとも何も考えていないのかなどと言うことはわからないが、彼が黙々と歩いている姿は何だか妙な見応えがある。彼は足が長いから、自然と歩幅も大きくなるのだが、奇妙なことに上半身は微動だにしないから面白いのだろう。ところで、彼の仕事は工場で朝から晩までネジを作ることである。正確には彼が作っているわけではなく機械が作っていて、彼はボタンを押して機械を操作しているだけなのだが彼はその仕事にやりがいを感じているし、満足していた。彼は一日で一体何本のネジができているのか、一週間で何本できているのか、一か月だったらどうか、一年間だとどうなのか、と際限なく考えてみたり、このネジは一体何に使われているのだろうかと考えてみたりするのが好きだった。ただ、それ以上に一日中無心でボタンを押すという作業が楽しくて楽しくて仕方がなかったのだった。


 そうこうするうちに彼は彼の住むおんぼろなアパートの前に着いていた。彼は身をかがめながら建付けの悪いエントランスのドアを開けて通ると、錆びついて軋む階段を慎重に上った。そして、自分の部屋の前に着くと、左手で紙袋を抱えたまま右手でジャケットの内ポケットから器用に鍵を取り出して、部屋に入っていき、バタンと扉を閉めた。


 ジャレオが部屋の中に入ってしまった。部屋の中で何をしているのだろうか。扉を閉められたのでは彼が中で何をしているのかがわからないではないか。どれ、部屋の中で何をしているのか気になるから、覗いてやろう。


 ジャレオは部屋に入るとこれまた器用に部屋の電気をつけ、紙袋をテーブルの上にドサッと置いた。部屋は整理されていてきれいだったが、生活感が無さ過ぎて何だか不気味である。さて、ジャレオはハットも脱がず、そのままソファに腰を掛けた。彼の前にはテレビがあるのだが、プラグが抜けているから何も映っていなかった。そして、そのまま何もせずしばらく時間がたった。ほどなくして、どこからともなく子供のようなものが現れ、ソファに座るジャレオの元に駆けていった。不思議なことに、その子供はジャレオと同じように茶色いハットを被り、茶色いスーツに身を包んでいた。背丈が小さいだけで、ジャレオと瓜二つだったのである。

 

 「ジャレオ、おかえりなさい」と小さなジャレオは言った。「ただいま、ジャレオ」とジャレオは小さなジャレオに向かって言った。どうやら、小さなジャレオもジャレオという名前らしい。仕方ないから小さなジャレオのことはこれから子ジャレオと呼ぶことにしよう。「ジャレオ(子ジャレオ)はお腹空いていないかい」ジャレオはそう言って立ち上がると、テーブルの上に置いた紙袋の中身をすべて取り出してテーブルの上の食器の上に並べた。「さあ、食べよう。おっと、ジャレオ(子ジャレオ)、その前に感謝しなくてはいけないよ。パンにリンゴにミルクがあるから今日も生きています。ありがとう。ネジを作っているおかげで今日も生きています。ありがとう。さあ、ジャレオ(子ジャレオ)も感謝しなさい」「ジャレオがいるから今日も生きています。ありがとう」「いい子だね、ジャレオ(子ジャレオ)、さあ食べよう」そういうと二人は黙々と丁寧に食事をとり始めた。かなり時間をかけて味わった。食事を終えるとジャレオは食器を片付け、洗うとまたソファに腰を掛けて動かなくなってしまった。いつの間にか子ジャレオもどこかへ行ってしまった。


 この後は本当に何も起きなかったから、次の朝まで時間を飛ばしてみよう。ジャレオと子ジャレオは何をしているのだろうか。さて、覗いてみよう。


 どうやらジャレオは起きていて、仕事に行くために朝の支度をしているらしかった。彼は朝ごはんをこれと言って食べることはなく、コーヒーを一杯だけ飲んでから仕事に行っていた。今朝もいつものようにコーヒーを淹れるためにお湯を沸かそうと、マッチ棒を擦ってガスコンロに火をつけようとしたところ、彼の両腕が突然爆発した。彼のスーツの袖は吹き飛んで、ガスコンロの上に置いていたケトルも粉々に割れてしまった。幸いガスコンロは無事だった。不思議なことに、彼の両腕は煙が少し出ている程度で全くの無傷だった。ジャレオはというと、少し驚いた素振りを見せたものの、すぐに身をかがめて床に散らばったポッドの破片やらを集め始めていた。


 すると、そこに何やら様子のおかしい子ジャレオが現れて、ジャレオに突撃し始めた。ジャレオのことを食べようとでもいうのだろうか、口を大きく開けて噛みつこうとする子ジャレオを、ジャレオは後片付けの片手間に相手をするのだった。しばらくすると子ジャレオの様子は落ち着き、何事もなかったかのようにまた部屋の奥の方に戻っていってしまった。ジャレオはというと、後片付けを終えて、スーツも着替えると、今度は新品のケトルをどこからともなく持ってきてお湯を沸かした。それから、コーヒーを飲んで仕事場へと向かって行った。


 ジャレオはマジカル・ボンバー・ハンズだから両腕が爆発してしまうのも無理はないことだが、それにしてもきっと大変だろうな。それより、子ジャレオの様子も何だかおかしかったな。ジャレオのことがますます気になってきたから、どんどん覗いてやろう。

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