2 ドクロとホワイトボード


「迷ってるのかい?」


「――っ!」

 心臓が、大きく跳ねる。

 何をやってるんだろう。

 駄目だ。

 

「な……」

 一瞬で平常心を取り戻した――ように見せかけながら、ふうは問いかけた。

「君、どこから……」

 気配を感じさせず突然目の前に現れたのは、15・6歳ほどの『黒い少女』だった。

 黒地にドクロがプリントされたTシャツに、足首まである黒色のフレアスカート。頭を野球で使うようなキャップで覆っていて、これもまた黒色だ。

 真っ黒で長いポニーテールは、キャップの穴に通されている。

 そして、どこまでも黒い瞳は、こちらをジッと見つめていた。

 どこにでもいるような、普通の格好の少女。

 それなのに、どことなく。

 ――幽霊のようで。

「どこから? そんなことはどうだっていいだろう?」

 とても楽しそうに、少女はつらつらと語る。

「君の前に僕が現れた。その事実だけで充分さ」

 少女はのらりくらりと質問をかわした。

 ――迷ってるって何?

 そう尋ねようとして、

「この町で生きること、この国で生きること、

 心を読んだかのように、黒い少女は答えた。

「大丈夫。きっと君は変われる。変わろうとすればね」

 壁に貼られた大きな鏡に、少女は触れる。どこまでも黒い少女が、左手を伸ばして指先に触れていた。

「ここはそういう町だ。どうしても叶えたい願いがあるのなら、きっとここはうってつけ。

ただし、気を付けてね」

 少女がもう一度風に向き合った。夜空のような瞳が、風を捉える。

「願いには、代償が付きまとう。人魚姫も赤鬼も、どんな人間にも」


 君の、本当に叶えたい願いは何だい?


「あっ、いた!」

 電話で何回も聞いた声がした。背後から靴音が二つ、近寄ってくる。

 振り返ると、背の高い男性が手を振りながら近寄ってきた。

「よかったー、間に合ったみたいだね」

 息をついた男性の後ろから、小さな人影が追いかけてくる。その様子と、幼い頃見た景色が重なった。

 ――おい、風も早く来いよ!

 ずっと昔の、楽しそうな声が蘇る。

(ああ、やっぱり親子って似るんだ)

 そんなことを思いながら、風は一礼した。

「お久しぶりです、まことおじさん。今日からよろしくお願いします」

 あの少女は、いつの間にか消えていた。






「おじさん、って言ってもさ――」

 ラジオの音量を下げながら、鏡宮かがみや慎は口を開いた。

「僕の奥さんと風くんのお母さんが従姉妹いとこだから、本当は『お母さんの義理の従兄いとこ』なんだけどね」

 でも面倒だからおじさんでいっか、と慎は言う。

苗葉なえはちゃんにとっては『はとこ』になるのか。ちっちゃい頃は一緒に遊んでたけど、覚えてる?」

 慎が尋ねると、風の隣からキュッキュッとペンを走らせる音がした。

 車窓の桜並木から目を移すと、小学生くらいの幼い少女が、首から下げたホワイトボードに何かを書いている。

 書き終えたらしく、少女はバックミラーにホワイトボードを映した。

【ちょっとだけ 覚えてる】

「へぇ、すごいね! 僕は記憶力があんまりないから、そこら辺は秋葉さんの遺伝子かな……」

 逆さに映った文字を、慎はすぐに読み取った。この『会話』に慣れているのだろう。

 そこまで『言う』と、苗葉は小さなスポンジで文字を消していく。

 ――苗葉ちゃんは喋れないんだ。だからテンポよく会話はできないけど、たくさんお話して欲しいな。

 電話で何度も、懇願するように言われた言葉を思い出す。バックミラーを見ると、慎が「お願い」と言うようにこちらを見ていた。

「えっと……」

 苗葉が顔を上げる。くりくりとした、子犬のような目があった。

「苗葉――ちゃんは、何歳ですか」

 そう訊くと、苗葉はホワイトボードを置いた。両手のひらをこちらに向けて、右手だけピースサインを作る。

「7歳?」

 こくり、と無表情で苗葉が頷いた。

「おれ……僕は15歳だから、8歳違うのか」

 これでいいですか、と鏡を見る。慎が「グッジョブ」と親指を立てた。

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